おもしれー女恋愛編 1
それから数日後、エレノアは廊下でアルフレッドとすれ違った。
「エレノア。モーガン男爵令嬢はどこにいる?」
「リリア嬢ですか?」
思わぬ名前が出て、エレノアは目を瞬いた。
「先ほどまで図書室にいらっしゃいましたが」
アルフレッドは礼を言うと、そのまま図書室のほうへ歩いていった。
リリアがアルフレッドを探しているところなら何度も見てきたが、逆は初めてだった。気になって、エレノアも少しだけあとを追った。
図書室へ着くと、リリアは奥の机いっぱいに紙を広げ、何やら数字を書き込んでいた。
「モーガン男爵令嬢」
「ひゃい!」
リリアが顔を上げた。
「で、殿下?! どうしてこちらに」
「君に用がある。先日の第十二代国王の話だ」
「あの、恥ずかしがりやさんの?」
「ああ。俺も少し調べてみたが、君の解釈には一理あると思った」
「本当ですか?」
リリアの顔が明るくなる。
「もちろん、それだけで外交政策のすべてを説明できるわけではない。ただ、判断に影響した可能性はある。もう少し君の意見を聞いてみたいと思ってな」
アルフレッドはそこで、机いっぱいに広がった紙へ目をやった。
「ところで、これは何だ。勉強か?」
「エレノア様に教えていただいた税について調べてたんです。これです」
リリアは一枚の紙を差し出した。
「税金って、集めるのにもお金がかかりますよね。税収より集めるための費用のほうが大きいものがあるんじゃないかと思って」
「それは本当か?」
「まだわかりません。気になったので計算してたんです」
アルフレッドは紙を受け取った。
市場で徴収される税の額と、そのために必要な人員や経費が、リリアなりにまとめられている。
「ずいぶん調べたな」
「全部はわからなかったので、わかるところだけですけど。ここの市場なんて、税を集める人のお給料と移動にかかるお金を引いたら、ほとんど残らないんですよ」
「それだけで税の価値は決まらない」
「だから、何のための税なのかも調べてみたんです」
リリアは別の紙を取り出した。
「たぶん、王都の商人を守るためじゃないかと思います。地方から安い品物がたくさん入ってくると、王都で作ってる人が困りますよね?」
「誰かに聞いたのか?」
「いえ。資料を読んで、そうかなって」
アルフレッドはしばらく紙を眺めた。
「半分は正しい。この税が定められた当時、王都の商人から陳情が出ている。ただ、地方から王都へ人が集まりすぎるのを防ぐ目的もあったはずだ」
「人?」
「安い品物が大量に入れば、王都で生産する必要がなくなる。職を失った者が――」
「あ、待ってください。書きます」
「授業ではないぞ」
「授業以外でメモをしてはいけないという決まりはありません!」
アルフレッドがわずかに笑った。
そのまま二人は、机の上の資料を挟んで話し始めた。
アルフレッドが説明すれば、リリアが尋ねる。リリアが何かを思いつけば、アルフレッドがその穴を指摘する。それでもリリアは黙らず、別の資料を引っ張り出してくる。
以前のリリアなら、アルフレッドが笑っただけで大喜びしていただろう。今はそのことにも気づいていない。
「だったら、この税率をもう少し下げたらどうなるんですか?」
「どの程度だ?」
「ええと……」
リリアが紙に数字を書き始め、アルフレッドは急かさずにその手元を見ていた。
エレノアは声をかけずに、そっとその場を離れた。
◆
翌日の昼休み、教室を出たところでリリアが駆け寄ってきた。
「エレノア様! 昨日、殿下が図書室に来たんです!」
「存じています。わたくしが居場所を聞かれましたから」
リリアが固まった。
「殿下が、私の居場所を?」
「ええ」
「……わざわざ?」
「そうなりますね」
リリアは口元を押さえた。
「エレノア様の授業の効果、抜群じゃないですか!」
「わたくしは本を渡して教えただけですよ。調べて考えたのはあなたでしょう」
「でも、勉強してなかったら、殿下とあんなに話せませんでした」
「それなら、勉強した甲斐はありましたね」
リリアは嬉しそうに頷いてから、ふと首を傾げた。
「……それにしても、殿下のほうから私を探してくださったんですよね?」
エレノアは少し考えた。
今までリリアは、アルフレッドの興味を引こうと追いかけていた。けれど昨日、初めてアルフレッドのほうからリリアを探したのだ。
リリアの頬がじわじわと緩んでいく。
どうやら、今度こそ本当にエレノアの出番はないらしい。
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