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若女将合戦

 円卓の、舞台側に女将、両側に星太夫と三太郎、それぞれの隣に夏波と千秋、そして、二人の娘の間に藤五郎という並びで座った。


「三太郎から話は聞いたよ、星太夫の思い人っていうのは」


 女将の言葉に反応したのか、千秋は泣きそうに顔をくしゃくしゃにして夏波を睨みつけた。眦に力を入れすぎて、こめかみがひくひくしている。


 けれど、女将の手前、素を出せずにいるのか、声をあげる事はしなかった。


 夏波は、どんな顔を作っいいのかわからず、千秋からのキツい視線から目をそらしつつ、黙って俯いている他無かった。


 一瞬見た三太郎の顔が、どこかにやついているように思え、少しばかり不愉快な気持ちになりはしたが、それを表に出すことはしなかった。


 妙齢の女性が女将というのはわかったが、では、もう一人、知らない顔のあれは誰だろうと、いかつい男を盗み見るようにししていると、ふいに女将が話をし始め、夏波はあわてて視線を女将の方へ向けた。


「言うのが遅いんだよ、あんたは」


 口調は怒っているように聞こえたが、女将の表情は怒っているようには見えなかった。


 どちらかといえば、息子がようやく本気を出した事に対して喜んでいるようにすら思える。


 そうすると、夏波は居心地が悪かった。


 これは『ふり』なのだから。


 けれど、と、夏波は思った。


 目の前にいる女将は、理不尽に縁談を進める人間には見えなかったからだ。


 事情を説明して、理解を得ることができるのでは無いかと。


 しかし、親子の事情は夏波にはわからない。


 ましてや、女将は客商売のプロなのだ。


 己の感情を殺して、表に出さないなどというのは、朝飯前だろう。


 感情を表に出さないという意味では星太夫もそうなのだが、星太夫の場合は、単純に感情の起伏にとぼしいだけのようにも思える。


 しかし、顔を覆おう半分の仮面は、もしかしたら、表情を読まれない為の防御策なのかもしれなかった。


「千秋ちゃんだって、このままじゃ引き下がれないでしょうに」


 申し訳なさそうに女将が言うと、千秋がはじめて痛ましい顔をしてみせた。


「だいたい、あちらのお方になんと言ったらいいものか……」


 言うほどに困っているようには見えず、女将はあっさり続けて言った。


「だからねえ、体裁ってやつがいるんだよ」


 そうして、最後の一人、いかつい作業着の男に声をかけた。


「藤五郎、お嬢さん方に説明しておくれ」


 藤五郎と呼ばれた男が立ち上がって、脇にかかえていた長い巻物のようなものをテーブルの上に広げた。


 それは、かつて夏波が社長室で見た七湯巡りの図に少し似ていた。ゆかずち神社付近を頂点として、階段に沿って旅館が七つ。


 星流楼は、上から三番目に位置しているものだった。


「この図を見てください」


 藤五郎が図を見ながら説明をしてくれた。


 源泉から階段下の配管を使って、各宿へ湯をひいている事。定期的に配管を掃除して、固まってしまった湯の花を取り除かないと管が詰まってしまう事。


 そして、近々配管清掃をしなくてはならないが人手が足りないという事。


 ……そして、ひとしきり配管清掃について説明を終えた藤五郎が言いにくそうにしていると、替わって女将がこう言った。


「配管清掃を仕切って欲しいのよ、あなた達二人に」


 配管清掃の手配をするのに何故着物を着る必要があるのだろう、と、夏波は思い、千秋は千秋で少しばかりうんざりしたような顔をした。


「千秋、見てるわよ」


 釘を指すかのように女将に言われた千秋が、あからさまにふてくされた顔を作った。


 女将は、千秋と夏波、両方を見て、そして言った。


「女将候補は、つまり星太夫の嫁になるには、星流楼を切り盛りする手腕が必要です、その手腕、見せてもらいましょうか」


 にっこりと、女将が笑い、星太夫は絶句。三太郎は千秋と夏波の様子を見てにやつき、藤五郎はきょとんとしつつ苦笑いした。

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