収録
魔王杯から数日。
凛のもとに、一つの連絡が届いていた。
朝霧カナタ:
歌ってみたの収録、スタジオで一緒にやりませんか?
「……スタジオか」
今まで。
凛は基本的に自宅から配信していた。
VTuber仲間と直接会うこともほとんどない。
だから。
少しだけ緊張していた。
「……まあ、行ってみるか」
凛は了承の返信を送った。
⸻
収録当日
駅から少し歩いたところにある、レコーディングスタジオ。
「ここか……」
凛は建物を見上げる。
服装はシンプル。
黒いパーカーに細身のパンツ。
髪はいつものように整えている。
TSしてからというもの。
凛自身も、自分の見た目にはまだ慣れきっていない。
少しクールな印象を与える顔立ち。
でも、表情が柔らかくなると年相応の可愛さが出る。
「……よし」
中へ入る。
⸻
「鬼神さん!」
「……?」
受付を済ませると。
奥から一人の女性が駆けてくる。
「こんにちは!」
「こんにちは」
凛が頭を下げる。
すると。
女性が一瞬止まった。
「…………」
「?」
「あの……」
「はい?」
「もしかして……鬼神さん?」
「そうですけど」
「…………え?」
カナタが目を丸くする。
「え、えっと……」
「どうしました?」
「想像してたより……」
「?」
カナタは凛の顔を見ながら。
「……可愛い」
「…………」
凛が固まった。
「え?」
「あっ!」
カナタも慌てる。
「いや、その!」
「……」
「可愛いっていうか!」
「……はい」
「えっと……!」
さらに慌てる。
「普通にかっこいいです!」
「……」
「……」
二人の間に沈黙。
カナタの顔が赤くなる。
「……すみません」
「いや、大丈夫です」
凛は苦笑する。
「よく言われるので」
「……!」
カナタが目を見開く。
「それは……ずるいです」
「何がですか?」
「そういう顔でさらっと言うところです!」
「……?」
凛には意味が分からなかった。
⸻
スタジオへ向かう。
カナタはちらちら凛を見る。
「……」
「?」
「鬼神さん」
「はい?」
「普段からその感じなんですか?」
「その感じ?」
「なんというか……」
カナタは少し考える。
「落ち着いてるというか」
「そうかな」
「でも笑うと可愛いです」
「……」
凛は少しだけ目を逸らす。
「褒めすぎじゃないですか?」
「本当のことですから!」
「そうですか……」
「はい!」
カナタは笑った。
「なんか、もっと怖い人を想像してました」
「怖い?」
「鬼神って名前ですし」
「……確かに」
二人で笑う。
⸻
レコーディングブース
「じゃあ、まず軽く歌ってみましょう」
「分かりました」
凛がマイクの前に立つ。
カナタはガラス越しに見ている。
そして。
音楽が流れる。
凛が歌い始める。
普段の落ち着いた声とは違う。
少し低く。
柔らかく。
それでいて芯のある声。
カナタは。
「…………」
思わず聞き入っていた。
歌が終わる。
「どうでした?」
凛が聞く。
「……」
「カナタさん?」
「……すごい」
「え?」
「やっぱり歌、上手いです」
「そう?」
「はい」
カナタは笑った。
「……もっと好きになりました」
「…………」
「……あ」
言ってから気づく。
「いや!」
「?」
「歌が!」
「……ああ」
「歌が好きになったって意味です!」
「分かってますよ」
「本当ですか!?」
「たぶん」
「たぶん!?」
また二人で笑った。
⸻
休憩中。
「鬼神さんって」
「はい?」
「普段どんな服着てるんですか?」
「普通ですよ」
「今の服も?」
「うん」
「似合ってます」
「……ありがとう」
「黒、似合いますね」
「そう?」
「はい」
カナタは改めて凛を見る。
クールな雰囲気。
だけど。
話していると意外と柔らかい。
笑うと可愛い。
そして歌うと格好いい。
「……なんか」
「?」
「鬼神さんって、ギャップありますね」
「そうかな」
「はい」
カナタは笑った。
「人気出る理由、ちょっと分かった気がします」
「……そういうもの?」
「そういうものです!」
⸻
そして。
収録終了。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ!」
カナタが頭を下げる。
「すごく楽しかったです」
「俺も」
「歌ってみた、絶対いいものにしましょうね」
「うん」
凛が笑う。
その笑顔を見て。
カナタはまた少しだけ黙った。
「……?」
「……いえ」
「どうかしました?」
「なんでもないです」
カナタは笑う。
「……鬼神さんって、本当に可愛いですね」
「またそれ?」
「だって本当ですから!」
「……ありがとう」
凛は少し照れながら笑った。
こうして。
鬼宮鬼神。
初めての歌ってみた収録が終わった。
それでも。
普段画面越しで見ていた鬼神と。
目の前にいる凛の姿とのギャップは。
カナタにとって、かなり強烈だった。
そして。
この日の収録をきっかけに。
鬼神の「リアルで会った時のギャップ」が。
少しずつVTuber仲間の間で話題になっていくことになる。




