第十一話『私のバディだよ?!』
流石に昼休みにあんな事があっては、授業が終わり休み時間になってもクラスの雰囲気は気まずいままだ。
誰が何をするというわけでもなく、なるべく刺激しないようにという共有意識が生まれている気がした。
俺はあまりクラスの事に気を向けていなかったし、席も遠いので知らなかったもののあのイジメは、クラスの爆弾だったらしい。流石にヒカリとその友人達も空気を読んで静かにしていたが、ヒカリだけは俺の席に来て、愚痴をこぼす。
隣には困り笑顔の水引さんもいた。
「……こうなっちゃう前に何とかしたかったんだけどね」
ヒカリは珍しく真剣な顔をしていた。こういう顔が出来るのなら、俺をスカウトする時にもしてみたらいいだろうに――断るけれど。
「力に任せて鉄拳制裁とかしないだけ、マシだったとは思うけどな」
そう言って水引さんは小さく「あはは……」と笑う。せめて彼女が笑っているだけでも、周りの空気だけは和んでいくようで、正直助かった。
ヒカリは真剣な顔のまま少し落ち込んでいるようだけれど、実際の所、思考系のアド持ちがアド無しをイジめるなんて構図は、他のアド持ちが引き留めようにも難しい話だ。
察知と思考ならまだやりようもあるかもしれないが、運動と思考は口論するには相性が悪すぎる。
それでも悩むだけ、やはりヒカリは正義を目指しているのだろう。優しさという言い換えも出来るが、おそらくは彼女のそれらは正義という言葉に直結しているように思えた。
「まぁ……ヒカリが動いた瞬間、山岸も間に入ってたしな。お前はもうちょっと自分の腕力を自覚した方がいいぞ」
「もう! 私は暴力なんてしないよう……でも実際、中田ちゃんは話してどうこう出来る相手じゃないし」
イジメの主犯格は『中田』というらしい。ヒカリもヒカリなりに状況は分かっているようだが、ヒカリにせよ、俺にせよ、水引さんにせよ。話してどうこう出来そうな感じはしない。
「中田さんたちのこと、結構前から山岸くんも困ってるみたいだったからね……疲れてるみたいで心配だな……」
水引さんが言うと、妙に説得力がある。そうして、中田と同じ思考系である山岸をもってしても、そう簡単に済む話ではないようだ。
「アイツはなぁ……なんというか、独特だしな」
山岸自体、暗く落ち込んでいるような姿を見せるヤツではないように思えるけれど、それでも俺からは、アイツの表情から感情の機微を受け取れない。
「でもまぁ、ターゲットが日下ちゃんに変わっただけ、良いというか悪いというか……」
ヒカリがため息交じりに世利華の方を見る。
「お前はどうやってアイツから名前を聞き出したんだよ。世利華は自己紹介で名前言ってなかっただろ」
「せりかぁ?! 葦名くん、思ったよりグイグイ行くよね……日下ちゃんには直接聞いたの。名前知らなかったし!」
グイグイは行っていないが、面倒なので無視をして話を進める。
思ったよりという言葉も、聞かなかったことにしておこう。
「まぁ、中庭で色々あったんだよ。それとお前、このクラスで最後に覚えた名前って誰だ?」
「いや……まぁ……それはいいじゃん! それよりも、どうする? 日下ちゃん、頑張れるかな?」
それは実際この休み時間の、中田たちの視線は世利華に集まっているようだった。
「問題は解決しないにしても……沢里さんよりも日下さんの方が抵抗は出来そうだよね……だからといって見過ごすのもなって思うな」
――あぁ、だから、三割負担、か。
イジメのターゲット、沢里さん。
その音を聞いて『三割負担』と強調されていたことを思い出し、正直苛ついてしまった。
完全に『さわり』と『さんわり』で悪意を持って弄っている。俺自身、苗字ではないが名前の方にコンプレックスがあるから、すぐに察してしまった。
だが、事実を言われている事には変わらないし、彼女じゃきっと言い返せなかったのは事実だ。
――何故なら、相手が悪すぎる。
努力でテストの点数くらいは乗り越えられるし、本気で夢を叶えようとして努力を続けたアド無しが、アド持ちを世界の大舞台なんかで打ち破るという話も、注目こそされど、わざわざサクセスストーリーとして語られるまでもないくらいには、未だに当たり前の事だ。
そもそも、俺が山岸に言ったように、俺達が持っているアドバンスドギフトなんて、最近流行りのゲームに例えるのならば、ただの一凸。
少しだけ能力値が上限突破していて、伸び代があるだけの話。
だからこそ、生まれた時の多少のアドバンテージなんてどうとでも打ち崩せる。
血が滴る程の熱意と努力で上限突破を続けた人間に、アドがあるだのないだのなんて事は、結局関係ない。
事実、沢里さんは、アドが無いからこそ、思考系の中田との口論には敵いようがなかった。
だからこそ、おそらくイジメ自体は均衡を保っていたように思える。これで対等以上のやり取りが出来てしまえば、それこそイジメではなくなるかもしれないが、もっと面倒なことにもなりかねない。
