おもしれー女恋愛編 2
それからしばらくして、王宮で夜会が開かれた。
学院の生徒だけでなく、多くの貴族が集まる正式な場である。当然、アルフレッドとエレノアも王太子とその婚約者として出席していた。
楽団が最初の曲を奏で始めると、アルフレッドはエレノアに手を差し出した。
「踊ろう」
「ええ、殿下」
二人は幼いころから同じ教師に習い、夜会では何度も組んできた。アルフレッドが次にどう動くのかは自然とわかるし、エレノアがそれに遅れることもない。
曲が終わると、息の合った踊りに周囲からは感嘆の声が漏れた。
「では、わたくしはご挨拶に回ってまいります」
「ああ」
エレノアがアルフレッドと別れてしばらくすると、会場の端に見慣れたピンク色の髪を見つけた。
リリアである。
以前の彼女なら、アルフレッドの姿を見つけた時点で、飲み物をこぼすか、転ぶか、偶然を装ってぶつかるかしていたかもしれない。
しかし今夜のリリアは何もしていなかった。
壁際に立ち、壁を見ていた。
何をしているのだろう。
エレノアが疑問に思っているうちに、アルフレッドもリリアに気づいたらしい。自分から彼女のもとへ歩いていく。
「モーガン男爵令嬢」
「あ、殿下」
リリアが振り返った。
「何を見ている?」
「これです」
指したのは、壁を飾る精緻な彫刻だった。蔓を伸ばした葡萄がいくつも実をつけ、その周囲を麦の穂が囲んでいる。
「この葡萄って、王家では豊穣の象徴なんですよね?」
「ああ、古くから葡萄と麦を祝いの意匠に使っている」
「でも、この地方って葡萄育たないですよね」
アルフレッドが壁を見た。
「……確かに」
「王都の周りって、昔から葡萄の栽培には向いてないって習いました。なのに、どうして豊穣の象徴が葡萄なんでしょう」
「南部では盛んに作られている」
「じゃあ、昔は王都でも育ったとか?」
「気候が変わった可能性はあるな」
「それとも、外国から入ってきたものを王様が気に入ったとか」
「あり得る。王家の婚姻を通じて持ち込まれた可能性もある」
「あ。それなら、昔の王妃様の出身地を調べればわかるかもしれませんね」
話しているうちに、次の曲が始まった。
けれど、二人とも気づいていないようだった。
エレノアが挨拶を終えて戻ってきたところで、まだ二人は壁の前にいた。
曲はすでに半ばまで進んでいる。
「殿下」
声をかけると、アルフレッドがようやくこちらを向いた。
「何だ?」
「何だ、ではございません。踊らなくてよろしいのですか?」
「あとでいい」
エレノアはリリアを見た。
「リリアも、夜会にいらして、壁を眺めるだけでお帰りになるおつもり?」
「壁を見ていたわけでは――」
「葡萄を見ていらしたのでしょう?」
「……はい」
それを壁を見ていたというのだ。
エレノアは小さく息をついた。
「せっかく覚えたダンスを実践する機会ですよ」
「あ」
リリアはようやく思い出したように、踊っている人々へ目を向けた。
「そうでした。夜会って踊るところでしたね」
「忘れていたのですか?」
何のために何度もダンスの練習をしたのだろう。
エレノアがアルフレッドを見ると、彼もようやく察したらしい。
「モーガン男爵令嬢」
差し出された手を見て、リリアが固まった。
「……え」
「一曲、どうだ?」
「私とですか?」
「ほかに誰がいる」
リリアは慌ててエレノアを見た。
「どうぞ」
微笑んでそう促すと、リリアはおそるおそるアルフレッドの手を取った。
ちょうどまた曲が終わり、次の曲が始まる。二人が中央へ向かうのを見送りながら、エレノアは少しだけ安心した。
リリアのダンスは、少なくとも人前に出して問題のないところまで仕上げてある。あとは余計なことをせず、練習どおりに踊ればいい。
そのはずだった。
「さっきの話なんですけど、王妃様の出身地から調べるなら、何代くらい遡ればいいと思います?」
「王宮の古い部分にも葡萄の意匠がある。少なくとも三百年は遡ったほうがいいだろう」
「三百年……王妃様、何人います?」
「それも調べればわかる」
「殿下、知ってるんじゃないですか?」
「知っているが、君が調べるんだろう?」
アルフレッドの口元がわずかに緩み、リリアが不満そうな顔をした。
エレノアは少し離れたところから眺めながら、呆れるべきか喜ぶべきか迷った。
少なくとも、以前のリリアなら、アルフレッドと踊ることになった時点で頭がいっぱいになっていただろう。どう振る舞えば好かれるのか、何を言えば興味を持たれるのか、そればかり考えていたはずだ。
リリアのダンスは及第点だ。足はきちんと動いている。姿勢も悪くない。アルフレッドも優雅に彼女を導いている。
それなのに、二人の頭の中にはどうやら葡萄しかないようだ。
曲が終わり、アルフレッドとリリアが戻ってきた。
「エレノア様、ちゃんと踊れました!」
「ええ。それは何よりです」
「殿下も、ありがとうございました」
「ああ。それより、葡萄の件だが。王宮に古い改築記録が残っているはずだ。意匠を使い始めた時期について何かわかるかもしれない」
「見てくださるんですか?」
「君は王妃たちを調べるんだろう?」
「はい!」
「何かわかったら、また続きを話そう」
リリアが嬉しそうに笑った。
その様子を見ながら、エレノアはふと思う。
アルフレッドが興味を示した令嬢は、これまでにもいた。
けれど、その興味はたいてい、その場限りのものだった。
リリアとの会話には、続きがある。今日わからなかったことを調べ、次に会ったときにまた話す。そして、また新しい疑問が生まれるのだろう。
どうやら二人には、話したいことが尽きないらしい。
お読みいただき、ありがとうございます!
「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、リアクション・評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです!




