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祝勝会

魔王杯から数日。


 鬼宮鬼神の登録者数は――十万人を突破していた。


 そして今夜。


 魔王杯の参加者たちによる、オンライン祝勝会が開かれる。


「……よし」


 凛は自室のPCの前で、マイクの音量を確認した。


 今日は学校の友達と話すわけじゃない。


 鬼宮鬼神として、魔王杯で出会った仲間たちと話すのだ。


 カメラは使わない。


 映るのは、銀髪に黒い毛先、二本の角を持った鬼神のモデルだけ。


「これなら大丈夫」


 凛は通話に入った。


『お、鬼神来た!』


『主役きたー!』


『十万人おめでとう!!』


「こんばんは」


 入った瞬間から、大歓迎だった。


「ありがとうございます」


『いやいや、もっと喜べよ!』


 レオの声が飛んでくる。


『魔王杯優勝して十万人だぞ!?』


「いや……」


 凛は少し苦笑する。


「まだ実感がなくて」


『他人事みたいに言うなよ!』


「そう言われても……」


『鬼神さん!』


 今度はひより。


『本当におめでとうございます!』


「ありがとう、ひよりさん」


『私もすごく嬉しいです!』


「……うん」


 その声を聞いて。


 凛は少しだけ笑った。



「じゃあ改めて!」


 ひよりが元気よく言う。


「鬼神さんの魔王杯優勝と、十万人突破を祝して!」


『乾杯!』


『おめでとう!』


「乾杯」


 画面越しに、それぞれが飲み物を掲げる。


 凛もペットボトルのお茶を少し飲んだ。


「……なんか不思議だな」


『何が?』


「少し前まで四万人もいってなかったのに」


『それが今や十万人だもんな』


 ガクが笑う。


『魔王杯の影響、すごかった』


「本当に」


 SNSには鬼神の名前が溢れている。


 切り抜き動画も増えた。


 ファンアートも増えた。


 そして、配信を始めた頃には想像もしていなかったような数の人が、自分を応援してくれている。


「……ありがたいですね」


『お前、急に真面目になるじゃん』


「こういうときくらい言わせてくださいよ」


『ははは!』


 また笑い声が響いた。



「そういえば!」


 ユナが声を上げる。


『魔王杯の決勝、すごかったよね!』


『あれはマジでギリギリだった』


 レオが答える。


「……俺も負けたと思いました」


『俺も勝ったと思ってた』


「俺もです」


『じゃあ全員思ってたんじゃん!』


 ユナが笑う。


「でもレオさん、最後の撃ち合いすごかったです」


『そっちこそ』


 レオが少し笑う。


『正直、鬼神のこと舐めてたわ』


「え?」


『魔王杯前は、伸びてきた新人ってくらいに思ってた』


「……」


『でも今は違う』


 少しだけ声のトーンが変わる。


『普通に強者だと思ってる』


「……ありがとうございます」


 凛は素直に頭を下げた。


 画面越しなので誰にも見えないが。



「ところで鬼神さん」


 ひよりが言った。


「はい?」


「十万人記念とか、何かやらないんですか?」


「まだ考えてないですね」


『歌とかやれば?』


 ユナが言った。


「歌?」


『そう! 歌ってみた!』


「……」


 凛が黙る。


『あれ? 鬼神って歌わないの?』


「ほとんどやったことないです」


『え、意外』


「ゲームばっかりなので」


『絶対声かっこいいじゃん』


「そういうの分からないですよ」


 すると。


「……あの」


 カナタが口を開いた。


「鬼神さん」


「はい」


「実は前にDMした件なんですけど」


「あ」


 凛は思い出した。


 数日前に届いたメッセージ。


――歌ってみた、一緒にやりませんか?


「まだ考えてます」


「でしたら!」


 カナタの声が少し明るくなる。


「この機会にどうですか?」


『おお!』


『それいいじゃん!』


『鬼神の歌、聞きたい!』


 次々と声が飛んでくる。


「いや……」


 凛は少し困る。


「期待されると怖いんですけど」


『じゃあ期待しないから歌って』


「それ絶対期待してるでしょ」


『バレた?』


 笑い声。


 ひよりも楽しそうに笑っている。


「私は聞いてみたいです」


「ひよりさんまで……」


「だって気になります!」


「……」


 凛はしばらく考えた。


 今まで。


 ゲームしかしてこなかった。


 でも。


 魔王杯をきっかけに、いろいろな人と知り合った。


 せっかくなら。


 新しいことに挑戦してみるのも悪くない。


「……分かりました」


『お!』


「やってみます」


『きたあああ!』


『鬼神歌ってみた決定!』


『楽しみすぎる!』


「ただし」


 凛は釘を刺す。


「本当に期待しすぎないでください」


『無理』


「……」


『もう期待してる』


「聞いてないですね」


 凛は苦笑した。



 それからしばらく。


 魔王杯の裏話や今後の活動について話し、祝勝会は終わりに近づいていった。


「じゃあ、今日はこの辺で」


 暁が言う。


『楽しかったー!』


『鬼神、改めておめでとう!』


『歌ってみた待ってるぞ!』


「ありがとうございます」


 一人。


 また一人。


 通話から参加者が抜けていく。


 やがて。


 残ったのは。


 鬼神とひよりだけになった。


「……あれ」


『まだいましたね』


「みたいですね」


 少しだけ静かな時間。


「改めて」


 ひよりが言う。


『本当におめでとうございます』


「ありがとう」


『魔王杯に出る前から知ってる身としては、なんか私まで嬉しいです』


「……そうだな」


『これからもっと忙しくなりそうですね』


「うん」


『でも、頑張りましょうね』


「……そうだね」


『じゃあ、今日はお疲れ様でした!』


「お疲れ様」


 通話が切れる。


 凛はヘッドホンを外した。


「……歌か」


 少しだけ不安。


 でも。


 不思議と楽しみでもあった。



翌日――学校。


 凛はいつものように登校していた。


 教室に入ると。


「凛、おはよう」


「おはよう」


 クラスメイトと挨拶を交わす。


 そして。


 休み時間。


「ねえ、昨日の鬼神見た?」


「見た見た!」


 男子たちが話している。


「歌ってみたやるらしいぞ」


「マジ?」


「絶対聞くわ」


 凛は少しだけ視線を逸らした。


(……昨日決まったばっかりなのに、もう話題になってるのか)


 すると。


 廊下から女子たちの声が聞こえてくる。


「鬼神って歌うんだって!」


「楽しみ!」


 その中に。


「私も絶対聞きたい!」


 聞き覚えのある声があった。


 凛が廊下を見る。


 別クラスの女子たちと話している。


 白石ひよりだった。


「……」


 ひよりは楽しそうに話している。


「どんな曲になるんだろうね!」


 凛はその姿を少しだけ眺めた。


 ひよりは知らない。


 今、廊下から聞こえている「鬼神の歌を楽しみにしている」という会話のすぐそばに。


 その本人がいることを。


 そして凛も知らない。


 目の前で楽しそうに話している白石ひよりが。


 昨夜まで一緒に通話していた――星乃ひより本人だということを。


「凛?」


「……何でもない」


 凛は教室へ戻った。


 学校では。


 ただの高校生。


 ネットでは。


 十万人を超えた人気VTuber。


 その二つの世界は。


 今日も交わらない。


 ――そして。


 鬼宮鬼神、初めての歌ってみた。


 その準備が始まろうとしていた。

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