「沢里さんから世利華にターゲットが移れば、おそらくイジメにしても質が変わる、それが問題、だよな?」
イジメの質は明らかに変わる。いっそ多少面倒でも、直接的に世利華が言い負かしてやれば楽なのだろうけれど、あくまで世利華は自分から動こうとはしないだろう。
中田も、今までのように沢里さん相手なら、圧倒的な量の粗探しと、屁理屈レベルの圧でどうにでもなっただろう。
ただ、これからは自分よりも精度の高い思考系アドを持った人間をターゲットにしてしまった。ならば諦めたら良いと思うのは、野暮な話だ。中田にも中田の意地があるのだろう。
だからこそ、言葉で叩けない相手にする事は、一つ。
世利華の背中に、丸められた紙くずが当たっているのがその始まりなのだろう。
山岸が間に入って、床に落ちた紙くずを拾っているのが見えた。中田たちに向かって何かを言いながら、ゴミ箱を指差しているあたり、やはり山岸は無難な言い方で注意しているのだろう。
まだ、紙くずのうちならいい。
ただ、今の光景を見るに、ターゲットは明確に世利華に移ったと考えていいだろう。しかも実害寄りのイジメ。
実際、昼休みの衆人環視の中であそこまで世利華に言われてしまったのだ。
嫌がらせの矛先は世利華に変わるというのが、悪意の常套手段だろうとは思う。
「まぁ……見た感じ、世利華は気にしないんだろうが、こっちとしては気にはなるよな」
三人で紙くずを捨てに行く山岸と、それを見もしない世利華を眺める。
紙くずであっても、強く丸めて背中に当てられたなら多少は痛いだろうに、彼女はそれをされても振り向きすらしていなかった。
「しっかし、中田みたいな思考系にはなまじ口じゃ敵わなんだろ。山岸みたいに温い言葉で説得するのも無理だろうし、そもそも世利華にすら食いついていたようなヤツを、どうやって崩すつもりなんだ?」
俺は協力すると決めた手前、二人に考えを促す。
三人揃えば文殊の知恵だなんていうつもりはないが、俺たちが三人で固まった以上、それぞれの考え方を擦り合わせて方針は決める必要がある。
しかし、それが世利華の為になるか、クラスの為になるかは分からない。
俺たちがしていることは、結局のところ自己満足の類だ。だけれど、見ていられないというクラス全体の空気を排除するべきだとは、思う。
「っていうか、葦名くん。妙になんか……凄い前のめってない? 協力してくれるの?」
「あれ、水引さん、言ってないの?」
「あはは……なんかちょっと申し訳なくて……」
水引さんが少し気まずそうに苦笑している。確かにヒカリが俺にあれだけスカウトをしていたのを見ていたのだ。急に俺が水引さんに協力するとなるのは贔屓のように見えなくもない。
「稲穂ちゃん抜け駆け?! 私のバディだよ?!」
「誰のバディでもねぇよ……ただ、少しくらいは協力するってだけ」
ヒカリは俯いた顔をゆっくりと上げながら、その表情を徐々に明るくしていく、あまりにも現金な表情筋をしているが、水引さんとの協力関係は、ヒカリとの協力関係という事にもなる。
「まぁ……考えることぐらいはしてもいいだろ。ただ具体的に介入するのは御免だぞ」
「手伝ってくれるんだって、良かったね? ヒカリちゃん」
ヒカリは一瞬喜んだような顔をしてから、何か考えるように数秒フリーズして、また動き出す。
「……うん、うん? でも私の時はアレだけ断ったのに、稲穂ちゃんは一発オッケーなんだ? そうなんだ? 私のバディだよ?」
「まぁ……たまたまだと思うよ? ね? 葦名くん」
「そうだね、水引さんは良い子だからな」
少し照れた顔で困惑している水引さんと、やいのやいの言ってくるヒカリに、俺は小さく溜息混じりで、首を捻る。
ヒカリジトっとした視線にも、慣れてきた。逆にその表情も餌をくれない猫型の何かデカい動物を想像してしまう。チーターともライオンとも言えないが、さて彼女みたいに衝動的かつ獰猛な動物はいたっけなと思いながら、俺は首を横に振る。
「まぁ、実際の所、水引さんに頼まれたからってわけではないさ。逆に、ヒカリに頼まれていてもこの話は受けてた。だからとりあえず、バディがどうのこうのって話は、この一件が終わるまで保留にしよう」
「なーんか、腑に落ちないけど、まぁいいよ。実際、セリちゃんに何かあるならどうしたって止めたいしね」
「あれ、お前さっき日下ちゃんとか言ってなかったか?」
「なんか、自分のこと呼んでるみたいで……でもお話したことくらいはあるしいいかなって! 逆に葦名くんが名前で呼んでる方が驚きだけどね。でもまぁ、葦名くんにも友達くらいいるよね」
友達くらいいなくてもいいのだが、いない扱いにされるのはやや釈然としない。
「今、今朝出来たばかりの友達が一人減る気がするな……」
「もー! 冗談だって!」
話をしただけでセリちゃん呼びは、ヒカリには友達しかいないよなと言い返したくなるが、とりあえず色々と納得してくれた事が一番重要だ。
俺とヒカリの軽口の言い合いに、水引さんが微笑ましそうに笑っている。
