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第3話 使い魔トッサカン

薄く漂う青白い霧が揺らめく異空間。その中央に立つ少年は、にこやかに手を振った。


黒髪に赤い縁取りが鮮やかに映え、真紅の瞳はどこか無邪気さを含んでいる。緑と金の衣装が霧に反射して揺らめき、布の端は生き物のように微かに動いていた。荘厳な柱に刻まれた模様が霧と溶け合い、虹色の光が足元のタイルを照らしている。遠くからかすかな鐘の音が響き、幻想的な空気を漂わせていた。


「いやぁ、危なかったね。もう少し遅かったら、三人そろってこんがり焼き上がってたところだったよ」


少年は軽い口調で笑い、両手を広げてみせた。遊び心を含んだ声は、危機を笑い飛ばすかのようだった。


その姿に、ルークは反射的に剣を構える。銀髪が湿った霧に貼りつき、眼帯の下で右眼が鋭く光った。


「……何者だ、君は? それに、此処は一体」


低い声に、緊張が滲む。だが少年はむくれたように頬を膨らませ、両手を広げた。


「ちょっと、そんなに警戒しなくてもいいじゃない。僕は君たちを助けたんだよ? 感謝されこそすれ、斬られる筋合いはないと思うなぁ」


軽やかに一歩踏み出すと、タイルが波紋のように広がり、周囲の空間が形を変えていく。柱が立ち現れ、霧が渦を巻き、虹色の光が眩く反射した。


「助けた……の?」


ミツキが剣を握ったまま問い返す。額に汗が滲み、ツバキの髪飾りが傾いていた。ワイバーン戦の疲労に生命の権能の重みがのしかかり、剣を握る手には小さな震えがある。


少年はコクリと頷き、にっこりと笑った。


「うん。外の炎に焼かれる前に、この空間に引っ張り込んであげたってわけ。僕の名前はトッサカン。ちょっとした“空間いじり”が得意な使い魔さ」


「使い魔……!」


エリシェヴァが小声で呟き、身を引く。緑の瞳が驚きに揺れ、握りしめた手がわずかに震えた。


「使い魔? 普通の悪魔とは違うの?」


ミツキが尋ねると、エリシェヴァは深呼吸し、慎重に答えた。


「魔界の魔王直属の上級悪魔のことよ。普通の悪魔よりずっと強力な魔力を持っているわ。でも……この子が何を考えているのか分からないのが不安ね」


「魔王直属って……じゃ、じゃあ、まさかイブリースの……」


ミツキは警戒を強め、剣を構える。だがトッサカンは肩をすくめ、悪戯っぽく笑った。


「安心して。僕はイブリースの使い魔じゃないよ。人間を焼きたいわけじゃないし、君たちを襲う気もない。むしろ、この街じゃ避難してきた人々を守るのに必死なんだ」


「避難者……?」


ミツキの目が、大きく見開かれる。霧の奥から微かな人声が聞こえ、希望と疑念が胸を揺らした。


「そう。外の温度はもう人間が耐えられるようなものじゃなくなってる。このままじゃみんな焼け死んじゃうからね。でも、僕の空間の中なら外からの干渉は一切届かない。だから皆んなここに隠れてるんだ」


トッサカンは軽やかに振り返り、奥を指さした。淡い光が差し込み、確かに人の気配がある。


ルークは剣を下ろさぬまま、目を細めた。


「……妙な話だ。使い魔がこんな形で人間を守るという話は聞いたことがない。君の動機が読めないな」


「失礼な!」


トッサカンは頬を膨らませ、くるりと回る。


「依頼で来ただけなのに、こんな騒ぎに巻き込まれるなんて思ってなかったんだ。仕方なく守ってるだけさ」


軽口を叩きながらも、無邪気な笑顔の奥に隠れた影を、ミツキは一瞬だけ見てしまった。


「ほら、ついてきてよ!」


トッサカンの小さな背を追い、三人は霧の回廊を進んだ。虹色の光に照らされたタイルが輝き、空間は瓦礫の街とは正反対に、どこか温もりを帯びている。


やがて、広間に辿り着いた。淡い緑の光に照らされた壁、床に浮かぶ古代文字の文様。その中央に、千人は超えるであろう避難民が肩を寄せ合っていた。老人は膝を抱え、子供は母親の腕にしがみつき、傷ついた者は互いに支え合っている。嗚咽と祈りが交錯し、汗と土の匂いが空気を満たしていた。


「……こんなに……」


エリシェヴァが、息を呑む。思わず治癒の光を生み出しかけたが、すぐに力を抑え込んだ。


「ベルゼブブ様……どうか、この子たちを見守って」


小さく祈る声が、霧に溶けていく。


「外に出れば、一瞬で焼かれる。だから、みんなここにいるんだ。君たちもあの魔王が何処かへ行くまでここから出ない方がいいよ」


トッサカンが、肩をすくめる。


その時だった。群衆の中から、小柄な少女が一歩前に出てきた。煤けた布をまとい、髪は灰に汚れている。だが瞳だけは強い意志を宿し、震える膝を押さえながら立っていた。


「……あなたたち、外から来たんでしょ」


ミツキは剣を少し下げ、頷いた。


「そうだよ。街の様子を調べに来たの。君は……?」


少女は深呼吸し、名を名乗った。


「ライラ。……ただの奴隷だった。でも、ここに来てから……いろんなものを見た」


その声は怯えと強さを併せ持ち、瞳は真っ直ぐ三人を射抜いている。


「……あなたたち、普通の旅人じゃないよね。剣も魔法も、他の人とは全然違う。だから――お願い。私の話を聞いて」


広間が静まり返る中、ミツキは剣を収め、ライラに視線を合わせた。


「……分かった。聞かせて。この街で何があったのか」


ライラは小さく息を吸い込み、震える唇を開いた。


「……イブリースの魔女は、私の親友――アーリヤなの」


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