リーゼロッテ、西のウェザス王国でざまあする
「やあ、リーゼロッテ。ローズから聞いたんだけど、旅の話が面白いんだって?僕にも聞かせてよお。」
ちょうど魔術師団長の指導が終わったばかりの部屋に義兄のロレンツがやって来た。
「え?どういう話?どんな話?」
魔術師団長と言う役職ながら、その実まだ少年の彼イーサンはロレンツの幼馴染みである。
魔法が使える者が非常に少ないサルアール王国の由緒ある公爵家の嫡男は生まれながらにして大きな魔力を秘めていた。学業も秀でていて、普通の貴族が貴族学校に通う年に魔術師団の団長に就任したのだった。
彼の一族は一人残らず魔術師団に所属しているが、その中でも飛び抜けた魔力量な上に火水風土光の五属性を持っていた。
「お兄様、大した話じゃありませんわ。」
リーゼロッテは表情筋が動かないビスクドールの顔であしらった。
「えー、気になるよ。教えて教えて。」
「ほら、君の師匠もこう言っているし。」
ニヤリと悪い笑顔でロレンツが言う。
イーサンは魔法の考察などはこの国で右に出るものが無いほどの者だが、精神的には年よりもかなり幼い。
ふうー。と深いため息を吐いたリーゼロッテは
「では、西のウェザス王国の治療師の息子の話を致しますわ。」
「ちょっと待って。東のルートからこの国に来たんじゃないの?」
「ええ、まあリングリッドから平野を一路西に向かって進んでウェザス王国に立ち寄りましたわ。」
「え?なんで?遠回りとかじゃないよね、行く意味が無いよ。」
「有りますのよ。キョコト市国に立ち寄って教皇様へご挨拶をしようと先触れを出したんですの。ですが、運悪くその時は教皇様へご挨拶賜る時間が頂けず時間をもて余したものですから、ではウェザス王国で時間を潰そうと言うことですわ。」
リーゼロッテは顔色ひとつ変えずに言った。
「おかしいでしょ!?ずっと僕たち今か今かと待ってたんだよ。」
「それはお待たせして申し訳なかったですわ。」
全然申し訳なさそうな様子ではないリーゼロッテが重々しいい口調で言った。
「まあ、良いじゃん。それで、ウェザスでは何をやったの?ウェザスってどんな国?」
イーサンが楽しそうに聞いてきた。
そうですわね、、、
西のウェザス王国は砂漠のオアシスに出来た国である。
北のロザリア出身のリーゼロッテは抜けるような白い肌に薄い金色の髪で、これは北ではよくある色合いだ。
一方、西のウェザス王国は砂漠ということもあり、日に焼けた蜂蜜色の肌に茶色や焦げ茶の髪の人が多い。
この大陸の信仰は創生の二柱を祀る教会が大陸中を網羅しているので、一夫一婦制が基本であるが、ウェザス王国は一夫多妻制の国だった。
だからといって性に奔放という訳ではなく、逆に厳しい戒律の中女性は肌を出すことを禁じられており、体を覆う長い民族衣装と顔を覆うベールを被らないと人前に出てはいけない決まりがある国だった。
リーゼロッテ一行も、ウェザス王国に着くと、バザールという大きな市場で民族衣装を買い、リーゼロッテもベールを被った。
今回はどこに行くという予定もないので、見慣れぬバザールで異国情緒をたっぷりと楽しんだ。
すると、喧騒の中から悲鳴が聞こえた。
「キャー助けてー」
女性の悲鳴のする方を見ると、全身黒い民族衣装を着て黒いベールを被った女性の手を引っ張る男がいた。
小さく小太りな男は、西の国に似つかわしくない白金の髪と白い肌をしていた。
「あれは、どういう状況かしら?」
リーゼロッテが呟くと、護衛の騎士が女を掴んでいる小男の手を捻りあげた。
「いたたったたたた、何をする!なんの権利があって暴力を振るうのか!」
激昂した男は、その白い肌を赤く染めて暴れながら怒鳴った。
「お前こそ、女性に暴力を振るっていただろう、何をしてるんだ。」
護衛騎士はポーイと小男を転がした。
「いたたた、何をする、うーうー訴えてやるからなー。」
その小男は悪人の常套句な捨て台詞を吐いてバザールの奥に走って逃げていった。
「大丈夫?」
静かにやり取りを見ていたリーゼロッテは手首を撫でていた黒いベールの女性に声をかけた。
