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「また君に会う夢を見た」  作者: あーちゃん


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4/15

君はどうして泣きそうなの

思い出すたびに近づくはずなのに、

近づくほど、澪はどこか遠くなっていく。


笑っているのに、泣きそうな顔をする理由。

湊はその痛みに、まだ名前をつけられずにいました。


第4ページ「君はどうして泣きそうなの」。

澪の抱える秘密が、少しずつ影を落とし始めます。

翌朝、湊は教室の窓際の席で、まだ誰も座っていない隣の席を見つめていた。


白峰澪の席。


昨日までなら、ただの空席だったはずの場所が、今ではそこに彼女がいないだけで少し寒く見えた。


窓の外では、朝の光がグラウンドを白く照らしている。体育館の方からはバスケットボールの弾む音が聞こえ、廊下では生徒たちの笑い声が重なっていた。


いつも通りの朝。


けれど湊の中だけは、昨日の夢の言葉がまだ消えずに残っていた。


――本当に思い出さなきゃいけないのは、私が消える理由。


消える。


その言葉を思い出すたび、胸の奥が冷たくなる。


澪は生きている。

昨日、確かに隣にいた。

白いワンピースを着て、夕焼けの屋上に立っていた。

手を取った時、その手は温かかった。


なのに、彼女はまるで自分がいずれ消えることを知っているように話す。


時間があまりない。

終わらせに来た。

消える理由。


ひとつひとつの言葉が、湊の中で不吉な形に繋がっていく。


「湊」


後ろの席から悠真が声をかけてきた。


「お前、朝からずっと白峰さんの席見てるぞ」


「見てない」


「いや、めっちゃ見てた。もう穴あくくらい見てた」


「気のせいだ」


「気のせいで席は見ない」


悠真は机に頬杖をつき、少しだけ真面目な顔になった。


「何かあった?」


湊はすぐには答えなかった。


悠真はふざけているようで、こういう時だけ妙に鋭い。


昨日の屋上のこと。

白いワンピースのこと。

十年前の事故のこと。

父から聞いた話のこと。

夢で澪が言った言葉のこと。


全部話してしまいたい気持ちもあった。


けれど、話したところで信じてもらえるだろうか。


夢に出ていた少女が転校してきて、十年前の友達で、事故の記憶を取り戻しつつあって、その子が消えるかもしれない。


自分で考えても、あまりにも現実離れしている。


湊は小さく首を振った。


「何でもない」


「またそれか」


悠真はため息をついた。


「お前の何でもないは、だいたい大事件なんだよ」


「大げさだ」


「大げさじゃねぇよ」


悠真の声が少し低くなった。


「お前さ、最近ちょっと顔が違う」


「顔?」


「うん。前より生きてる顔してる。でも、前より苦しそうでもある」


湊は言葉に詰まった。


悠真は何気なく言っているようで、湊の核心を突いてきた。


前より生きている。


確かに、澪と再会してから、湊の中で止まっていた何かが動き出した気がする。


でも、動き出したからこそ痛い。


凍っていた傷口が、温度を取り戻して疼き始めたみたいだった。


「白峰さんが関係してるんだろ」


悠真が言った。


湊は視線を逸らした。


「……分からない」


「否定しないんだな」


「本当に分からないんだ」


湊は窓の外を見た。


「僕は、あの子のことを知ってる。でも忘れてた。思い出したいのに、思い出すのが怖い」


悠真は黙った。


いつものように茶化さなかった。


「変なこと言ってるのは分かってる」


「いや」


悠真は静かに言った。


「変とは思わない」


湊は驚いて悠真を見た。


悠真は少し困ったように笑った。


「人間ってさ、忘れたいことほど忘れられなくて、本当に大事なことほど思い出せなかったりするじゃん」


