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百瀬ヒカリは正義を謳う  作者: けものさん
第三章『教室にて、悪意が歪む』
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第十二話『やるべきこと』

 流石に、後は帰るだけという放課後の時間をイジメ活動に当てるほど、誰も彼も暇ではない。

 家に帰って休む時間は少なくとも、学校には毎日のように通うのだ。スキマ時間にイジメなんて、どうかしているようにも思うが、実際の所イジメなんてことはそんなものだ。


 それでも、イジメの対応を考える俺たちは暇ではない。

 互いに目配せしながら、周りを見渡し続ける。


 世利華は早々に教室から出て、中田もその彼氏と一緒に教室から出ていく。


 俺は一瞬、難しい顔をしている山岸と目が合ったけれど、今は面倒な話を混ぜたくないので気づかないフリをしておいた。


 しかし、彼もどうやらクラスの雰囲気を伺っている。


 丁度、中田が教室から出ていったタイミングで彼は帰り支度をしている沢里さんに話しかけていた。

「沢里くん、先程は大変だったな!」

 彼は声が大きいので、少数になったクラスメイトにはしっかりその内容が聞こえていただろう。

 気まずそうな沢里さんの顔が見える。


 ただ、どうせならと思い俺もまたその会話に耳をそばだてた。

「いえ……言われていたことに間違いはないので……」

 会話もまばらなクラスの中では沢里さんのおどおどとした声も聞こえてくる。静かに流れる長い黒髪の下で、小さく口が動いているのだろう。


 完全に萎縮している雰囲気は、俺でも察知出来た。

 それも仕方がない話だろう。彼女から見れば、相手がアド持ち――しかも思考系という時点で、既に恐怖の対象になっていても決しておかしくない。


 実際、世利華にだって庇われたように見えただけで、酷い言い方をされていたのは事実だ。

 そうして、話しかけてきたのは中田とも世利華とも同じ、思考系アドを持つ山岸とあれば、アドという

ものの本質を身に持って経験していない彼女が警戒するのも当然だろう。


「いいや、彼女たちは決して正しくはない。正しくはないのだが、君にも抗う意思というのがだな、もしかしすると必要ではないかと思ってだな! ただ、それも難しいだろう? だから、何かあれば是非頼ってくれたまえ!」

 そもそも、沢里さんが抗う必要ももう薄れているような気はしたが、それにしたってそう簡単に頼れるわけもなかろうに。ただ、山岸の立場を考えるとそのくらいの事をいうのが関の山だというのは分かる。

 実際、俺たちも同じことしか言えないだろうとも。

「はい……ありがとうございます……」

 沢里さんはそう言って、そそくさと教室を出ていった。山岸が困ったようにその後ろ姿を眺めていたが、俺は振り向きかけた山岸から顔を逸らして、こちらを見ていたヒカリに向かって、肩をすくめた。


――少なくとも、どうあれ沢里さんは心を閉ざしている。


 山岸は山岸なりに、彼の方法論があるだろう。


 しかし、イジメ外部の人間という意味で、俺たちが何かしらの方法を練ったところで、おそらく沢里さんへのアプローチで解決策を得られるかといえば、難しそうだという事は分かった。


 とりあえず、俺達はイジメの当事者たちが全員いなくなったことを確認してから教室を出て、屋上に向かう。

「おー、放課後って人いないんだねぇ」

「昼飯時は中庭が狙い目だけれど、放課後はやっぱりこっちだったな」

 流石にわざわざ放課後に屋上まで来るような生徒はカップルだとしてもいないだろうという事で、俺たち三人は、閑散とした屋上で、互いの顔を見合わせる。流石に山岸を誘うことは誰も言い出さなかった。

 

 俺たちは俺たち、アイツはアイツだ。

 アプローチの温度が違う、はず。


「なんていうかさ、葦名くんって学校のこと詳しいよね。意外と学校好きだったり?」

「まさか、嫌いだからよく知ってんだよ。学校のことも、誰もいなくて楽な所だけ知ってるだけだよ」

 水引さんが苦笑しつつ、ヒカリはなんとも言えない顔で笑う。気持ちは分かるが、事実なのだからしょうがない。

「……寂しくない? 今度から一緒にご飯食べる?」

「お前と食べてたら飯が進まねえよ……そもそも昼くらいはお前の元気な友達たちと離れてゆっくりさせてくれ……お陰で世利華と面倒事があったから、何とも言えないけれどもさ」