「あ、ありがとうございます。」
その女性は震えながらも丁寧な所作でお礼をいった。
「一旦場所を移しましょうか。」
侍女が一行に目配せすると、その女性も騎士に寄り添われてリーゼロッテの馬車へと乗せられた。
「で、いったい何があったのかしら?」
西の国で一番大きな宿の特別室へとリーゼロッテと一緒に入る。
平時のように上等なソファに腰掛け、この国で好まれているミントティを出された。
そのベールの女性は徐に黒いベールを脱いだ。
その女性は西の国らしい蜂蜜色の肌にアイスブルーの瞳、白金髪の美しい女性だった。
「私はこの国で治療師をしております、マリアンと申します。平民ですので、氏はありません。どちらかの尊い御方と存じます。この度は危ない所を助けていただきまして、ありがとうございました。」
身を小さくすぼめて、頭を下げた。
リーゼロッテは北の国から遊学に来た者と告げ、顛末を聞いた。
すると、あの乱暴を働いていた小男はマリアンが働く治療院の院長のドラ息子で、マリアンにしつこく迫っていたというのだ。
しかも、毎回治療院の新人に手を出しては自宅に囲うらしい。
「囲うとは、同居ということかしら?」
一夫多妻な国と聞いていたのだが、そんなに何人も妻を持てるのだろうか?不思議に思って聞くと
「それが、基本は一夫一婦制なんです。この国も。でも、例外的に王族と魔術師、治療師、魔法騎士は多妻が認められているのです。」
「それは、つまりどういう・・・」
「魔力のある者を増やす政策の為です。魔力の多い者は両親共に魔力持ちで有る方が優勢なので。」
北のロザリア王国の血が流れているものは、魔力がある。北の見た目である金髪碧眼や白い肌の者は必然的に魔力持ちと周りから見られて人拐いに遭う子供や女性が多く居たため、女性は髪も目も肌も隠すこの国の民族衣装が出来たそうだ。
マリアンの両親は共に西の国の生まれで魔力は無かったが、遠い先祖に北の血が流れていたようで、マリアンは魔力持ちな上に先祖返りな髪と瞳の色を持っていたため幼少期から何度も誘拐されそうになったと話した。
それに怯えた両親が、教会に保護を求めて、マリアンは成人するまで教会で暮らしていたそうだ。
治療師の勉強も教会で学び、今日初めて治療院に勤めだしたという。
「なんですの、あの小男。」
「院長の息子なんだそうです。」
「その治療院で働いておりますの?」
「いえ、彼はエドワードというらしいのですが、働いておりません、治療師ではないので。」
「・・・でも魔力はあるのでしょ?」
「彼は光属性ではないので。」
「じゃあ、なぜ治療院に?」
「さあ、そこまでは・・・」
リーゼロッテは護衛騎士と侍女とマリアンを連れてその治療院に向かった。
そして、認識阻害の魔法をかけて中へと入っていった。
「あんな女をなぜ雇うんだよー」
エドワードがギャーギャーと騒ぎ立てていた。
「お、お前また、何か仕出かしたのか?」
見るからに動揺した院長が詰め寄る。
「煩い、何かとはなんだ。」
「お前、また!!またやったのか!」
「やってない、逃げられた。」
「あの子は教会からの紹介で今日初日だったんだぞ!い、いい加減にしろ。家に何人妻がいると思ってるんだ!」
全く悪びれていない息子に院長は頭を抱えて怒鳴った。
「まだ三人しか娶っていない。まだまだ」
なぜかエドワードはニタリと気持ち悪く口許を歪めて笑った。
「いい加減にしろ、働きもしないで。お前の家族の生活費はもうこれ以上は出さんぞ。自分で稼ぐんだ!」
院長は激昂して、エドワードの肩を揺すりながら言った。
「何言ってるんだ、尊い血を繋げる事が僕の仕事だろ。あんたがもっと魔力のある女を選んでたら、僕の魔力はもっと膨大だったんだ。だから、僕は魔力の多い女とたくさん子を為してやるんだ、あんたの尻拭いをしてやってんだよぉおぉぉおおおおぉ!!」
バシっとその手を払い除け、エドワードは逆にその年老いた父親の胸ぐらに掴みかかって言った。
こんな理屈、屁理屈にもならない意見がまかり通るのかしら?
