おもしれー女発見編 5
リリア・モーガンには、前世の記憶がある。
とはいっても、前世で何者だったのかを事細かに覚えているわけではない。日本という国に生まれ、普通に学校へ通い、本や漫画を読みながら暮らしていた。それから若くして死んだらしい、という程度である。
今の両親を両親だと思っているし、兄や妹も大切な家族だ。リリアとして生まれてからの十六年間のほうが、鮮明な記憶になっている。
ただ、ときどき前世で読んだ物語を思い出すことはあった。
平凡な少女が異世界へ転生し、身分の高い美青年と出会う。ほかの令嬢とは違う振る舞いをするうちに興味を持たれ、やがて恋に落ちる。二人の仲を邪魔する悪役令嬢もいるけれど、最後には真実の愛が勝つ。
そんな物語が、前世では流行っていた。
けれど、自分が異世界に生まれたからといって、リリアはこれまで自分を物語の主人公だと思ったことはなかった。
モーガン男爵家は、王都から遠く離れた小さな領地を治めている。
父は毎年、天候と収穫量と税収を見比べて頭を悩ませ、母は何年も前のドレスを仕立て直して着ていた。兄も王都でもっと学びたかったらしいが、家計に負担をかけたくないからと領地に戻り、父を手伝っている。
妹が欲しがった靴を買えなかった年もあった。本人は「まだ履けるから大丈夫」と笑っていたが、夜になって母が古い靴の底を縫い直しているのを、リリアは覚えている。
それでも家族仲はよかった。
裕福ではなくても、この家に生まれてよかったと思っていたし、そんな家族が大好きだった。
物語の主人公というには、あまりにも地味で平穏な日常だった。
◆
十六歳になる年、リリアは王立学院へ入学した。
授業料だけでなく、制服や教材、王都での生活にも金がかかる。両親は「必要なことだから気にするな」と言ってくれたけれど、家計に負担をかけていると思うと申し訳なかった。
その学院で、初めてアルフレッドを見かけた。
整った顔立ちに、背筋の伸びた立ち姿。周囲に何人もの貴族令息がいるのに、その中心にいることがあまりにも自然だった。あれが王太子アルフレッドなのだと、同級生が教えてくれた。
そこでリリアは、ぴんときた。
美貌の王太子。そして、ピンク色の髪をした男爵令嬢である自分。
これって、例のやつではないだろうか。
もちろん、前世でこの世界を舞台にした物語を読んだ覚えはない。アルフレッドという王太子も知らなかった。
けれど、そんなことは大した問題ではないように思えた。前世の記憶を持ち、ピンク色の髪をした自分は、どう考えてもヒロインみたいだ。
もし本当にそうなら、王太子と結ばれることだってできるのではないか。
そうなれば、家族の暮らしも変わる。父が領地の収支を前にため息をつくことも、母が自分のものを後回しにすることもなくなるかもしれない。兄はもっと学べるし、妹にも欲しいものを我慢させずに済む。
しかも、アルフレッドは見た目も申し分なかった。頭もよく、剣の腕も立つらしい。
最初は目を惹かれただけだったのに、「この人と恋に落ちて結ばれるのだ」と思った途端、それはひどく魅力的な未来に思えた。
どうやって興味を持ってもらうかについては、前世の物語を参考にすればいい。
まずは偶然ぶつかる。相手が王子だと知っても媚びず、普通の男性と同じように接する。少しくらい文句を言ってもいい。そうすれば、王子はほかの令嬢とは違う自分に興味を持つはずだった。
ところが、アルフレッドは興味を持つどころか、廊下を走るなと注意してきた。
しかも、そのとき隣には、艶のある髪も、隙のない身なりも、優雅な立ち居振る舞いも完璧な令嬢がいた。
王太子の隣にいる、完璧な令嬢。
――そこでリリアは気がついた。
「……悪役令嬢?」
思わず口に出してしまった。
◆
廊下では、少し手順を間違えただけかもしれない。リリアはそう考えて、食事には本音を言い、図書館では脚立から落ち、庭園ではじょうろの水までかけてみた。
もちろん、悪役令嬢にはなるべく気づかれないようにした。目をつけられれば、嫌味を言われたり、人前で恥をかかされたりするかもしれない。もっと過激な物語なら、毒を盛られたり階段から突き落とされたりすることだってある。
しかし、どれもうまくいかなかった。アルフレッドはそのたびに不自然なところを正確に指摘してくる。
それでも、まだ序盤なのだと思えば説明はついた。こういう物語では、最初は冷たかった王子が、何度も顔を合わせるうちにヒロインを気にするようになることもある。
ところが、ある日とうとう悪役令嬢から放課後の空き教室へ呼び出された。
怖すぎる。
覚悟を決めて向かった先で待っていたのは、予想とは違う展開だった。
アルフレッドへの想いも、これまでの接触も、すべて知られていた。けれどエレノアは責めるどころか、アルフレッドのどこが好きなのかと尋ね、最後には恋を手伝ってもいいと言い出した。
意味がわからなかった。
悪役令嬢がヒロインの恋を手伝う話など知らない。罠ではないかと疑ったものの、本当にリリアを害するつもりはないらしい。それどころか、この先どうなるのか興味があるのだという。
変わった人だと思った。
完璧な公爵令嬢で、王太子の婚約者で、物語なら自分の前に立ちはだかるはずの人なのに、どうにも知っている悪役令嬢とは違う。
それなら、せっかく手伝ってくれるのだから、今までとは違う方法を教えてもらえばいい。そう思って、次は何をすればアルフレッドをドキッとさせられるのかと尋ねた。
けれど、エレノアは知らなかった。
『わたくしは殿下の婚約者ではありますが、殿下を恋に落とした経験はございませんので』
その言葉を聞いて、リリアは初めて気づいた。
エレノアにも、知らないことがある。そして何より、彼女はまだ何も悪役令嬢らしいことをしていない。
リリアはアルフレッドの婚約者というだけで勝手に役を決めつけ、疑っていた。それを申し訳なく思うと同時に、これまで恐れていた相手が急に普通の女の子に見えてきて――
リリアは思わず笑ってしまった。
――おもしれー女育成編へ続く――
おもしれー女発見編 完結です!
おもしれー女育成編 に続きます!
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