誰だよ…これ。
目が覚めた。
それが、人生で一番意味の分からない朝だった。
「…………」
天井。
見慣れた自分の部屋。
机の上には昨日のまま放置したゲーム機。
床には脱ぎっぱなしのジャージ。
時計を見る。
午前八時十二分。
「……寝すぎたか」
そう呟いた瞬間だった。
違和感に気づいた。
「…………あれ?」
声がおかしい。
いや。
おかしいなんてレベルじゃない。
明らかに――女の声だった。
「…………え?」
ベッドから飛び起きる。
喉に手を当てる。
もう一度声を出す。
「……え、なにこれ」
やっぱり女の声。
しかも、妙に綺麗な声だった。
「……は?」
混乱したまま、部屋の姿見へ向かう。
一歩。
二歩。
そして鏡を見る。
「…………」
知らない女の子が立っていた。
黒に近いダークブラウンの髪。
肩より少し下まで伸びた、綺麗なストレート。
白い肌。
整った顔。
切れ長の目。
そして――明らかに自分とは違う身体。
「…………誰だよ、これ」
鏡の中の少女も同じように口を動かした。
「…………」
「…………」
「…………俺?」
少女も「俺」と言った。
当たり前だ。
鏡に映っているのは自分なのだから。
「いやいやいやいや」
頭を抱える。
「待て。待て待て待て」
昨日まで俺は普通の男子高校生だった。
特別イケメンでもない。
運動ができるわけでもない。
勉強ができるわけでもない。
友達も少ない。
いわゆる――
**冴えない男子高校生。**
それが俺だった。
なのに。
「なんで……」
鏡の中の少女を見る。
「……女になってんだよ」
当然、答えてくれる人はいない。
しばらく固まったあと、俺はスマホを手に取った。
ニュース。
SNS。
検索。
何か世界規模の事件でも起きたのかと思った。
しかし――
何もない。
世界は普通に回っている。
天気予報も普通。
ニュースも普通。
SNSも普通。
「…………」
つまり。
おかしいのは――
俺だけ。
「……マジかよ」
その時。
コンコン。
部屋のドアがノックされた。
「凛ー? 起きてる?」
「…………」
母親の声。
俺は固まった。
……凛?
誰だ、それ。
「凛?」
「……ちょっと待って」
慌ててドアを開ける。
そこには母親が立っていた。
「あ、おはよう」
「…………」
「どうしたの?」
「…………母さん」
「うん?」
「俺……」
母親は俺の顔を見て、少しだけ首を傾げた。
「どうしたの?」
「…………俺って、凛?」
「何言ってるの?」
母親は当たり前のように言った。
「あなたは朝倉凛でしょ?」
「…………」
頭が真っ白になった。
母親が俺の――いや、今の俺の頭を撫でる。
「まだ寝ぼけてるの?」
「…………」
どうやら。
世界から見れば、俺は最初からこの姿だったらしい。
朝倉凛。
女子。
高校入学を数週間後に控えた少女。
俺の記憶だけが――
**元々男子だった頃のまま。**
---
その日の朝。
俺は両親に全てを話した。
自分が覚えている限り、昨日まで男子だったこと。
今朝目覚めたら突然この姿になっていたこと。
そして、自分でも何が起きたのか全く分からないこと。
当然、信じてもらえないと思った。
だが。
「そうか……」
父さんは意外なほど落ち着いていた。
「…………信じるの?」
「信じるも何も、実際に凛がそういっているからな」
「いや、そうだけど……」
母さんも俺の顔をじっと見ている。
「凛」
「ん?」
「大丈夫?」
「…………たぶん」
正直、大丈夫なわけがない。
だけど。
数時間経って、少しだけ冷静になってきた。
戻る方法も分からない。
原因も分からない。
なら――
「……仕方ないか」
「仕方ない?」
「うん」
俺は鏡を見る。
そこには、昨日までの俺とはまるで違う少女がいる。
「この姿で生きていくしかないんだろ」
母さんは少し寂しそうに笑った。
「そうね」
「……学校もあるし」
「高校、楽しみ?」
「……まあ」
俺は少しだけ笑った。