「あー……キーちゃんとマルぴょん?」

「誰だよ」

 おそらくギャル子さんとおっとりさんのことなんだろうけれど、当たり前のように言われても情報は更新されていかない。

「あぁ、んと。木梨ちゃん、元気な方ね? あと丸山ちゃん、ほんわかしてる方」

 ギャル子さんとおっとりさんの本名を知りに屋上に来たわけではないのだが、実際に名前を呼ぶことがあった時にギャル子さんとは呼べないと思い、心の片隅にその名前を記憶する。本当に片隅でいいと思いながら。

「名前を間違えてたな。あの人らはギャル子さんとおっとりさんじゃなかったのか」

「うーん、葦名くんもそれなりにひどいと思うんだよなぁ……」


 ヒカリの不満げな表情は置いておくとして、今回は水引さんに頼まれたにせよ、俺が自ら選んだ事だ。

 筋くらいはちゃんと通すのが義理ってもの、でなければわざわざ屋上に集まってこそこそ話をする必要もない。

「しかしまぁ、何処に来たとしても考えがまとまるわけじゃないんだよな……」

「だけれど……気分転換くらいには、なるかもですよ?」

 水引さんは気持ちよさそうに空を見上げている。昼時の雨で湿ったベンチも、既に乾く程度の陽が差していた。


 実際、水引さんはクラスの中にいる時よりは顔色が良く見えた。

 それは陽が当たっているからなのかもしれないし、察知する程の感情がここにはないからなのかもしれない。綺麗に結った髪が、風になびきながら、陽に照らされて少し茶色みがかかって見えて、小柄なことも相まって、少し幼く見える。

「んー、とりあえず。葦名くんの事を稲穂ちゃんに説明するのは良いのかな?」

 そんな感傷を壊すように、ヒカリが妙な表情でこちらに伺いを立ててきた。

 確かに、俺のアドの事は水引さんに教えていない。あまり言いたいことではないからこそ、一瞬迷ってはしまったけれど、それ以上に俺に確認を取るヒカリに、ほんの少しだけ好感をもって、頷く。

「あー……まぁ何に使えるようなことでもないけれど、こうなった以上は共有しても構わないか……」

「ん! 私ほどじゃなくても、動ける人がいるのは大事だしね!」

 そう言って、ウズウズした様子のヒカリが、水引さんに俺のアドの事や、今日の通学路で起きた一部始終を説明する。

「――というわけで、私と葦名くんは、そんなことがあったのでした! なので葦名くんは運動系のギフトを持ってます。内緒だよ?」

「うーん……色んなことがあって大変だったね、葦名くん……。ただギフトのことはなんていうか、知っていたというか……」

 それを聞いて、俺は水引さんの察知能力を侮っていたのだと思った。


 俺は運動系アドの特徴を見せた事はない。

 だけれど彼女が知っていたというからには、おそらく何かしらのタイミングで、俺が彼女にだけ分かるボロを出してたという事なのだろう。

「……ちなみに、いつから?」

「あ、でもそうなのかなー? って思っていたくらいだよ。葦名くんって、ギフトのお話が聞こえると少し嫌そうな雰囲気が出ていたし、特に運動系の話が聞こえた時にそれが強くなっていたから。ギフトが嫌いなのか、それか何か理由があって自分のギフトが嫌いなのかな? って……あ! 踏み込んだお話だったごめんね?」

 俺は首を横に振って、ぎこちないとは思いつつも笑顔を作る。


 世利華といい、水引さんといい、簡単に俺の秘密を見抜かれると、自分がアドを隠し続けていたという努力が泡になったようで少しだけ虚しくなる。

 しかしおそらく、それは俺の努力不足というよりも、二人のアドによる能力が秀でていると考えた方が良いのだろうと思った。


 察知系のアドは、父が持っているよく知ってはいるが、傾向としては狭く深くか、広く浅くかに分かれている印象がある。

 父の場合は狭く深く、とはいえ、父は母の機嫌ばかり伺っているから、本当の所は良くわからない。


 しかし、水引さんの場合は、むしろ狭く深くどころか、広く深くというべきだろう。これは見ていても何となく分かる。

 常にクラス中に察知するためのアンテナが張っている、というよりも張ってしまっているように思えてしまった。


「んー……しっかし、集まってはみたけどさ。葦名くんの言う通り、何をどうするかはこれからの動き次第な感じがあるよねぇ……私そういうの苦手なんだよなぁ……」

 ヒカリが小さくぼやく。確かに衝動で動きやすい彼女からすると、様子見がまどろっこしく感じるのは当然だろう。しかし今回は内容が内容なだけに、慎重に動かなければ逆に状況を悪化させかねない。