「急にまともなこと言うな」


「俺だってたまには言う」


悠真は軽く笑ったあと、真剣な目で湊を見た。


「でも、一人で抱えんなよ。俺はお前の親友なんだから」


その言葉に、湊は胸が少しだけ温かくなった。


親友。


普段は照れくさくて口に出せないその言葉を、悠真は簡単に言ってくる。


その軽さに、何度救われてきただろう。


湊が何か言おうとした時、教室の扉が開いた。


澪が入ってきた。


その瞬間、湊の心臓が強く打った。


澪はいつも通りの制服姿だった。


白いワンピースではない。

夢の中の少女でもない。


けれど湊には、昨日の夕焼けの光がまだ彼女の周りに残っているように見えた。


澪は教室に入ると、何人かの女子に挨拶され、穏やかに笑って応じた。


そして自分の席へ来る。


「おはよう」


「おはよう」


湊が返すと、澪は少しだけ目を細めた。


「眠れた?」


その問いに、湊は思わず固まった。


「どうして」


「顔に出てる」


「そんなに?」


「うん。ちょっと怖い夢を見た人の顔」


湊は息をのんだ。


澪はやっぱり、何かを知っている。


「白峰」


湊は声を低くした。


「昨日の夢で、君が言ったんだ」


澪の表情が微かに変わった。


「何を?」


「私が消える理由を思い出してって」


澪は視線を伏せた。


その反応が、答えだった。


「やっぱり知ってるんだな」


「……夢の中の私は、少し正直すぎるね」


「じゃあ現実の君は嘘をついてるのか」


湊が言うと、澪は悲しそうに笑った。


「嘘はついてないよ。ただ、全部は言ってないだけ」


「それを嘘って言うんじゃないのか」


自分でも少しきつい言い方だと思った。


澪の肩が小さく震えた。


湊はすぐに後悔した。


「ごめん」


澪は首を横に振った。


「朝倉くんが怒るの、当たり前だよ」


「怒ってるわけじゃない」


「うん」


「ただ……怖いんだ」


その言葉は、湊の口からほとんど勝手にこぼれた。


澪が顔を上げる。


「君がまたいなくなる気がして」


教室のざわめきが、遠くなった。


澪は湊を見つめたまま、何も言わなかった。


その目が揺れていた。


今にも涙が落ちそうだった。


湊はその顔を見て、胸が締めつけられた。


「どうして」


湊は小さく言った。


「君は、どうしていつも泣きそうなの」


澪は答えなかった。


その代わり、ほんの少しだけ笑った。


笑わなくていいのに、と湊は思った。


泣きたいなら泣けばいい。

苦しいなら苦しいと言えばいい。

自分の前でくらい、無理に笑わなくていい。


そう思うのに、言葉にならない。


授業が始まり、二人の会話は途切れた。


けれど湊は、黒板を見ることができなかった。


隣の澪が、いつもより静かだった。


シャープペンを握る指先が少し白い。

ノートには文字がほとんど書かれていない。

教師に指名されても、返事が少し遅れた。


湊は何度も声をかけようとした。


でも、何を言えばいいのか分からなかった。


昼休みになると、澪は「少し用事がある」と言って教室を出た。


湊は弁当箱を開けたが、ほとんど食べる気になれなかった。


悠真が前の席に座る。


「追いかけないのか」


「何で」


「追いかけたい顔してるから」


湊は箸を置いた。


「……僕、あいつを傷つけたかもしれない」


「何言ったんだよ」


「嘘をついてるのかって」


悠真は少し顔をしかめた。


「そりゃ、ちょっと刺さるな」


「分かってる」


「でも、本音だったんだろ」


湊は黙った。


本音だった。


澪が隠しごとをしているのが苦しい。

でも、それ以上に、澪が一人で苦しんでいるのが苦しい。


湊は立ち上がった。


悠真が小さく笑う。


「行ってこい」


「別に追いかけるわけじゃ」


「はいはい」


湊は教室を出た。


廊下を歩きながら、澪が行きそうな場所を考える。


