おもしれー女恋愛編 5
自分がアルフレッドを好きなのだと気づいた翌日から、リリアは以前のように話せなくなっていた。
これまでは見かければ話しかけていた。授業で疑問に思ったことや、昨日読んだ本のこと、道端で見つけた妙な形の虫のこと。アルフレッドなら何と言うだろうと思えば、自然と足が向いた。
ところが、自分の気持ちを自覚した途端、話しかけるだけで緊張する。
「おはよう、モーガン男爵令嬢」
「お、おはようございます!」
挨拶だけで声が裏返り、不思議そうに見られたリリアはその場から逃げた。
せっかく、わざと変なことをしなくても普通に話せるようになったのに、以前よりおかしくなっている。
しかも困ったことに、最近はアルフレッドのほうから話しかけてくる。
「モーガン男爵令嬢。この前の話だが」
「はい!」
「なぜそんなに離れている?」
「近いと緊張するので」
「……そうか」
言ってから、リリアは口を押さえた。
何を正直に答えているのだろう。
そんな状態が数日続いた。
放課後、とうとうアルフレッドに呼び止められた。
「最近、俺を避けているのか?」
「避けてません」
「では、なぜ逃げる」
「逃げてもいません」
「今も少しずつ後ろに下がっているが」
リリアが自分の足を見ると、確かに下がっていた。
「何か気に障ることをしたなら言ってくれ」
「殿下は何もしてません」
「なら、どうした?」
どう答えたものか迷った。エレノアには今までどおりでいいと言われているが、その今までどおりができないのだ。
「……殿下のことを、前より意識するようになってしまって」
「俺を?」
「そうです」
「なぜ?」
そこまで聞くのか。
「それは言えません」
「なぜだ」
「言ったら困らせます」
「困るかどうかは、聞いてから俺が決める」
王太子とは、こういうときまで偉そうである。
リリアはしばらく迷ってから、小さく息を吐いた。
「殿下のことを、王太子だからではなくて、アルフレッド様だから気にするようになってしまったんです」
言ってしまった。
アルフレッドはなにかを言いかけて黙り、リリアの顔は一気に熱くなった。
「……すみません。やっぱり困りますよね」
「そうではない」
アルフレッドが何かを続けようとしたが、リリアは慌てて遮った。
「わたしだって分かってるんです! 私はただの男爵家の娘で、学院がなければ殿下とお話しすることすらなかったし、いくらエレノア様が協力してくださっているからって――」
「待て」
リリアは口を閉じた。
「今、エレノアが何と言った?」
「……何でもありません」
「今のは無理があるだろう」
言っていいものだろうか。
エレノアがアルフレッドをに抱いている感情まで、勝手に話すつもりはない。
黙っていると、アルフレッドが訝しげに眉を寄せた。
「まさか、エレノアに何か言われたのか?」
「違います! むしろ協力していただいてます!」
また言ってしまった。
「……協力?」
「今のは忘れてください」
「無理だな。何に協力している?」
「勉強を教えていただいたり、殿下とお話しする機会を作っていただいたり……」
「それは知っている」
アルフレッドは少し考えてから、リリアを見た。
「エレノアは、君が俺に好意を持っていると知っているのか?」
答えずにいると、今度は名前を呼ばれた。
「リリア」
思わず顔を上げる。
「……知ってます」
「いつからだ?」
「最初から、だいたい」
アルフレッドの眉が上がった。
「俺の興味を引こうとしていたころから?」
「はい」
「それを知ったうえで、君を俺との昼食に連れてきたり、舞踏会で踊るよう勧めたりしていたのか」
「……はい」
アルフレッドはしばらく黙り込み、やがて額に手を当てた。
「つまりエレノアは、君の気持ちを知ったうえで、俺と親しくなることに協力しているわけか」
「そうなりますね」
「なぜ?」
「エレノア様にも、いろいろ事情があるみたいで……」
それ以上は言えない。
アルフレッドも察したのか、しばらく考えたあと、それ以上エレノアについて尋ねることはなかった。
「なら、少なくとも俺が君に気持ちを隠す理由はないな」
「……え?」
「エレノアへの配慮を理由に、何も言わずにいる必要はないだろう」
リリアはアルフレッドを見つめた。
「殿下。それって……」
「俺も、君に心を惹かれている」
あまりにも静かに言われて、今度はリリアが黙った。
「……本当ですか?」
「ああ」
嬉しいはずなのに、一つだけ確かめたいことがあった。
「私、おもしろいからですか?」
以前なら、それこそ望んでいた答えだった。アルフレッドにおもしろいと思われたくて、何度も失敗した。
けれど、今はそれだけでは寂しい。
「最初は、君の意見がおもしろいと思った」
アルフレッドは少し考えてから続けた。
「だが今は、何かあれば君に話したいと思う。君ならどう考えるのか聞きたいし、次に会えば、この前の続きを話したいと思う」
リリアは黙って聞いた。
「俺が惹かれているのは、そういう君だ」
胸の奥に引っかかっていたものが、すっとなくなった。
「……私もです。私も、殿下だから好きなんです」
口にしてしまうと、不思議なくらいすっきりした。
けれど、だからといって何もかも解決したわけではない。
「でも、婚約はどうなるんですか?」
「ああ。それは別の問題だ」
アルフレッドの答えは早かった。
「エレノアが何を考えているのかも聞く必要がある。そもそも俺たちの婚約は、俺とエレノアだけで決めたものではない」
今のリリアには、その意味がわかる。
「じゃあ、私たちは……」
「それはこれから考える。ただ、互いの気持ちがわかった以上、知らないふりをする必要もないだろう」
リリアの頬が緩んだ。
「それなら、明日もお話ししていいですか?」
「今までそれを許可制にした覚えはない」
「気持ちがわかったら、なんか違うじゃないですか」
「違うのか?」
「違いますよ!」
アルフレッドにはまだわからないらしい。
それでも、明日になればまた話したいことができるだろう。
婚約のことも、その先のこともまだ何も決まっていないけれど、二人はようやく互いが同じ気持ちでいることを知った。
――おもしれー女暗躍編へ続く――
おもしれー女恋愛編 完結です!
おもしれー女暗躍編 へ続きます!
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