おもしれー女暗躍編 1
翌日の放課後、エレノアはアルフレッドに呼び出された。
場所は学院の談話室だった。指定された部屋へ入ると、アルフレッドはすでに窓際の席に座っている。
「お呼びでしょうか、殿下」
「ああ。座ってくれ」
向かいに腰を下ろすと、アルフレッドは前置きもなく尋ねた。
「リリアから聞いた」
何を、とは言われなかった。エレノアには心当たりがありすぎる。
「どこまでお聞きになりました?」
「君が俺に近づくことに協力していた、と」
エレノアは少し考えた。どうやら、すべてを話したわけではないらしい。
「それは事実です」
「やはりそうか」
アルフレッドは眉間にわずかに皺を寄せた。
「最初から知っていたのか。リリアが俺に好意を持っていることを」
「ええ」
「そのうえで礼儀作法や教養を教え、俺たちの昼食に連れてきて、夜会では俺と踊るよう勧めた?」
「そのとおりです」
アルフレッドは黙った。
こうして並べられると、なかなか奇妙なことをしていた気がする。
「何を考えている?」
もっともな質問だった。
エレノアは膝の上で手を重ねた。
「最初から、今のようになると考えていたわけではございません」
「では、なぜリリアに協力した?」
「興味があったのです」
「興味?」
「リリアが殿下の好みに合う方なのではないかと」
アルフレッドの眉間の皺が深くなった。
「殿下は昔から、少し変わったことをおっしゃる方に興味を持たれるでしょう」
「……そうだったか?」
本人にはあまり自覚がなかったらしい。
「ええ。ですが、リリアは少々方向を間違えておりましたので」
「少々か?」
「かなり」
そこは訂正した。
「それで、直してやろうと思ったのか」
「最初は、そこまで考えておりませんでした。ただ、話してみるとおもしろい方でしたので、もう少し知りたいと思ったのです」
教えてみれば、リリアは思いのほか熱心だった。
歴史を教えれば王の性格を考え、税について学べば徴収する側の費用を気にした。王宮の壁に葡萄を見つければ、なぜこの土地で育たないものが豊穣の象徴なのかと疑問を持つ。
「わたくしも、リリアに教えることを楽しんでいたのだと思います」
「それは見ていればわかった」
アルフレッドはそこで少し黙った。
「昨日、リリアから気持ちを伝えられた」
わかっていたことなのに、本人の口から聞くと、エレノアは自然と笑みがこぼれた。
「驚かないんだな」
「驚く理由がございませんもの」
アルフレッドは少し黙った。
「俺も、彼女に心を惹かれている」
エレノアは幼いころから彼を知っている。その言葉を口にするまでに、彼なりに随分と考えたのだろう。
「おめでとうございます」
「まだ何もめでたくない」
「そうでしょうか」
「俺には君という婚約者がいる」
アルフレッドがエレノアを見る。
「存じております」
「なら、なぜそんなに平然としている?」
エレノアは少し考えた。
自分でも、いつからこう考えるようになったのかはわからない。
リリアを初めて見たときには、ただ興味を持っただけだった。アルフレッドが彼女を好きになるとも、自分がここまでリリアを気に入るとも思っていなかった。
「殿下。近頃、貴族の間でも恋愛結婚が増えているのはご存じでしょう?」
「もちろん知っている」
「家同士の利害を無視できるわけではありません。ですが、家格や領地の条件が釣り合う相手の中から、本人たちの希望を尊重して婚姻を決める家も増えております」
「それと俺たちに何の関係がある?」
「わたくしたちの婚約も、十歳のころに両家の利害を考えて決められたものです」
当時は、それが最善だった。
王家とヴァレンティス公爵家が結びつくことは国の安定につながり、アルフレッドとエレノアも互いをよく知っていた。二人とも、このまま夫婦になるのだと思っていた。
「ですが、十歳のころにはリリアはいませんでした」
アルフレッドが黙ってエレノアを見る。
「今は、選べる未来が一つ増えたのではないかと思うのです」
「リリアを王太子妃にしろと?」
「そこまでは申し上げておりません。男爵令嬢である彼女が王太子妃になるには、解決しなければならないことがいくつもあるでしょう」
リリア自身にも、まだ学ぶべきことは多い。
それでも。
「殿下とリリアが話しているところを、わたくしは何度も見てきました」
アルフレッドは、リリアの疑問を笑わない。
リリアも、アルフレッドが王太子だからといって意見を変えない。知らないことは尋ね、納得できなければ考え、アルフレッドもまた彼女の言葉を受けて考える。
「殿下は優れた王になられるでしょう。以前から、そう思っております」
「ずいぶん買ってくれるな」
「そのために十歳からおそばにいたのですもの」
エレノアが笑うと、アルフレッドもわずかに口元を緩めた。
「ですが、リリアがそばにいれば、殿下お一人では気づかないものに気づくことがあるでしょう。殿下も、彼女の意見なら聞こうとなさる」
葡萄も、税も、昔の王のこともそうだった。
王太子として学んできたアルフレッドと、まったく違うところから物事を見るリリア。
「お二人なら、よい治世になるのではないかと思ったのです」
アルフレッドはしばらく何も言わなかった。
「そこまで考えて、リリアを俺に近づけたのか?」
「いいえ」
エレノアは即座に否定した。
「それは最近考えました」
「……そうか」
「わたくしにも予想外のことはございます」
「リリアに関しては、特に多そうだな」
「ええ」
そこは否定できなかった。
しばらくして、アルフレッドが椅子の背にもたれた。
「つまり君は、俺との婚約を解消しても構わないと思っているのか」
エレノアはアルフレッドをまっすぐ見た。
「それが皆にとってよりよい未来になるのであれば、解消を目指したいと思っております」
「皆、か」
「もちろん、国にとってもです」
「そこまで含めるところが君らしいな」
アルフレッドは息を吐いた。
「俺も同じだ。リリアを好きだからといって、国や家を無視して君との婚約を解消するつもりはない」
「ええ。まずはわたくしが――」
「待て」
別の声がした。二人が振り返る。
談話室の扉が開いていた。
そこに立っていたのはユリウスだった。
「……ユリウス殿下?」
「兄上から話があると聞いて来てみれば」
ユリウスはいつもの穏やかな顔をしていなかった。
「エレノア、また君は自分一人で何とかするつもりなのか」
「何のお話でしょう」
「今、自分で言っただろう」
ユリウスはエレノアを見た。
「『まずはわたくしが』って」
エレノアは瞬いた。
「わたくしの家に関わることですから、当然では?」
「それだよ」
ユリウスの声が、珍しく苛立っていた。
「君のそういうところに怒ってるんだ」
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