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第2話 廃墟の探索

砂漠の熱風は、街の奥へ進むにつれ、異様な重さを帯びていった。ただ暑いだけではない。空気が、まるで焦げ付いた何かを抱え込んでいるようだった。


瓦礫の間を縫うように歩きながら、ミツキは額に滲む汗を拭う。生命の権能はまだルークとエリシェヴァを支えていたが、その代償が確実に頭の奥を圧迫していた。


「……この街はおかしい」


低く呟くと、ルークが頷いた。


「自然災害や魔物の襲撃だけじゃ説明がつかない。破壊の向きも、焦げ跡の残り方も、意図的すぎる」


その言葉を裏付けるように、路地の先に半壊した建物が現れた。かつては交易商の事務所だったのだろう。焼け落ちた木製棚、崩れた天井、壁に残る幾何学模様――だが、その奥に、不自然に“守られた”空間があった。


ミツキが瓦礫をどけると、倒れた机の陰から紙束が現れる。煤にまみれ、角は焦げていたが、文字はまだ読めた。


「取引記録?」


視線を落とした瞬間、ミツキの喉が詰まる。


「男性、二十五歳、銀貨四百」


「女性、十六歳、銀貨六百」


――人の値段だった。


「奴隷帳簿ね」


エリシェヴァの声が震えた。指先が紙を握りしめ、今にも破れそうになる。

ルークは帳簿を受け取り、素早く目を走らせた。


「金額、年齢、人数……かなり組織的だ。それに、この記号……」


紙面の端に刻まれた紋様を指でなぞり、彼女は顔を上げる。


「この街の有力貴族が使っていた家紋だ。つまり、裏で奴隷売買を主導していたのは――」


「貴族、ってこと?」


ミツキの問いに、ルークは無言で頷いた。


重苦しい沈黙が落ちる。この街は、ただ焼かれたのではない。腐っていたのだ。


その時だった。街の中心部から、地鳴りのような低い振動が伝わってくる。


「……っ!」


三人は顔を上げ、急ぎ足で開けた広場へ向かった。そこで目にした光景に、言葉を失う。


無数のクレーター。砂岩の地面は抉れ、縁は黒くガラス状に溶けていた。熱と衝撃が、一点に集中して叩きつけられた痕跡だった。


「これ、ただ事じゃないわ」


エリシェヴァが息を呑む。


ルークは膝をつき、焦げ跡に触れた。


「魔物の仕業だけじゃない。上級悪魔いや、魔王級の力が使われている」


その言葉に、ミツキの心臓が強く跳ねる。


「……イブリース」


思わず口をついて出た名に、ルークがゆっくりと頷いた。


「可能性は高い。これほどの破壊、そして人の怨嗟……契約の代価としては十分すぎる」


クレーターの奥、崩れかけた建物の外壁に、かろうじて残った紋章が見えた。鷹を模した意匠。風化した文字。


「ザビール家」


ミツキが呟く。


ルークは帳簿と紋章を見比べ、確信を込めて言った。


「奴隷売買を行っていた貴族。そして、その果てに“何か”を呼び出した。この街が焼き尽くされた理由は、そこにある」


エリシェヴァは唇を噛みしめ、拳を握った。


「生き残りがいるなら、真実を知っているはずよ」


三人の視線が、自然と同じ方向を向く。


街の中心。砂漠の中に聳え立つ、巨大な宮殿。かつての権力と富の象徴は、今や赤黒い炎の残滓に包まれていた。


「答えは……あそこだね」


ミツキはそう言い、頭を襲う重さに耐えながら、一歩踏み出した。


宮殿へと続く大通りは、もはや街路としての機能を失っていた。砕けた石畳、引きずられた血の跡、黒く煤けた建物の残骸――かつて人々が行き交い、交易と祈りが交錯した場所は、今や死の記録だけを刻み込んでいる。


ミツキは剣を構え、瓦礫の陰から現れる魔物を次々と斬り伏せていた。一体一体は脅威ではない。だが数が多い。生命の権能によってルークとエリシェヴァを守り続けている代償が、確実に彼女の精神を削っていた。


(……重い)


頭の奥に、鈍い圧迫感が広がっている。息を吸うたび、思考がわずかに遅れる感覚があった。


「……生き残りはいない」


ミツキがそう呟くと、ルークが周囲を見回しながら短く息を吐いた。


「少なくとも、この辺りには。ここまで徹底的に潰されているのは不自然だ。魔物の暴走というより、見せしめに近いな」


エリシェヴァは草木魔法を展開し、路地の奥を探るが、反応はない。その緑の瞳には、拭いきれない不安が宿っていた。


その時だった。ミツキは、はっきりと“違和感”を覚えた。


――暑い。


今までとは質が違う。生命の権能で耐えているはずの熱が、皮膚の表面ではなく、内側から灼いてくる。


「……待って」


思わず足を止めると、ルークとエリシェヴァが振り返った。


「上……来る」


その瞬間――


――ギャアアアアァァッ!!