屋上。

図書室。

保健室。

中庭。


その中で、一番胸がざわついたのは屋上だった。


湊は階段を上った。


屋上へ続く扉は、今日も少しだけ開いていた。


押し開けると、昼の強い光が目に飛び込んできた。


夕焼けではない屋上は、夢の場所というより、ただの学校の屋上に見えた。


フェンス。

貯水タンク。

古いベンチ。

夏の熱を吸ったコンクリート。


澪はそこにいた。


フェンスの近くではなく、日陰になった壁際に座っていた。


膝を抱え、空を見上げている。


湊に気づくと、少し驚いた顔をした。


「朝倉くん」


「探した」


言ってから、湊は自分で少し驚いた。


そんな真っ直ぐな言葉を、自分が言うとは思わなかった。


澪は目を細めた。


「そっか」


湊は澪の隣に腰を下ろした。


少し距離を空けて。


しばらく二人は何も言わなかった。


昼の屋上は暑かった。

遠くから部活の掛け声が聞こえる。

風はあるのに、熱を含んでいて涼しくはない。


それでも、澪の隣にいると、不思議と落ち着いた。


「さっきは、ごめん」


湊が言った。


澪は膝に顔を埋めたまま、首を横に振った。


「私も、ごめん」


「白峰は謝りすぎだ」


「朝倉くんもね」


「そうか?」


「うん。心の中で、たぶん何回も謝ってる」


湊は黙った。


図星だった。


母に。

父に。

美咲に。

澪に。

昔の自分に。


湊はいつも、心の中で誰かに謝っている。


でも、何に対して謝っているのか、自分でも分からないことが多かった。


「白峰」


「うん」


「君が全部言えない理由は、僕のため?」


澪は少しだけ考えた。


「半分は」


「残りの半分は?」


「私のため」


湊は澪を見た。


澪は膝から顔を上げて、遠くの空を見つめていた。


「私も、怖いの」


「何が」


「朝倉くんが全部思い出した時、私をどんな目で見るのか」


「どんな目って」


「可哀想な人を見る目」


湊は息を止めた。


澪は静かに続けた。


「助けられた子。事故に遭った子。かわいそうな子。そういうふうに見られるのが、少し怖い」


「僕はそんなふうに」


「分かってる。朝倉くんはきっと、そんなつもりじゃない。でも、私自身がそう思ってるのかもしれない」


澪は苦笑した。


「私、意外と面倒くさいでしょ」


「そんなことない」


即答していた。


澪が驚いたように湊を見る。


湊は少し視線を逸らした。


「面倒くさいのは、たぶん僕の方だ」


「そうかな」


「そうだよ。何も知らないのに焦って、勝手に怖がって、君にきついこと言った」


「でも、知りたいって思ってくれた」


澪は柔らかく言った。


「それだけで、私は嬉しいよ」


湊の胸が痛んだ。


澪はいつもそうだ。


自分が傷ついているはずなのに、湊の気持ちを先に拾おうとする。


それが優しさなのか。

癖なのか。

それとも、何かを諦めているからなのか。


分からない。


ただ、その笑顔が痛かった。


「泣きそうな顔で笑うなよ」


湊が言うと、澪は固まった。


「え?」


「笑ってるのに、いつも泣きそうに見える」


澪の瞳が揺れた。


「そんな顔、してる?」


「してる」


「そっか」


澪は自分の頬に触れた。


「癖になってるのかも」


「泣きたいなら、泣けばいい」


湊は自分でも驚くほど真剣に言った。


「僕の前でくらい」


澪は湊を見つめた。


その目に涙が溜まっていく。


けれど、澪はそれをこぼさないように、必死に瞬きをした。


「泣いたら、止まらなくなりそう」


「止まるまでいればいい」


「授業、始まるよ」


「サボればいい」


澪は少し笑った。


「朝倉くん、そんなこと言う人だった?」


「たぶん、君のせいで変になってる」


「私のせいなんだ」


「そうだよ」


澪は笑った。


今度の笑顔は、少しだけ本物に近かった。