「ま、言ってても仕方ないよねー。とりあえず、私たちのグループチャットでも作ろっかー」

 ただ、ヒカリのこういう、率先して何か状況をまとめてくれようとするのはありがたい所だ。

 だからこそ、ギャル子さん――ではなく木梨さんたちもヒカリを中心に回っているのだろう。

 

 なんだかんだ、ヒカリが普通に良い奴である事に間違いはないのだ。


「私とヒカリちゃんはもう交換しているし、じゃあ葦名く……ッ?!」


 水引さんが言いながらこちらに自分自身のスマホを出した瞬間、グラウンドの方からカキンッという小気味良い音が鳴る。

 その音に反応して、彼女が大きく身を引くと同時に、スマホが手からこぼれ落ちた。


――だがそれは、決して彼女が音に驚いたわけではない。


 即座に、屋上に飛び込んでくる野球ボールらしき物体。


 それは、水引さんに当たる為に撃ち込まれたかのような軌道を描き、彼女に当たる寸前の所で、ヒカリの手のひらに収まった。

「っと、危ないなぁもう」


 彼女はそのフェンス近くまで歩いていき、おそらくかなり強い力で地面へと投げ返していた。流石に、人がいない所を狙っていたと願いたい。

「本当に同感だ。フェンスくらいつけられないもんかね」


 俺は、ヒカリが野球ボールを掴んでいたタイミングで、地面に落ちかけていた水引さんのスマートフォンをキャッチしていた。


 これは、ある種の信頼のようなもの、なのかもしれない。


 水引さんが身を引いた時点で、俺もヒカリも空を同時に警戒した。


 そうして野球ボールが見えた時点で、俺は、そのボールを俺がキャッチする精度と、ヒカリがキャッチする精度を考えて、俺は自分の精度よりもヒカリを信用して、取りやすいスマートフォンを取りに行ったというわけだ。


「流石に、こういうのはお前に任せるに限るな?」

「まぁ、鍛えてますから!」

 自身ありげに言ってから、グラウンドの方に軽く文句を言いながら、フェンス際で校庭を見下ろしているヒカリに一声かけて、俺はスマートフォンを水引さんに渡す。

「あ、ありがとうございます……」

「いや、それならヒカリに言ってくれ。なんだかんだ、アイツはいつも頑張ってるみたいだしな」

 俺はヒカリに聞こえないように、水引さんへと呟く。

 実際の所、ヒカリのアドについては、今回のようなことについては圧倒的に有利で、有難いと思われることも多いはずだ。

 ただ、その出番が見つけづらいだけで、実際に使うとなると思考より察知より、何よりも実際の危険を回避出来る力ではある。


 ヒカリ自体は今の出来事を何とも思っていないような素振りでこちらに戻ってきたが、実際にやっていたことは、そう簡単なことじゃない。

 屋上に上がってくるまで軌道すら見えなかったホームランボールを、即座に素手でキャッチする芸当。


 それを当たり前にこなしてみせるのが彼女なのだ。

 そうして、彼女はその力に、冗談以外で胸を張るつもりもなさそうに見える。

 その点に於いて、俺は彼女の事を信頼しはじめていた。

「しっかし、あっぶないなぁもう!」

 野球部の連中に文句を叫んでからも、少しプリプリしながらヒカリは俺達の元に戻ってくる。それを見た水引さんが心底嬉しそうな顔をしているのが印象的だった。

「ありがとね、二人とも」

「なーんにも? 気づいてくれたのは稲穂ちゃんだしね。友達だから当たり前だよ、ね? 葦名くん?」

 この流れで俺に話を振られるとは思っておらず、友達の定義を一瞬考えるが、水引さんの手前それを思案しているような表情を出してしまうのも、彼女のノイズになってしまうと思い、俺は表情を隠そうとして、即座に頷いた。


「あぁ……っと、友達で、いいのか? 俺はヒカリみたいに人類はみんな友達だなんていうほど、楽に生きれちゃいないが」

「ん、ヒカリちゃんが皆と仲良しなのは良しことだとして、葦名くんも勿論良ければお友達として扱ってくれたら嬉しいかな。私も、普段気を遣わずにいられるのはヒカリちゃんくらいだし、葦名くんさえ良ければ……それに稲穂で良いよ。やっぱり……葦名くんは皆のこと名前で呼ぶから、ちょっと壁を感じちゃうしね?」

