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初めての配信

土曜日。


 昼過ぎ。


「…………これ、本当に全部必要?」


 俺は自分の部屋に並べられた機材を見て、思わずそう呟いた。


 デスクの上には新しいマイク。


 その隣にはオーディオインターフェース。


 カメラ。


 ヘッドホン。


 そして、少し前まで使っていたパソコンとは比べ物にならないスペックの新しいPC。


「必要だろ」


 父さんは当たり前のように答えた。


「VTuberやるんだろ?」


「いや、やるけど……」


「だったらちゃんとした環境でやった方がいい」


「…………」


 父さんは昔からこういうところがある。


 やると決めたら、妙に本気になる。


「これ、全部父さんが買ったの?」


「ああ」


「いくらした?」


「気にするな」


「いや、気にするよ」


 母さんが横から笑う。


「お父さん、凛が新しいこと始めるって聞いてからずっと楽しそうだったのよ」


「…………」


 父さんを見る。


「別に」


「嬉しそうじゃん」


「気のせいだ」


「……ふーん」


 俺は少し笑った。


「ありがと、父さん」


「……おう」


 父さんは少しだけ照れくさそうに顔を逸らした。


---


 午後。


 俺はパソコンの前に座っていた。


 画面には配信ソフト。


 マイクも接続した。


 あとは――


「モデルか」


 俺は画面を見る。


 そこに表示されているのは、俺が考えたキャラクター。


 銀色の髪。


 毛先だけ黒。


 額から伸びる二本の角。


 鋭い目。


 黒を基調としたクールな衣装。


 ――鬼宮鬼神。


「…………」


 改めて見ると。


 かなり格好いい。


「……これ、本当に俺がやるのか?」


 少しだけ不安になる。


 学校では朝倉凛。


 クラスでは普通に女子として話している。


 それなのに。


 画面の中では、


 **鬼宮鬼神。**


 全く違う自分を演じる。


「……まあ」


 俺は椅子に背を預けた。


「どうせ顔は見えないんだ」


 元々、人と話すのは得意じゃなかった。


 だったら。


 別人になってしまえばいい。


 俺はマイクを確認する。


「……テスト」


 声が入る。


「……うん」


 もう一度。


 少し声を低くする。


「……どうも」


 画面の鬼神が動く。


「鬼宮鬼神だ」


「…………」


 悪くない。


 ちょっと恥ずかしいけど。


「……これでいこう」


---


 そして。


 夜。


 午後八時。


 配信開始予定時刻。


「…………」


 俺は椅子に座っていた。


 心臓がうるさい。


「……なんでこんな緊張してるんだよ」


 配信なんて初めてだ。


 当然、誰が来るかなんて分からない。


 そもそも誰も来ない可能性だってある。


 配信タイトルを確認する。


**【初配信】鬼宮鬼神、初めて配信します。**


「…………」


 開始ボタンにカーソルを合わせる。


「…………よし」


 クリック。


 配信が始まった。


---


 画面の中。


 鬼神が現れる。


「…………」


 一瞬、無言。


 そして。


「……どうも」


 声を出す。


「鬼宮鬼神です」


 コメント欄。


 ――静か。


「…………」


 俺は画面を見る。


 視聴者数。


**1**


「…………」


 一人。


「……来てる」


 思わず小さく笑ってしまった。


「……ありがとな」


 コメントが流れる。


**『初見です』**


「お、初見か」


 俺は少しだけ姿勢を正した。


「よく来たな」


 少し低めの声。


 そして、ちょっと荒っぽく。


「まあ、ゆっくりしてけ」


 コメント。


**『声かっこいい』**


「…………」


 少し嬉しい。


 でも、素直に喜ぶのは恥ずかしい。


「……そうか?」


 コメント。


**『女の子?』**


「…………」


 止まる。


「……まあ」


 一瞬考えて。


「鬼だ」


**『草』**


**『鬼なのかよ』**


**『設定強い』**


「俺は鬼宮鬼神だぞ」


 少しだけ笑う。


「鬼に性別聞くな」


**『かわいい』**


「…………」


 俺は固まった。


「……可愛くねぇよ」


**『かわいい』**


「だから!」


 思わず声が大きくなる。


「可愛くねぇって!」


**『反応がかわいい』**


「…………」


 顔が熱くなる。


「……うるせぇ」


 小さく呟く。


**『照れてる?』**


「照れてねぇ!」


**『かわいい』**


「…………」


 俺は少しだけ顔を逸らした。


 その瞬間。


 視聴者数が――


**3**


「…………」


 いつの間にか三人になっていた。


「……増えてる」


 なんだか。


 少しだけ嬉しかった。


---


 その後はゲームをした。


 上手くいくこともあれば、普通に失敗することもある。


「いや今のは無理だろ!」


 ゲームオーバー。


「ふざけんなよ!」


**『口悪くて草』**


「うるせぇ!」


**『でもかわいい』**


「それ禁止!」


 気づけば。


 俺は普通に笑っていた。


 学校では、こんなに大声で笑うことなんてほとんどない。


 でも。


 ここでは違った。


 誰も俺の過去を知らない。


 誰も俺が元々男子だったことを知らない。


 ここにいるのは――


 鬼宮鬼神だけ。


---


 そして。


 約二時間。


「……そろそろ終わるか」


 時計を見る。


 午後十時。


 最初は三人だった視聴者も、途中で入れ替わりながら最大で十人ほどになっていた。


 配信者として見れば、決して大きな数字じゃない。


 でも。


 俺にとっては十分だった。


「今日は来てくれてありがとな」


 コメント欄。


**『おつかれ』**


**『楽しかった』**


**『また来る』**


「……そうか」


 自然と笑みがこぼれる。


「じゃあ――」


 少しだけ声を低くする。


「またな」


 配信終了。


 画面が暗くなる。


「…………」


 静かな部屋。


 俺は椅子に座ったまま、しばらく動かなかった。


「……終わった」


 緊張が一気に抜ける。


 そして。


「……楽しかったな」


 自分でも驚くくらい、素直な言葉が出た。


 画面を見る。


 配信結果。


**最大同時視聴者数:10人**


**チャンネル登録者:7人**


「…………7人」


 たった七人。


 だけど。


 俺を見つけてくれた七人だ。


「……悪くないな」


 俺は椅子から立ち上がった。


 そして。


 小さく笑う。


「来週も……やるか」

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