おもしれー女暗躍編 4
次の休み、四人はヴァレンティス公爵邸の書庫に集まった。
「当時から王家と関わりの深かったヴァレンティス家なら、何か記録があるかもしれません」
エレノアが父に頼み、古い資料を閲覧する許可を得ていた。
「二百七十年前の前後に絞りましょう」
四人で手分けして調べ始める。
しばらくして、リリアが一冊の記録を差し出した。
「これ、見てください」
南部からヴァレンティス領へ、葡萄の苗木が贈られたという記録だった。王妃が嫁いだ翌年のことで、王都では栽培が難しいため、ヴァレンティス領で試すよう王妃から依頼されたとある。
「少なくとも、南部から苗木を取り寄せたのは間違いないな」
さらに記録を追うと、数年後には収穫が安定し、干し葡萄や酢への加工も試されていたことがわかった。
「それなら、どうしてヴァレンティス領の名産にならなかったんでしょう?」
その疑問にも、ほどなく答えが見つかった。
数十年後、大規模な洪水によって畑が被害を受け、その土地では別の作物が育てられるようになっていた。
「……ここまでですか」
エレノアが最後の記録をめくる。
葡萄が王家の象徴となった由来については、かなり確かなところまでたどり着いた。しかし、それだけでは古い歴史を一つ明らかにしたにすぎない。
しばらく誰も口を開かなかった。
やがてリリアは、机に広げられた当時の領地図を見た。
「でも、洪水でやめただけなんですよね?」
「そう記されていますね」
「今は治水も進んでいますし、もう一度育てられないでしょうか」
エレノアが顔を上げた。
「葡萄畑を復活させるのですか?」
「はい。昔はちゃんと収穫できていたんですよね。だったら、今も育つかもしれません」
アルフレッドも領地図を覗き込む。
「なるほど。昔の畑を特定できれば、試す価値はあるな」
「だったら、少しだけ試してみませんか? 昔と同じように育つか確かめるだけなら、大きな畑はいりませんよね」
リリアはさらに考え込んだ。
「それに、収穫できた葡萄を全部そのまま売る必要もないですよね」
「加工するのですか?」
「はい。南部では葡萄は珍しくありませんし、王都にも南部から入ってきます。でも、東部まではあまり流通していませんよね」
リリアの実家であるモーガン男爵領は東部にある。
「うちでは蜂蜜を作っています。果実を蜂蜜で煮た保存食もありますから、葡萄でも試せるかもしれません」
エレノアの目が明るくなった。
「栽培はヴァレンティス領、加工の一部をモーガン領で行うのですね」
「はい。うまくいけば、東部にも売れます」
「王家の豊穣の象徴だった葡萄を、二百七十年ぶりに復活させるという由来も使えますね」
そこからは早かった。
エレノアが試験栽培に必要な土地、人員、予算を整理し、リリアはモーガン領で可能な加工と東部への販路を書き出した。アルフレッドは南部から苗木を取り寄せられるか確認することになった。
王太子妃になるための教育を受けてきたエレノアと、かつて木の上からアルフレッドに飛びついたリリアが、今は二百七十年前に途絶えた葡萄栽培を復活させるため、予算と人員について真剣に話し合っている。
おもしれー女たちが暗躍しているな、とユリウスは思った。
その日のうちに、四人は公爵の執務室を訪れた。
エレノアが古い記録を示し、リリアが調査の経緯と試験栽培について説明する。
「最初は小さな区画だけで構いません。昔の記録があるので、一から栽培方法を探す必要もありません。収穫できれば一部をモーガン領で加工して、葡萄の流通が少ない東部へ売ることもできます」
リリアは用意した計画書を公爵の前に置いた。
「失敗しても損失は試験栽培の範囲です。成功すれば、使われていない土地を活用して、ヴァレンティス領とモーガン領の両方に新しい仕事を作れます。それに、二百七十年前に王妃様が始めた葡萄を復活させたとなれば、売りやすいと思います」
「ずいぶん考えてきたようだな」
公爵は資料に目を落とした。
「この記録を見つけたのは、モーガン男爵令嬢か?」
「はい。お父様。そもそもリリアが、王都では育たない葡萄がなぜ王家の豊穣の象徴なのかと疑問を持ったことから始まっております」
「なるほど。おもしろいところに目をつける」
公爵はもう一度計画書を読み返した。
「領地を管理する者に、現在の土壌と水利を確認させよう。問題がなければ、小規模な試験栽培を認める」
「ありがとうございます!」
リリアの顔が明るくなる。
「お父様。もう一つ、お話がございます」
エレノアが切り出すと、アルフレッドがその先を引き取った。
「公爵。俺はエレノアとの婚約を解消したいと考えています」
公爵が顔を上げた。
「エレノアに不満があるわけではありません。俺たちの婚約が王家とヴァレンティス家にとって最善だと考えられていたことも理解しています。ですが、今は別の道を選びたい」
アルフレッドはリリアを見た。
「俺は、リリアを伴侶に望んでいます」
公爵はしばらくアルフレッドを見たあと、娘へ視線を移した。
「お前はどうする」
「僕がエレノアを望んでいます」
ユリウスが答えた。
「兄上との婚約が解消されたなら、僕はエレノアとの婚姻を望みます」
「わたくしも同じ気持ちです、お父様」
アルフレッドが続けた。
「そして公爵には、リリアの後ろ盾となっていただきたい」
公爵はしばらく考えていた。
「王太子殿下。それはつまり、エレノアとの婚約を解消しても、ヴァレンティス家との関係を変えるおつもりはないと考えてよろしいでしょうか」
「もちろんです。これまで公爵家が王家を支えてきたことを、ないがしろにするつもりはありません」
公爵はエレノアを見る。
「お前が望み、王太子殿下も同じ考えなのであれば、私は婚約の解消に反対しない」
エレノアの表情が明るくなった。
「ありがとうございます、お父様」
「ただし、モーガン男爵令嬢が次の王太子妃になれるかは別の問題だ」
「承知しております」
リリアが背筋を伸ばした。
「だから私、手柄を立てます!」
「手柄?」
「はい。殿下が私を好きだからというだけではなくて、私を王太子妃にしてもいいと思ってもらえるような手柄です」
公爵は目の前の葡萄の計画書を見た。
「それが、これか」
「まずは!」
まだほかにも立てるつもりらしい。
公爵はしばらくリリアを見ていたが、やがて小さく笑った。
「では、見せてもらおう」
少なくとも、ヴァレンティス公爵家を味方につけるという最初の目標は達成できた。
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