リーゼロッテはエドワードの言い草に首を傾げながら、真横で見ていた。
そしてそっと治療院から出ると、馬車に乗り平民街の中では比較的高級な地区のある家に向かった。
魔法で錠を開けて、中へと入っていくと、鉄格子の部屋に三人の女性たちが足に鉄球を着けられて閉じ込められていた。
「あなたたちは、治療院の息子に無理矢理拐われてここに押し込められた治療師の方々かしら?」
リーゼロッテが認識阻害の魔法を解いて声をかけた。
「た、助けて下さい。」
「そうです、無理矢理ここに監禁されているのです。」
「早くここから出してー」
鉄格子にすがりついてその女たちは泣きながら叫んだ。
鉄格子の錠も開け、足から鉄球を取り去る。
「じゃあ、落ち着く場所に移動して話を聞かせて下さる?」
マリアンはその先輩治療師の姿が自分だったかもしれないと思い体が戦慄いた。
それでも三人に治癒魔法をかけて体を労った。
先触れを出して、西のウェザス王国の王族に謁見を申し込んだ。
北のロザリア王国から南のサルアール王国へ公女として養子に出されるのだ、未来のサルアール王妃である。
ウェザス王は、その小さな賓客を大切に接待した。
大きなテーブルの上には子供が悦びそうな菓子が並べられていた。それは見事な菓子細工、チョコレートの滝、飴の鳥、砂糖菓子の木々の中にはクッキーのアルパカや熊やパンダが。
「王国の太陽、ウェザス国王陛下にご挨拶申し上げます。」
リーゼロッテは慣れた口上を述べ美しいカーテシーを披露する。
ビスクドールと見紛うリーゼロッテの美しい顔に、褐色肌に黒髪碧眼のワイルド美形な国王の顔も優しい面差しになる。
「よいよい、楽にせよ。本来なら歓待の宴を行う所だが、公女は七つと聞くのでな。今日はゆるりと茶会を楽しむとよい。」
そういうと、自らたっっぷり砂糖の入ったミントティを薦めてくれた。
これは、主自ら茶を振る舞うのが、最大の歓待の証というこの国の風習によるものだった。
リーゼロッテは勧められた席で茶を嗜み、周りの王族達と歓談した。
「時に陛下、発言の許可を」
「よいよい、今は茶の席無礼講じゃ。」
「はい。先日わたくし、バザールの中の治療院で不思議な光景を目にしましたの。」
「なんじゃ。」
「そこの治療院の院長は息子に胸ぐらを掴まれて魔力のある女性を拐って妻にしてもその生活費は父親が出さなければいけないと騒いでいましたわ。」
「ん?なに?」
国王は不穏に眉を顰める。
「自分が治療師になるほどの魔力を持たなかったのは父親が魔力の強い女性を選ばなかったからと。父親の尻拭いをしているのだと。多くの魔力のある子を為すのが仕事だと、そう申しておりました。」
「ほう。それで。」
「ご存じのように私の母はサルアール王国の出身ですから魔力はございません。ですが、私は比較的多くの魔力を有しておりますわ。もちろん、父親がロザリアの貴族ですから魔力があると言われたらそれまでなんですけれども、魔力の量は遺伝というよりは偶然性の方が多いのでは?と思いまして。」
「なるほど。」
「その者の自宅から三人の囚われた治癒師が発見されまして、わたくしが保護しておりますの。」
「ほお、なるほど。それは興味深い話じゃな、公女続きは別の日に然るべき場所で伺っても?」
「勿論でございます。」
そして、三人の治癒師とマリアンは王国騎士団に保護され、エドワードは誘拐暴行など多くの罪状で逮捕され処刑された。
「こ、この、ぼ、ぼくのこの血、尊、とうといちが無くなってもいいのかーーーーー手をついて侘びろーー」
斬首の瞬間まで、そう騒いでいたのをリーゼロッテは使い魔のカナブンの目で見ていた。
父親の治療院は閉鎖、父も誘拐幇助で罪に問われ、収監されたが、三人の治療師の家には少なくない金額が毎月送られており、生活も全て父親が工面していたことで、命だけは助けられた。
「へえ、そんなことがあったんだ。」
ロレンツは面白そうにリーゼロッテの話を聞いていた。
「つまり、魔力って遺伝性ではあるけどどうでるかは偶然によるんだね。」
イーサンは魔術師団長らしい点を気にしていた。
「そうですわ、だってロザリア王家の王子殿下より家の弟の方が魔力は多かったですわ。」
「それってどういうこと?」
「魔力って当てに出来ないと思いません?そんなことにかまけているより、やることがあると思うのです。」
リーゼロッテは宙をみながらそう溢したのだった。
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