不知火拳志郎と言う名の男
不知火拳志郎は、遊技機の前に座っていた。
「おいおい、頼むぜ」
拳志郎の名前の由来は、当時父が愛読していた世紀末救世主の主人公の名前だ。
強い漢に育って欲しいと、拳志郎と名付けられたと訊いている。
この名によって、幼少期は苛められた…等と言う事は無く、ある能力を除いて、普通に育って普通に自堕落な生活をする只のおっさんとして現在に至る。
「マジかぁ、今日単発で終わるの何回目だ」
カップ麺と同じ名を持つ、救世主の長兄であり強敵である漢が、最強の技で襲いかかる。
「今度こそ、あの少女が俺の名を呼んくれるはず」
…だが、そんな事はなかった。
「おいおい、いい加減、機嫌直してくれや。俺が悪かったからよ。仲良くやろうぜ」
独り事の様に中空に話しかけながら、不知火はレバーを叩く。
(待っていたぞ。拳志郎)
「そう来なくっちゃな」
画面の向こうで、不知火の名を呼んだのは、カップ麺と同じ名を持つあの漢だった。
3時間後、十数枚の1万円札をシャツのポケットにねじ込み、適当に目に付いた居酒屋に入った。
「居酒屋鬼の酔い処かぁ。ここにするか」
「いらっしゃいませ。空いてる席にどうぞ」
拳志郎が席に着くと、小学生らしき男の子が、お通しを持ってやって来た。
「枝豆と鶏の炭火焼きか。まさかこっちで炭火焼きが食えるとはな…生ビールと、あと鶏刺しあったら、貰えるかい」
不知火はメニューを開く事なく、鶏刺しがあるか訊いてみる。
「鶏刺しありますよ。生1、鶏刺し1カウンターのお客様です」
「あいよ。生1、鶏刺し1」
厨房から、板前兼店主の声が注文を受理する。
その一連の様子を店の高い位置から、一匹の白猫が伺っている。
不知火が入って来た瞬間、何かに気付いた看板猫のマユは、立ち上がると店の奥へと入って行った。
「遊悟、鶏刺し上がったよ」
遊悟が鶏刺しを運ぼうとすると、奥から一人の女性が出て来た。
「東悟さん、それ私が運んでもいいか?」
そう訊いて来たのは、人間の姿に変化したマユだった。
「あの客かい。あぁ、構わねえが粗相の無い様にな」
「承知している。遊悟、鶏刺しをこっちに」
「うん」
遊悟はマユに鶏刺しを渡す。
「鶏刺し、お持ち致しました」
マユは、1トーン高い声で注文の鶏刺しを、カウンターに置くと、不知火を観察する様に背後へと回る。
「あぁ、お姉さん、ちょっといいかい」
気付かれたと、一瞬身構えたマユだったが追加の注文の様だ。
「このイカの南蛮煮と、タコさんウインナー盛りを貰えるかい」
「イカの南蛮煮とタコさんウインナー盛りですね」
注文を受理して、もう一度背後へ行こうとすると、また呼び止められた。
「あっ、お姉さん、生ビールも追加で」
どうにも、遣りにくい客だと思った矢先、男の言葉にギクリとする。
「お姉さん、足音立てないね。まるで猫の様な歩き方だ」
その言葉にマユは瞳孔を縦長にし、怯みそうになるが、直ぐに立て直した。
「やだぁお客さん、そんな訳ないですよ。でも猫耳としっぽ着けたら、もっと可愛くなれるかニャン」
両手を猫手にして、猫ポーズを取ったままマユは固まった。
二人の間を、ただ風が吹き抜けて、静かに刻が流れた。
『カランカラン』
そんな時、入り口のドア開けて入って来たのは、侍園秋子だった。
秋子は、不知火を見るなり踵を返す。
「急用を思い出した。また来る」
しかし、その行動は手遅れと言うしかなかった。
「おや、そこにいるのは秋子ちゃんじゃない?奇遇だねぇ。こっち来なよ」
目敏く、秋子を発見した不知火は、手招きをする。
「…人違いですわ。一昨日、来やがって下さい…では」
微妙な日本語で、不知火への嫌悪感を顕わにし、出て行こうとする秋子の動きが止まる。
「俺は耳がいいんだ。人違いな訳ねぇだろう。まぁ、そう言わずに座りなよ」
秋子の体が店の中へと引き戻される。
「くそっ、相変わらず厄介な能力め!離せゲス野郎」
ずるずると引き戻される秋子に、遊悟が近付いて行く。
「はい秋子さん、カッターナイフでいい」
「有難い遊悟君、使わせて貰うよ」
遊悟から、カッターナイフを受け取ると、刃先を2/3だけを押し出して霊力を込める。
「あ、やべー、分かった参った。降参、降参だ。秋子ちゃん」
「今更だ。蛇刀」
カッターナイフから、蛇の様に鎌首を擡げる霊力を纏わせた刃先が青く発光する。
次の瞬間、伸びた青の刃先が、不知火から伸びる何かを切り捨てた。
「相変わらず暴力的だな。まぁ、1本切られただけだから、良いけどよ」
悪びれる事なく、ニヘラと嗤う不知火が、だらりと両腕を下げた。
不知火の背後から、何か立ち上る気配はしたが、直ぐに霧散する。
「止めた止めた。もっと、恐い人のお出ましだ」
不知火の言葉に、皆が入り口に目をやった。
入り口の扉の前に立っていたのは最勝寺花瀬だった。
「恐いとは心外だな不知火。フリーのお前に仕事を回しているだろう。感謝されても怖がられる憶えはないと思うが…」
花瀬は、何食わぬ顔で不知火の隣に座る。
「博士、いらっしゃいませ。何時もので良いですか?」
「遊悟君、久しぶりだね。何時もので、お願いしよう」
何事も無かった様に、出て行こうとした秋子を花瀬は呼び止める。
「良い機会だ。秋子も、ここに来てくれるかい」
「ちっ、今度にして貰えません…よね」
仕方なく、本当に仕方なく秋子は花瀬の隣に座った。
役者は揃ったとばかりに、唐突に花瀬は話を始める。
「眠り病が発生した」
『眠り病』一般的には睡眠障害の一種ではあるが、怪異が絡めば霊障となり、祓い屋の領分となる。
「特段、眠り病なら大事には、至らないだろう。何が問題なんだ?博士」
不知火が、真意を問う。
「饑神が確認された。深い眠りに着く事で、餓死して死ぬ者が現れるだろう」
「また、厄介な神が絡んで来たな」
不知火は、自分が呼ばれた理由を、この時、全て理解した。
「不知火、帰るなら今しかないぞ。どうする?」
花瀬が不知火に問う。
「ご冗談を、是非、滅殺せて貰いますよ」
そう言うと、不知火拳志郎と言う名の男は、再びニヘラと嗤った。