でも次の瞬間、その目から涙が一粒落ちた。


澪は慌てて拭おうとした。


湊は何も言わなかった。


ただ、隣に座っていた。


澪は声を出さずに泣いた。


静かな涙だった。


肩を震わせることもなく、嗚咽を漏らすこともなく、ただ涙だけが頬を伝っていく。


それが余計に苦しかった。


どれだけ我慢してきたのだろう。


十年前から。

事故のあとから。

忘れられた時間の中で。


湊は拳を握った。


何かしてやりたいのに、何もできない。


言葉を探しても、どれも軽すぎる。


大丈夫。

分かるよ。

つらかったね。


そんな言葉は、きっと澪の抱えているものには届かない。


だから湊は、ただ言った。


「ここにいる」


澪が小さく息を呑んだ。


「何も分からないけど、今はここにいる」


澪は顔を伏せたまま、小さく頷いた。


「ありがとう」


その声は、風に消えそうなくらい小さかった。


午後の授業に二人は少し遅れて戻った。


教師に注意されたが、澪が「保健室にいました」と言うと、それ以上追及されなかった。


悠真は湊の顔を見るなり、何か言いたそうにしたが、何も言わなかった。


その優しさがありがたかった。


放課後、澪はすぐには帰らなかった。


湊も帰らなかった。


二人は自然と屋上へ向かった。


夕焼けの時間には少し早かったが、空はもう薄く色づき始めていた。


澪はフェンスの前に立ち、町を見下ろした。


湊はその隣に並ぶ。


「今日、少しだけ話してもいい?」


澪が言った。


湊は頷いた。


「私ね、事故のあと、長い間病院にいたの」


「父さんから少し聞いた」


「そっか」


澪は驚かなかった。


「体は少しずつ良くなった。でも、元に戻ったわけじゃなかった」


湊の胸が締めつけられる。


「どこか悪いのか」


澪はすぐには答えなかった。


「今は普通に見えるでしょ」


「うん」


「でも、普通に見えることと、普通に生きられることは違うんだって、その時知った」


その言葉は、湊にも少し分かる気がした。


湊もまた、普通に見えるように生きてきた。

学校に行き、友達と話し、家に帰る。

でも心のどこかはずっと止まっていた。


普通に見えることと、普通に生きることは違う。


澪は続けた。


「入院している間、私はずっと朝倉くんのことを考えてた」


「僕の?」


「うん。湊くんは大丈夫かなって」


湊は言葉を失った。


事故に遭ったのは澪だ。

痛かったのも、苦しかったのも澪のはずだ。


なのに澪は、湊の心配をしていた。


「だって、最後に見た朝倉くんの顔が、すごく怖かったから」


「怖い?」


「自分が壊れてしまったみたいな顔」


湊は息を止めた。


幼い自分が、そんな顔をしていたのか。


「私、何度も手紙を書こうとした。でも、書けなかった。何を書いても、朝倉くんを余計に苦しめそうで」


澪の声が震えた。


「それで、気づいたら十年経ってた」


十年。


言葉にすると短い。

でも、その中には澪の孤独が詰まっている。


湊は胸が苦しかった。


「ごめん」


また謝ってしまった。


澪はやっぱり首を横に振る。


「謝らないでって言ったのに」


「でも、僕は忘れてた」


「忘れたことを責めたいわけじゃない」


「じゃあ、どうして戻ってきたんだ」


澪は湊を見た。


夕焼けの光が、その瞳に揺れている。


「最後に、ちゃんと会いたかったから」


湊の心臓が止まりそうになった。


「最後って何だよ」


澪は口を閉じた。


「白峰」


「まだ、言えない」


「また?」


湊の声が掠れた。


「消える理由も、最後って言葉の意味も、まだ言えないのか」


澪の目にまた涙が浮かぶ。


「言ったら、朝倉くんは今の私じゃなくて、消える私だけを見るようになる」


「そんなこと」


「あるよ」


澪は静かに言った。


「人は、いなくなるって分かった相手を見ると、優しくなりすぎる」


