おもしれー女発見編 3
「きゃっ!」
それは見事な衝突だった。廊下の向こうから走ってきた少女がアルフレッドの胸に飛び込み、反動で尻餅をつく。
アルフレッドと一緒に歩いていたエレノアは、思わず足を止めた。
少女が顔を上げる。淡いピンク色の髪に、大きな青い瞳。
今年から王立学院に入学した男爵令嬢、リリア・モーガンだった。
エレノアたちは二年生なので直接の面識はなかったが、リリアのことは知っていた。新入生にずいぶん可愛らしい少女がいると、入学間もないころから噂になっていたのだ。珍しい髪色もあって、一度見れば忘れにくい。
「いたた……もう! 急に出てこないでください!」
エレノアは息を呑んだ。
普通の令嬢なら、相手がアルフレッドだと気づいた瞬間に青ざめて謝罪するところだ。それなのに、リリアは怯むどころか文句を言った。
これは、アルフレッドが好きなやつではないだろうか。
「リリア嬢」
アルフレッドが静かに言った。
「君は正面から走ってきた。俺は歩いていたし、君もこちらを見ていただろう。それなのに、なぜ俺が急に出てきたことになる?」
「そ、それは……」
「それから、廊下を走るな。危ないだろう。怪我は?」
「……ありません」
「ならいい」
アルフレッドはそれだけ確認すると、興味を失ったように歩き出した。
予想していた反応とのあまりの違いに、エレノアは慌ててその後を追った。
「殿下。あの方、おもしろくありませんでした?」
アルフレッドが露骨に嫌そうな顔をした。
「あれは俺の身分を知ったうえで、知らないふりをして無礼に振る舞っていた。ああすれば俺が喜ぶと思っているんだろう」
そういうものだろうか。
エレノアには、偶然ぶつかった少女が咄嗟にアルフレッドへ文句を言ったようにしか見えなかった。けれど、こういうことに関しては、エレノアよりアルフレッドのほうが目が肥えているらしい。
振り返ると、ようやく立ち上がったリリアがこちらを見ていた。アルフレッドではなく、なぜかエレノアをじっと見つめている。
目が合った瞬間、リリアが小さく呟いた。
「……悪役令嬢?」
何かに納得したように頷くと、リリアはくるりと背を向けて駆けていった。
「殿下。悪役令嬢という言葉をご存じですか?」
「いや。悪役というのは、悪人という意味だろう」
「それは存じておりますけれども……」
悪役と令嬢。二つに分ければ意味はわかるが、なぜ初対面のリリアにそう呼ばれたのかはさっぱりわからない。
少々気にはなったが、追いかけて問いただすほどのことでもない。エレノアはそれ以上考えなかった。
◆
それからリリアは、何度もアルフレッドに接触してきた。
食堂では、アルフレッドの昼食を覗き込んで「それ、おいしくないですよね?」と話しかけた。「身分の高い方は、おいしくなくてもおいしいって言わなきゃいけないのかと思って」と続けたが、「俺は好きで食べている」と返されて引き下がった。
図書館では脚立から落ち、偶然その下を通りかかったアルフレッドに抱き留められたものの、「俺が来るまで脚立の上で待っていたのか?」と聞かれて絶句した。
ある日は庭園で転んだ拍子にアルフレッドへ水をかけたが、「さっきから俺を見ながらじょうろを持っていたな」と指摘された。
エレノアには、何度見ても演技とは思えなかった。しかしアルフレッドは、そのたびリリアの意図を見抜いた。それでもリリアは諦めず、少しするとまた別の方法で近づいてくる。
今のところ、彼女の試みが成功しているとは言い難い。
それでも、アルフレッドに並々ならぬ熱意を向けていることだけは確かだった。
考えてみれば、エレノアが婚約者となってから、これほどあからさまにアルフレッドへ近づこうとする令嬢はいなかった。
すでに公爵令嬢の婚約者がいる王太子へ、わざわざ割って入ろうとする者など普通はいない。
だからこそ、リリアの存在は妙に引っかかった。
もしもこの少女が、本当にアルフレッドの心を動かしてしまったら。
そのとき、自分が彼の隣に立ち続ける理由は、今と同じなのだろうか。
そこまで考えて、エレノアは思考を止めた。
アルフレッドとの婚約は、王家と公爵家のために結ばれたもので、その責務を果たすと決めたのも自分である。簡単に覆るものではない。
それでも、一度浮かんでしまった考えはなかなか消えてくれなかった。
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