おもしれー女発見編 4
数日後、エレノアはリリアを放課後の空き教室へ呼び出した。
扉を開けたリリアは、エレノアの姿を見るなり足を止め、教室にほかの人間がいないことを確認してから、おそるおそる中へ入ってくる。
「お呼びでしょうか、エレノア様」
「ええ。少しお話ししたいことがありますの。どうぞ、お掛けになって」
勧められるまま椅子に座ったものの、リリアの背筋は不自然なほど伸びていた。膝の上で両手を握りしめ、明らかに警戒している。
「単刀直入に伺います。あなた、殿下のことがお好きなのでしょう」
「ち、違います!」
「そうでしたか。では、今後は殿下に近づくのをお控えいただけますか? これまでのようなことが続けば、殿下もお困りになるでしょうから」
「それは困ります!」
エレノアが黙って見つめていると、リリアはしばらく視線をさまよわせたあと、観念したように肩を落とした。
「……好きです。アルフレッド殿下のこと」
「やはり、そうですのね」
予想どおりだった。だか、別の疑問もある。
「ずいぶんわたくしを警戒なさるのですね。これほど恐れている相手がそばにいるのに、よく何度も殿下に近づけましたわね」
リリアが固まった。
「……見られてたんですか?」
「食堂にも図書館にも庭園にもおりましたが」
「え、全部? エレノア様には気づかれてないと思ってた……」
リリアは両手で顔を覆った。
どうしてそう思えたのだろう。食堂では同じ卓にいたし、図書館ではアルフレッドの隣を歩いていた。庭園に至っては、水をかけられたアルフレッドへエレノアがハンカチを渡している。この少女は、自分に都合の悪いものが少々見えなくなる性質なのかもしれない。
「では、改めて伺います。そこまでして殿下とどうなりたいのです?」
「もちろん、結ばれたいです」
今度は即答だった。
「殿下のどこがお好きなのです?」
「お顔が格好いいですし、王子様ですし……頭もよくて、剣も強いって聞きました。それに、ちょっと冷たいところも格好いいというか」
思っていた以上に浅い。
ほとんど話したこともない相手なのだから、外からわかる部分しか挙げられないのは仕方がない。しかし、それならばなおさら、あれほど熱心に近づく理由がわからなかった。
「それだけのために?」
「それだけじゃありません!」
リリアは反射的に言い返してから、はっとして口を閉じた。
「では、ほかにも理由が?」
「……それは……」
先ほどまでとは違い、声はか細く消えた。
エレノアはそれ以上問い詰めなかった。そういえば、モーガン男爵家の領地は小さく、決して裕福ではなかったはずだ。
「もう一つ伺います。あなたは、なぜ殿下にあのような方法で近づくのです?」
「それは……こういうときは、ああするものだと思っていたので」
「誰に教わったのです?」
「誰っていうか……そういうものなんです」
まったく答えになっていない。けれど、本人は本気らしい。
王太子にぶつかり、食事に文句をつけ、脚立から落ちれば、殿下の気を引けると信じていたようだ。
エレノアは少しだけ頭が痛くなった。
「以前、わたくしのことを『悪役令嬢』と仰っていましたね。それも、その『そういうもの』とやらに関係がありますの?」
リリアの肩が跳ねた。
「……それは、また今度で……」
「では、いずれきちんと説明していただきます」
リリアは気まずそうに目を逸らした。
アルフレッドに執着する理由も、奇妙な行動の理由も、エレノアを『悪役令嬢』と呼ぶ理由も、結局よくわからない。
困ったことに、エレノアはそれを知りたいと思ってしまった。
アルフレッドの好む「おもしれー女」に、エレノア自身が興味を持ったことはない。
しかし、リリアは違った。
何を考えているのかも、次に何をするのかもわからない。肝心のアルフレッドにはまったく相手にされていないのに、本人だけは妙な確信を持って挑み続けている。
この少女がこの先どうするのか、見てみたい。
そして、もしもその先に別の未来があるのなら――。
「リリア嬢。わたくしが、あなたに少し手を貸しましょうか」
リリアは目を瞬かせた。
「……何をですか?」
「殿下とのことです。今のままでは、何度試しても同じでしょうから」
リリアはぽかんとエレノアを見つめた。
「エレノア様が手伝ってくれるんですか? どうして……?」
「わたくしにも事情があります。それに――」
目の前の少女を眺める。
「あなたがこの先どうなるのか、少し興味があるのです」
「私に?」
「ええ。わたくしにとっては、あなたはこれまで出会った誰よりも先の読めない方ですから」
リリアは戸惑いながらも、少しだけ嬉しそうな顔をした。しかし、すぐに表情を引き締める。
「でも、これ……罠じゃないですよね? あとで毒を飲ませたり、階段から突き落としたり――」
「しません。なぜ先ほどから、わたくしがあなたを害する前提なのです?」
リリアは気まずそうに目を逸らしたものの、すぐにこちらを見た。
「それで、どうすればいいんですか? 次は何をしたら殿下をドキッとさせられます?」
期待に満ちた目を向けられて、エレノアは黙った。そこまでは、まだ考えていなかった。
「……それは、これから考えます」
「エレノア様も、わからないんですか?」
「わたくしは殿下の婚約者ではありますが、殿下を恋に落とした経験はございませんので」
リリアはじっとエレノアの顔を見つめ、ふっと笑った。
それは、自然に人を惹きつける笑顔だった。
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