おもしれー女育成編 1
数日後の放課後、エレノアとリリアは再び同じ空き教室にいた。
前回とは違い、リリアに怯えた様子はない。それどころか、期待に満ちた顔で向かいに座っている。
「それで、今日は何をするんですか? アルフレッド殿下をドキッとさせる方法、考えてきてくれたんですよね?」
エレノアは答えず、机の上に三冊の本を置いた。王国史、礼法概論、隣国語の文法書である。
「まずはこちらを読んでください」
「……もっとこう、運命的なイベントとかでは?」
「その『イベント』というものが何なのかは存じませんが、少なくとも今のあなたに必要なのは、こういったものです」
エレノアは王国史を示した。この数日、エレノアも考えてはみた。
「殿下は、常識のない方がお好きなわけではありませんよ」
リリアが傷ついたような顔をした。
「わたし、そこまでですか?」
「王太子にわざとぶつかり、食事に文句をつけ、水をかけた方に何と申し上げればよろしいのです?」
「脚立からも落ちました」
「増やさなくて結構です」
なぜそこで自分から罪状を追加するのだろう。
「でも、普通にしていたら、ほかの令嬢と同じになってしまいます。そしたら殿下に興味を持たれないですよね?」
「だからといって、無知や無作法を競う必要はないでしょう」
リリアは納得していないらしく、王国史をぱらぱらとめくった。
「これを読んだら、殿下が私を好きになるんですか?」
「それはわかりません。ですが、仮に殿下があなたに興味を持ったとして、そのあと何をお話しするおつもりです?」
リリアの手が止まった。
「王国の歴史について尋ねられたら? 隣国については? 政治や経済の話になったら?」
「好きな食べ物とか、趣味とか……」
「殿下が一日中、そんな話をなさるとお思いですか?」
リリアはしばらく考えてから、首を横に振った。
アルフレッドはいずれ国王になるのだ。
「王太子の隣に立つということは、殿下に好かれるだけでは足りません。礼儀作法はもちろん、歴史も政治も、他国の事情も知らなくてはなりません。あなたも男爵家の令嬢として必要な教育は受けているでしょうけれど、それで十分とは言えません」
どうやらそこまでは考えていなかったらしく、リリアは嫌そうに三冊の本を見た。
「……つまり、勉強しろってことですね?」
「そういうことです」
「殿下にモテるために?」
「その言い方は気になりますが、概ねそうです」
リリアは王国史を持ち上げ、ぱらぱらとページをめくった。
「私、歴史はあんまり好きじゃないんですよね。昔の王様の名前とか、みんな似てません? 二世とか三世とかつくと、もう誰が誰だか」
「覚えれば区別できます」
「エレノア様は全部覚えてるんですか?」
「当然です」
リリアが感心したようにエレノアを見た。
「やっぱりエレノア様って、すごいんですね」
あまりに素直に言われて、エレノアは一瞬返事に詰まった。王太子妃になるのだから、その程度はできて当然だ。
「……必要なことですから」
「必要でも、覚えたのはエレノア様じゃないですか」
不意に、昔聞いた言葉が脳裏をよぎった。
『当然でも、勉強したのは君だろう』
エレノアはリリアを見たが、本人は何も知らず、王国史の厚さを確かめている。
「これ、全部読むんですか? 礼法も隣国語も?」
「ええ」
リリアは三冊の本を見た。エレノアを見た。もう一度、本を見た。
「これ全部?」
「今週分です」
「今週?!」
こうして、リリアの育成が始まった。
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