流石に、彼女のことを『稲穂』と名前で呼ぶのは、馴れ馴れしいだろう。良い子だしあんまりびっくりさせてあげたくない――なんだろうか、この庇護欲は。
とりあえずスカウトだとかいう問題が先延ばしになった事に俺はホッとしつつも、それ以上の問題がこのタイミングでも進行している事にうんざりとした。
丁度、紙くずを捨て終わった山岸が、男子生徒と話しているのが見えた。
山岸は体面上、笑顔を保っているが、話していることはおそらく真面目なことなのだろう。
内容は分からずとも、彼の話し方で何となく分かる。
「んと、あれは……中田さんの彼氏さんだね……運動系のギフト、だったかな」
「主犯格の彼氏、か……名前は知らんが」
俺の視線に気づいた水引さんが、フォローを入れてくれる。
彼女は本当に良く気を配ってくれている。
「確か……田中くん、だったかな」
というか気を配りすぎている気すらして少し申し訳なくなった。
とはいえ、俺達三人の中では、水引さんが一番状況を把握しやすいのは確かだ。
「何話してるかなんかも、何となく分かったりするのか? ……いや、そこまで行くと思考系の領分か」
この距離からでも、きっと何を話しているかくらいは分かるのだろうかという、少しだけ野暮な事を、問いかけてみる。
アドを使わせるというのも気が引けたが、情報はあればあるほどやりやすい。
中田の彼氏――田中とはなんとも収まりのいい名前のカップルだと思いつつ、彼が運動系なら、そこにつけ込む隙があるかもしれない。
「ん、何となく空気は分かるよ。ただ思考系じゃなくても、きっと分かると思うよ? 葦名くんも分かることだと思う。空気はさ、良くないでしょ? だったらあのお話って、どんな結果になると思う?」
そう言われて考えてみれば、確かに言われた通りだ。
クラス社会の規範をなるべく穏便に回そうとしている山岸が、話の通用しないイジメの主犯格――中田には何も言わずに田中の方に話しかけている。
つまりは、俺が思っているように、山岸もアプローチを彼氏側に変えたということだろう。
「確かに、言われた通りだな。悪い、試すようなこと言っちゃって。しかし、結果は芳しくなさそうだ」
水引さんは苦笑しながらなんでもないよと言うように、俺に小さく手を振りながら頷く。
「……私も、もうちょっと何か出来たらな」
ヒカリが悔しそうに、山岸と田中の方を見ていた。
彼女の純粋さのようなものは評価しているし、気概も分かる。
ただ、適材適所という言葉が、どうしても彼女の強みを奪ってしまう。
イジメは力で解決するわけでもなければ、理屈でどうにかなるものでもない。
感情の決着が必要なのだ。
つまり、単純にアドがあるから有利になるような話ではない。
現状だって、ただ単に口頭でのイジメが、物理的なイジメという形に変わっただけ。
しかし世利華が自分から能動的に中田に攻撃するようなことは考え難い。
だからこそ、俺たちは見ていることしか出来なかった。
「俺はともかくとして、えっと……沢里さん、だったか? 二人はあの子とは?」
「私は入学当時に少しお話したくらいかな。席が変わっちゃってからはあんまり……。でもとっても良い子だったと思うよ?」
水引さんらしい評価だ。実際、イジメに耐えながらも努力をして勉学に励むような人であれば、悪い人とも思えない。問題は沢里さんにあるかと思えば、違うような気がした。
「私はー……友達、かな!」
「ヒカリの友達発言は、なんか当てにならないんだよな……」
「えぇ……私も今朝出来た友達が一人減りそうかも」
俺の軽口の少し遅れた応酬を、俺はスルーして今後のことを考える。
後々、沢里さんに何かしらの話を聞いてもらうにしても、水引さんの役目になりそうだ。
しかしまともに話してくれるかは、タイミングを見なければいけない。
これ以上に問題が拗れると、流石にどうしようもない。
この時点でも、教師に状況を話して終わるような話でもないだろうと思う。
そもそも教師たちが、年代によってはアドバンスギフトが存在すらしていなかった世代の人たちだ。人によっては、思考系アド持ちの中田を扱い切れるとも思えない。
だからといって、俺達が扱い切れるとも思えないのが現状ではあるのだが、それでも何かすることに意味がないわけではないと、信じたかった。
「とりあえず、放課後改めて話そう。人が減るまではそれぞれ一応様子見って感じで」
約束を取り付けた後の最後の授業は、妙に長く感じられた。個人的には、問題は早めに終わらせてしまいたいという欲がある。先延ばしにしてしまうよりかはさっさと終わらせてしまいたい。
とはいっても、家に帰って今日の疲れを癒やす為にはもう一つ、やるべき事が残っている。
終礼も終わり、生徒がそれぞれ散っていく中、俺たちはそれぞれの席で、なんとなしに周りを窺っていた。時々ヒカリや水引さんと目が合いつつ、俺は少しだけ机に突っ伏しながら渦中の人物たちの動向に目を光らせていた。