「稲穂、か。分かった、それなら俺もありがたい。これからもよろしく頼む」

 俺は稲穂と改めてスマートフォンを向け合って、連絡先を交換する。

「葦名くんさぁ……なーんか稲穂ちゃんに甘くない? いや甘いのはいいけど! 私に冷たくないかなあ? 気のせい? 気のせいだよね?」

「うんうん、気のせい気のせい。お前の温度が高いだけだぞ」

 やり取りを聞きながら、稲穂が小さく笑う。


――なんだかんだ、こういうのも悪くない。


 しかし、結局屋上に集まったのは良いとしても、具体案は浮かばず、俺達はなんとなしにお互いのことを知りつつ、連絡先を交換するだけに留まった。

 なにせ、やはりイジメ自体が動かねばどうしようもないのだ。

 沢里さんに取り付く島があればまた別なのだけれど、どうにも山岸を見ているあたり、そのアプローチは彼に任せた方が良いように感じる。


 結局、イジメかイジメじゃないかなんてのは、当人が決める話で、世利華からSOSが出ているわけでもない。あくまで強制的に介入するのは、最終手段のように思える。

 こういう日和見は、外部の人間としては仕方のないことでもあった。


「とりあえず今日は解散にしよう。それと、とりあえず沢里さんについては山岸に任せる感じでいいよな? 触れられたくない話を何度も言われるってのも、正直イジメとそう変わらんだろうし」

「それもそだねぇ……とりあえず私は沢里ちゃんと席も近いし! 明日も何か言われないか注意して聞いてはおくよ! 山岸くんと話したらそれもね!」

「私も、とりあえずクラスの空気は気をつけてみるね。ちゃんと言葉で説明できないのはもどかしいけれど、何か嫌な感じが強まったら教えるね」

 お互い、やろうとしている事だけを共有して、俺達は屋上を後にしようと立ち上がる。

 その時に、俺の役割だけ浮いている事に気づいた。


 二人の背中を見ながら俺が出来る事を考えるが、運動系のアドを使う事はないと思って良い。

 思考力も、察知する力も、アド持ちに敵う程ではない。それに何より、クラスの中では完全に日陰側にいる人間だ。そもそも俺の名前すら覚えていない人間がほとんどだろう。


――ただ、だからこそ出来る事があるような気がした。


「なぁ……俺がやるべきこと、なんだけどさ」

 何にしても、アドを正しく鍛えた人間に敵うほどではない俺が――だからこそ目立つのを避けてきた俺が出来ること。


 振り向く二人に、俺は真剣な顔で、端的に意思を渡す。


「俺は勝手に、自由に動きたいんだが、いいか?」

「んー? そりゃ断る理由もないけど、なんか策みたいなのあるの?」


 策があるとは言えないが、日陰者で、クラスではあまり目立っていない俺だからこそ、出来ることがあるかもしれない。


「いや、策は無い。でも、この件で俺が関与していることを周りに気取られないで欲しい。この話を解決するための主軸は、一番クラスの中で認知されているヒカリ、それを稲穂がサポートする形が一番しっくりくると思う。俺はあくまで保険、補助役で動きたい。協力はする、だけど俺は俺で動いたほうがいい……ような気がする」

「うーん、皆が頑張ろうって時にそれもなんだかなぁだけど、言いたいことはなんとなく分かるよ。急にクラスの中で対立するような集団が出来るのも、それはそれで怪しいかも? そもそも私達はイジメをどうにかしたいだけであって、戦いたいわけじゃないもんね」

 ヒカリの言葉に、稲穂もコクコクと首を縦に振ってくれていた。

「じゃあ、葦名くんも含めて、クラスの中で何かあれば、グループチャットで連絡という形が良さそうだね」

「だな、何か特別な状況にならない限り、そういうことにしておいてくれると助かる。とりあえず、俺は俺で世利華と接触してみるよ」


 そうして、俺たちの絆がちょっとだけ深まったような気がする屋上会議が終わる。


 連れ立って学校を出る頃には、なんとなく友人らしい会話も交えているようになっていた。

 俺は、こんな温度感なのであれば、誰かとつるむのも悪くはないのかもしれないなと改めて思いながら、もう誰も残っていないであろう、だけれども未だに重苦しい空気だけは漂っているのかもしれない自分のクラスを、学校の外から、ぼうっと眺めていた。

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