千秋と三太郎
走って逃げていく千秋を、三太郎が追いかける。
あと少し、もう一息、というところで、三太郎が足を止めると、千秋も追ってくる気配を察知したのか足を止めた。
「……何で、止まるのよ」
振り向いて、泣きじゃくった顔で千秋が言うと、
「いや、泣きたいなら、好きに泣いてもらった方がいいのかなって思って」
意地の悪い顔で三太郎が言った。
「……いつも、誰かが甘やかしてくれるって思ってるよな、お嬢は」
千秋は、黙って三太郎の言葉を聞いた。
「ずっと、星太夫の方ばっかり見ていて、俺がどんな目で見ているかなんて、気付きもしないんだろう」
三太郎からは、いつも浮かべている薄い笑いが消えていた。
千秋は、いつも自分を適当に甘やかしている三太郎しか知らなかった。
「そんなの、……だって」
「愛されて当然って、思ってるから、自分に対して関心を向けない星太夫や夏波さんが気になってしかたないんだ」
皮肉をこめた声のはずなのに、三太郎の声はどこか哀しそうだ。
「思い知らせてあげようか、俺が、お嬢をどんな風にしたいかを」
三太郎は、千秋を抱きしめて、唇を奪った。
無理やり重ねられているはずなのに、どこかいたわるような優しさを感じて、千秋は陶然となった。
そっと三太郎が唇を離すと、千秋は真っ赤になって三太郎を見た。
「……なんだか、思っていたよりずっと」
優しい、と、言いそうになる千秋に先んじて三太郎が言った。
「乱暴にされるかと思った? そっちの方がいい?」
からかうように言ってから、三太郎が続けた。
「なんだろうね、本当は、もっといじめて、泣きながら星太夫を呼び続ける千秋を組み伏せたいなって思ってたんだけど」
さらっと、不穏な事を言う三太郎に、千秋が身構えた。
「……そっちにする?」
にやりと笑う三太郎は、いつもの三太郎だった。
「私、我儘よ」
「……知ってる」
「だって、ずっと、せいちゃん、せいちゃんって言って、あなたの事をないがしろにしてきたわ」
「ああ、そうだね、それも知ってる」
「優しくされて当然って思ってるし」
「ふふっ、そういう甘ったれをいたぶるのが俺は大好きなんだ、って言ったら、お嬢はどうする?」
そこで、千秋がやっと笑った。
「三太郎は、私が春秋屋の娘だから、欲しいの?」
「あー、まあ、それも理由の一つであるけど、というか、自分が持っている属性を切り離した仮定って、する意味あるのかな、それってさ、俺が、母の息子じゃなくて、女将の息子だったらどうするって聞くのと一緒じゃない?」
千秋はきょとんとした。
「……難しいか、お嬢には」
「バカにして!」
そう言うと、三太郎は千秋を抱き上げた。
「俺は、そんなバカで我儘で甘ったれなあんたを、俺色に染めたいって思ってる、どうする? それでもやっぱり若旦那がいい? 俺の方が百倍くらい有能で、一万倍くらいあんたに惚れてるけど」
不敵に笑う三太郎に、千秋は笑って言った。
「私が一番?」
「ねえ、それって、二番とか三番がある前提ってならない?」
そう言うと、三太郎は千秋を抱きかかえたまま悠然と歩き出した。
「まあ、そうだね、とりあえず、もう一度、泣いているお嬢が見たい、かな?」