湊は何も言えなかった。


「私は、可哀想だから優しくされたいわけじゃない」


澪は震える声で続けた。


「十年前みたいに、普通に隣にいてほしい。普通に喧嘩して、普通に笑って、普通に放課後を過ごしたい」


湊の胸が熱くなった。


澪が欲しかったものは、特別な救いではなかった。


ただの時間。

ただの会話。

ただ隣にいること。


失った十年の中で、一番欲しかった普通。


「だったら」


湊は言った。


「そうする」


澪が顔を上げる。


「君が話したくなるまで聞かない。無理に思い出そうともしない」


「でも」


「その代わり、普通に過ごす」


湊は少し照れながら続けた。


「明日も一緒に帰る。購買でパン買う。屋上にも来る。くだらない話もする」


澪の目から涙がこぼれた。


「それ、普通なの?」


「たぶん」


「朝倉くん、普通下手そう」


「うるさい」


澪は泣きながら笑った。


その笑顔を見て、湊も少しだけ笑った。


夕焼けが二人を包んでいた。


その日、二人は約束した。


真実を急がないこと。

残された時間を、悲しみだけで埋めないこと。

十年前に止まった友達の時間を、少しずつ取り戻すこと。


それは小さな約束だった。


でも湊にとっては、何よりも大切な約束に思えた。


帰り道、澪は湊の隣を歩いた。


夏の夕方の匂いがした。


アスファルトの熱。

遠くの夕飯の匂い。

風鈴の音。

自転車のベル。


何でもない景色が、澪といるだけで少し特別になる。


「朝倉くん」


「何」


「明日、アイス食べたい」


「急だな」


「十年前、全部もらったから」


「覚えてるのか」


「覚えてるよ。すごく溶けてた」


「じゃあ、今度は溶けてないやつを買う」


「半分くれる?」


「全部はやらない」


澪は笑った。


「昔よりケチになった」


「成長したんだ」


「そういう成長、いらない」


くだらない会話だった。


けれど湊は、その時間が永遠に続けばいいと思った。


澪が泣きそうな顔をしないで済むなら。

消える理由なんて知らなくていいと思ってしまうくらいに。


でも、そんな願いが長く続かないことを、湊はどこかで分かっていた。


その夜、湊は夢を見なかった。


久しぶりに深く眠った。


朝になり、目が覚めた時、涙は流れていなかった。


代わりに、胸の奥に小さな不安があった。


夢を見なかったことが、少し怖かった。


夢で会えないということは、澪が遠ざかったように感じたからだ。


学校へ行くと、澪はまだ来ていなかった。


湊は隣の席を見る。


昨日と同じ空席。


けれど今日は、不安が胸の中で膨らんでいく。


チャイムが鳴る直前、澪が教室に入ってきた。


湊はほっと息を吐いた。


澪はそれに気づいたのか、席に着きながら小さく笑った。


「心配した?」


「してない」


「嘘」


「少しだけ」


澪は嬉しそうに笑った。


その笑顔は昨日より明るかった。


少なくとも、湊にはそう見えた。


昼休み、二人は約束通り購買へ行った。


悠真も当然のようについてきた。


「俺も混ぜろよ。青春観察したい」


「帰れ」


「購買に帰る場所はない」


三人でアイスを買い、中庭のベンチに座った。


澪はバニラ。

湊はソーダ。

悠真はチョコ。


「白峰さん、湊のどこがいいの?」


悠真が急に聞いた。


澪はきょとんとした。


湊はむせた。


「何聞いてんだ!」


「いや、純粋な疑問」


「黙れ」


澪は少し考えたあと、笑って言った。


「隣にいてくれるところ」


その答えに、湊は何も言えなくなった。


悠真も一瞬黙った。


それから、茶化すことなく言った。


「そっか。いいじゃん」


澪はアイスを食べながら、空を見上げた。


「うん。すごく」


湊はその横顔を見た。


やっぱり、少し泣きそうだった。


でも今度は、悲しいだけの顔ではなかった。


