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三太郎と星太夫

 社長室に二人、三太郎が椅子に座り、机に足を投げ出している。星太夫はいつもの半仮面に黒装束で、ソファでうなだれていた。


「願ったりじゃないか、これで第一段階クリアしたようなものだろう」


 三太郎はいつもの白い三つ揃いで、二人並ぶと、御曹司はどう見ても三太郎の方に見える。そして、三太郎はわざとそうしているふしがある。


「しかし、配管掃除の差配なんて……」


 心配そうに星太夫が言うと、あっさり三太郎が答えた。


「簡単にうまくいくとは思えないが、お嬢とてそれは同様だろう、というか、『表』の世界でならともかく、こちら側では、お嬢も家の威光を傘に着る事はできんだろう、文字通り、個人の技量が試される」


「……それは、彼女だって、夏波ちゃんだってそうだろう」


 めずらしく星太夫が饒舌なのは、夏波を案じるがゆえなのか、日頃は無表情、無反応、無関心な星太夫が、うろたえ、動揺している。


 しかし、あの会議の場で動揺を見せなかったのは褒められてよかっただろう。


「おいおい、まずは同じテーブルに立てたんだぞ、これでお前の望む結果に向けて一歩踏み出せたんだ、祝うべきだろう」


「けど、もし失敗したら?」


「それも織り込み済みだ、いや、むしろそこも含めての掛けだったはずだ、……違うか?」


 三太郎は、尊大な態度を崩さない。


 二人だけの時の関係は、最初からこうだった。


 人目があるところでは、三太郎は星太夫をたてる、若旦那として。


 しかし、人目が無い時の三太郎は、つねに星太夫の上位にいる。


 事情をしらないものが、二人の様子を見たら、兄弟のようだと評するだろう。


 実際二人は、幼い頃から共に育ち、年長の三太郎から見れば、星太夫は弟のようなものであったし、星太夫から見れば、頭がよく、万事そつが無い三太郎は、兄のように頼れる存在だった。


 星太夫からしたら、生まれながらの次代の当主という重圧も、三太郎がいなければ耐えられない。


 星太夫がいなくても、星流楼は回るが、三太郎がいなければ、もはや星流楼は回らない。そして、それは誰もが認めるところだった。


「……違わ……ない」


 星太夫が、ふてくされたように膝をかかえると、三太郎はおおげさに足を高くあげて、組み直した。


「俺はどっちでもいいと思うんだがね、むしろ体つきだけだったら千秋の方が……」


 三太郎が言いかけると、星太夫があからさまに不快そうに三太郎を睨めつけた。


「じゃあ、お前がモノにすればいいだろう」


「あー、ダメダメ、俺、ああいう我儘な女嫌いだし、もっとこう、骨のある女じゃないと、組み伏せがいが無いというか、気の強い女を、屈辱に歪ませて押し倒したい性質だから、お嬢は、気は強いけど、思い通りにならないとすぐ泣くじゃん、それじゃあつまらない、泣くまいとしているところを崩すのがいいんじゃないか」


 きっぱりと、千秋を『嫌い』と言い切る三太郎を、そら恐ろしく思いながら、しかし、星太夫は、三太郎ほどに、千秋を切り捨てる事ができない自分の存在にも気づいていた。


 なんといっても、千秋は幼なじみなのだ。小さい頃から一緒にいて、三太郎が兄ならば、千秋は妹のような存在なのだ。


 兄弟のいない星太夫にとって、得難い二人であるはずだ。


 しかし、妹のように思ってしまうと、千秋を娶るという発想に、星太夫は思い至れない。


 それに、星太夫は知っている。千秋が星太夫を慕うのは、その立場ゆえだ。


 星太夫と三太郎の立場が反対であったなら、千秋は三太郎に懐いただろう。


 だからなのか、星太夫は夏波に惹かれ、そして、今、側に置きたいと思っている。


 『裏』と『表』その交わりは、ゆかずち温泉を双方から支え、守るものであるはずで、今自分が成そうとしている事が、ゆかずち温泉を守ることに直結していない事はわかってる。


「それにな、星太夫、このやり方は正直フェアじゃないと、俺は思ってる」


「どういう事だ」


「夏波さんに、お前は嘘をついている、もしこの勝負に彼女が勝ったとして、現時点で叶うのは、千秋をあきらめさせる事だけだ、彼女からしてみたら、ニセの婚約者になる事に同意はしても、真実星流楼の若女将になる、なりたいって意志は無いだろう?」


 三太郎の言葉は、正鵠を射すぎて、星太夫は言葉を返せない。


「俺からお前に言える事はひとつだけだ、あきらめて、千秋を娶って二人で星流楼を継げよ」


「……夏波ちゃんにだって資格はあるはずだ」


「あのなー、俺が言ってるのは資格の有無じゃなくて、お前と添ってくれるかどうかだよ、千秋はお前に恋してる、それはもう、ガキの頃から、今だって、千秋がお前にぞっこんなのは誰が見たってわかる、というか、お前だってわかってるだろう」


 言い返せない星太夫に三太郎が続けた。


「夏波さんは、どうなんだ、脈はあるのか」


「……それは、これから……」


「却下」


 三太郎の答えはにべもなく、星太夫を一方的に追い詰めるだけだった。


「お前に彼女は落とせない」


「……そんな」


「おっと、怒るなよ、永遠に、とは言わない、だが、時間が無いだろう、今は。……だいたい、彼女は向こうへ帰ろうとしている人間だ、まず第一関門として、彼女自身がここへ留まりたいと思わなくてはいけないし、お前が彼女を口説くとしたら話はその先……だろう?」


「彼女が、『帰れなくなったら』?」


 仮面で覆われた星太夫の表情はわからないが、付き合いの長い三太郎は、深刻そうな顔で星太夫を見た。


「……やめておけ、お前にそんな度胸はないだろう」


 星太夫と三太郎が会話を止めると、社長室は一気に静かになった。星太夫の装束の衣擦れの音と、仮面をつけた頭が、ふるえて、カタカタと無機質な音を鳴らした。

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