空を引き裂く咆哮が、街に轟いた。赤黒い影が上空から急降下し、瓦礫を吹き飛ばしながら地面に叩きつけられる。衝撃波が石畳を砕き、砂塵が舞い上がった。


巨大な翼、赤く燃えるような眼、金属のように硬質な鱗。


その姿を見た瞬間、ルークの顔色が変わる。


「……ワイバーンだ。それも――ヴァルハラを襲った個体と同型!」


「そんな……どうして、ここに……!?」


問いを投げる暇はなかった。ワイバーンは大きく息を吸い込み、次の瞬間、灼熱の炎を吐き出す。


爆風が街路を薙ぎ払い、瓦礫が宙を舞った。ミツキは反射的に跳び退き、熱波を紙一重でかわす。


(直撃したら、ヤバい!)


一瞬、死の想像が脳裏をよぎった。生命の権能があっても、無事で済む保証はない。


「散開! 正面から受けるな!」


ルークの叫びと同時に、三人は動いた。彼女は側面へ回り込み、剣で鱗の継ぎ目を狙う。


「左翼だ! 動きが鈍い!」


エリシェヴァは即座に反応し、砂地から蔓を伸ばした。


「拘束する! 今よ!」


緑の蔓が脚に絡みつき、ワイバーンの動きが一瞬止まる。だが次の瞬間、炎に焼かれ、何本も弾け飛んだ。


「っ……!」


それでもエリシェヴァは歯を食いしばり、次々と蔓を生み出す。


「まだ……いける……!」


その隙を逃さず、ミツキが正面から踏み込んだ。


「――はあぁっ!」


破壊の権能を込めた一撃が、胸部を砕く。赤黒い光が弾け、鱗が粉砕された。


だが、ワイバーンは倒れない。


尾の一撃がミツキを弾き飛ばし、地面に叩きつけた。肺から空気が押し出され、視界が一瞬白くなる。


「ミツキ!」


エリシェヴァの治癒の光が飛び、裂けた皮膚が塞がっていく。同時にルークが首元へ深く斬り込み、ついにワイバーンは大きくよろめいた。


最後は、ミツキの一撃だった。


心臓部を貫かれ、巨体が崩れ落ちる。地面が震え、砂塵が舞い上がった。


静寂。


荒い呼吸だけが、焼けた街に響いていた。


「……終わった、のよね……?」


エリシェヴァの声は、まだ震えている。


ルークはワイバーンの鱗を拾い上げ、苦々しく呟いた。


「間違いない。ヴァルハラの災厄と“同じ系統”だ」


安堵が、ほんの一瞬だけ三人を包んだ。


――だが、それは錯覚だった。


次の瞬間、空気そのものが燃え上がった。


街の中心から、紅蓮の竜巻が立ち上る。砂は熔け、瓦礫はガラス状に変形し、世界が歪んでいく。


「魔法が、効かない!?」


ルークの衝撃波は、炎に触れた瞬間、掻き消えた。


「私の治癒も……草木も……!」


エリシェヴァの魔法も、炎に呑まれて消える。


ミツキは歯を食いしばった。生命の権能は限界に近く、頭が割れるように痛む。


「……この炎、次元が違う……!」


制限解除が、脳裏をよぎった。だが今使えば、戻れない。


「ミツキ、無理をするな!」


ルークが前に出るが、炎の壁は容赦なく迫ってくる。


その時――


轟音と共に、世界が裏返った。


炎が遠ざかり、視界が歪む。三人の身体は、まるで“引き抜かれる”ように宙へ放り出された。


気づけばそこは、現実ではない場所だった。


青白い霧、虹色の空、色鮮やかなタイル。神殿を思わせる、静謐で異質な空間。


「……ここは……?」


エリシェヴァが呟いた、その前に。


一人の少年が立っていた。黒髪に赤の縁取り、赤い瞳。緑と金の衣装を纏い、楽しげに笑っている。


「いやぁ、ほんとギリギリだったね」


軽い口調で、彼は言った。

 

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