嬉しさを信じるのが怖い人の顔だった。


放課後、湊と澪はまた屋上へ行った。


昨日よりも自然に。

何も約束しなくても、足が向かった。


夕焼けはまだ遠く、空は青かった。


澪はフェンスにもたれて、目を細めた。


「今日、楽しかった」


「アイス食べただけだろ」


「そういうのが楽しいんだよ」


湊は黙った。


澪が言うと、本当にそう思える。


特別なことなんてなくていい。

ただ一緒にアイスを食べて、くだらない話をして、同じ夕方を迎える。


それだけで、失った十年の一部を取り戻せるような気がした。


「朝倉くん」


澪がふいに言った。


「もし私がまた泣きそうな顔してたら、言ってね」


「何を」


「また泣きそうって」


「言ったら泣くだろ」


「うん。でも、泣いていいって思えるから」


湊は澪を見た。


澪は笑っていた。


でも、その目はやっぱり少し濡れていた。


湊は小さく息を吐いた。


「白峰」


「うん」


「君は今、泣きそうだ」


澪は一瞬驚いて、それからくしゃっと笑った。


そして、本当に少し泣いた。


湊は隣にいた。


何も言わずに。


今度は、澪が泣き止むまで。


夕焼けが屋上を染める頃、澪は涙を拭いて言った。


「ありがとう」


湊は空を見ながら答えた。


「どういたしまして」


その言葉が、十年前の自分にも届けばいいと思った。


泣いていた澪の隣に座っていた小さな自分。

何もできないと思っていた自分。

誰かを救えなかったと思い込んでいた自分。


違うよ。


お前は、ちゃんと隣にいた。


それだけで救われる人もいるんだ。


湊はそう伝えたかった。


その夜、湊はまた夢を見た。


夕焼けの屋上ではなく、病室だった。


白いカーテン。

消毒液の匂い。

窓辺の花。

ベッドに横たわる幼い澪。


幼い湊は、病室の外に立っていた。


でも、中に入れない。


扉の前で、泣きながら首を振っている。


『僕のせいだ』


幼い湊が呟く。


『僕が手を離したから』


違う。


今の湊は夢の中で叫ぼうとした。


違う。お前は助けたんだ。


でも声は届かない。


病室の中で、幼い澪が目を開ける。


そして、窓の方を見ながら小さく言う。


『湊くん、泣いてないかな』


その言葉に、湊は胸を締めつけられた。


自分のことより、湊の心配をしている。


十年前から、澪はそうだった。


夢の中の景色が滲む。


病室が夕焼けに変わる。


白いワンピースの澪が立っていた。


「湊」


澪は言った。


「泣いてもいいんだよ」


その言葉で目が覚めた。


朝の光が部屋に差し込んでいた。


湊の頬には涙が流れていた。


でも、その涙は昨日までのものとは少し違っていた。


悲しいだけではない。


ずっと閉じ込めていた幼い自分が、ようやく泣けたような涙だった。


湊は手で涙を拭いながら、小さく呟いた。


「澪」


君はどうして泣きそうなの。


そう聞いたはずなのに。


本当は、自分の方がずっと泣きたかったのかもしれない。


澪はそれに、十年前から気づいていたのかもしれない。


だから、いつも泣きそうな顔で笑っていた。


湊の代わりに泣くみたいに。


湊は机の上のキーホルダーを握った。


星の砂が朝の光にきらめく。


今日も、学校へ行こう。


澪に会いに行こう。


泣きそうな君の隣にいるために。


そして、泣けなかった僕自身を、少しずつ取り戻すために。

第4ページを読んでくださり、ありがとうございます。


澪が泣きそうな顔をしていた理由。

それは、湊を責めていたからではなく、湊がずっと泣けなかったことを知っていたからでした。


次の第5ページ「忘れてしまった約束」では、十年前に二人が交わした約束の本当の意味が、さらに明らかになっていきます。

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