「せっかくだし、前より楽しい生活にしてみる」
それが――
俺の新しい人生の始まりだった。
---
そして数週間後。
高校の入学式。
「…………」
校門の前に立つ。
制服。
黒髪。
少しだけ緊張した顔。
周囲には同じような新入生がたくさんいる。
俺は小さく息を吐いた。
「よし」
前の俺は、人付き合いが苦手だった。
自分から話しかけることも少なかった。
でも今度は違う。
せっかく人生が変わったんだ。
高校では――
「ちゃんと友達作るぞ」
拳を握る。
そして教室に入った。
「おはよう!」
近くにいた女子に声をかける。
「あ、お、おはよう!」
笑顔。
完璧。
……のはずだった。
女子が少しだけ固まっている。
「……?」
「朝倉さんって……」
「ん?」
「なんか……綺麗だね」
「え?」
「モデルみたい」
「あ、ありがとう」
俺は笑った。
……よし。
ちゃんと愛想よくできた。
そう思った。
しかし。
女子たちが小声で話している。
「朝倉さんってクール系だよね」
「分かる」
「なんか大人っぽい……」
「…………」
俺は聞こえていなかった。
自分ではめちゃくちゃ愛想よくしているつもりだった。
なのに。
周囲から見た俺は――
**少しクールな美少女。**
その日のうちに、俺は男女問わず何人かから話しかけられた。
「朝倉さんって彼氏いる?」
「いないよ」
「好きな人は?」
「いない」
「じゃあ……」
「?」
男子が妙に顔を赤くしている。
「いや、なんでもない」
「……?」
そして女子からも。
「朝倉さんってさ、なんかかっこいいよね」
「そう?」
「うん。笑うと可愛いけど、普段はかっこいい」
「…………」
俺は少し照れながら笑った。
「ありがとう」
その瞬間。
女子が顔を真っ赤にした。
「…………」
「…………?」
俺には理由が分からなかった。
ただ。
高校生活は――
思っていたより悪くなさそうだった。
---
そして。
高校生活にも少し慣れてきた頃。
家に帰った俺は、リビングで母さんと父さんと夕食を食べていた。
「凛、最近どう?」
「普通」
「友達は?」
「何人かできた」
「良かったじゃない」
「うん」
母さんが嬉しそうに笑う。
俺も笑った。
「学校は結構楽しいよ」
「それならよかった」
しばらくして。
母さんがスマホを見ながら言った。
「あ、そうだ」
「ん?」
「凛って、ゲーム好きだったわよね?」
「まあ」
「最近、VTuberって流行ってるじゃない?」
「……VTuber?」
「そう。動画とか配信とかする人」
「知ってるけど」
母さんがスマホの画面を見せてくる。
「これ、やってみたら?」
「…………俺が?」
「顔を出さなくてもできるらしいわよ」
「…………」
確かに。
ゲームは好きだ。
人と話すのは昔から苦手だった。
でも、画面越しなら――
「…………ちょっと面白そう」
俺は呟いた。
母さんが笑う。
「でしょ?」
父さんも頷いた。
「新しいことを始めるのも悪くないんじゃないか」
「…………」
俺はスマホの画面を見る。
そこには、たくさんの配信者たちが映っていた。
自分とは別世界の人間。
でも。
少しだけ――
興味が湧いた。
「……やってみるか」
その夜。
俺はパソコンの前に座った。
そして。
新しい名前を考え始めた。
「普通の名前じゃつまらないよな……」
しばらく考える。
そして。
一つの名前が頭に浮かんだ。
「……鬼宮」
そこからさらに。
「鬼神……」
キーボードを打つ。
画面に表示された名前。
**鬼宮鬼神**(おにみやきしん)
「…………」
悪くない。
むしろ。
妙にしっくりくる。
「よし」
俺は小さく笑った。
「今日から――」
画面の中で、新しい自分を作る。
「俺は、鬼宮鬼神だ」
こうして。
元・冴えない男子高校生だった俺の、
**二つ目の人生。**
そして――
**鬼宮鬼神というVTuberの物語が始まった。**
完全なる趣味ですのでっ!!
もちろん読んで面白いと思って頂けたら幸いです




