リーゼロッテ、東のリングリッド王国でざまあする
「ねえ、リーゼ旅の話の続きを聞かせて。」
義姉のローズが部屋にやって来ていう。
同い年の彼女は血縁上は再従姉妹に当たるのだが、見た目は特に似たところが無い。
見た目は茶色の髪に茶色い目で普通の顔立ちながら、明るく朗らかな性格が伺い知れる優しい雰囲気を纏ったご令嬢で、義母の公爵夫人に良く似ていた。
公爵家にやって来る道中、同い年の娘にどんな嫌がらせをされるのか、その時はどう対処するのが有効か、そもそもこの屋敷に味方は居るのかなどと考えていたリーゼロッテは、一向に行われない嫌がらせ、何なら本当に妹や仲の良い友人にするような(実際リーゼロッテには友人は一人も居ないが)気安い関わり合いに拍子抜けなのである。
表面は繕っていても、心の底ではと《スキル 真実の目》を使ってみても、決して黒い斜がかからない。
今後、この気の良いご令嬢が社交の場でやっていけるのだろうか
と、心配になるほどの人の良さである。
リーゼロッテはローズに求められるままに、ロザリア王国の家族の話、王家との顛末を話したが、
「あらあら、おば様ったら随分リーゼに甘えていたのね。」
という感想であった。
「わたくしに甘えていたとは?」
不思議に思って聞き返すと、
「きっとリーゼなら何とかしてくれるという根拠の無い自信があったのね。実際何とかなって居たのだし。でも今はその頼りのリーゼが居なくなってしまって、お困りでしょうね。」
はうーと息を漏らして母の心情を思いやっているかのよう。
「随分母のことを知っておられるようですわね。」
会ったことも無い相手のことをよくそんな知ったかで言えるな!と、言外に責めるが、ローズは気にした様子もなく
「ええ、だって私おば様ともう何年も文通をしていましたもの。その手紙には、リーゼはこんなにしっかりしているとか、もうこんなこともできるようになったとか、いつも書いてあったわ。お母様もおば様の事を『本当親バカねぇー』なんて笑っていたのよ。だから私たち、想像していた通りのリーゼロッテが目の前に現れた時、感動したもの。」
コロコロと鈴の音のような可愛らしい笑い声をあげながら朗らかに笑っていた。
「まあ、お母様が。」
信じられない思いである。
「あの王宮でのやりとり、本当に面白かったわ。おば様の話と当人とではこんなに違うのねって思って。」
「え?あの話、知ってらしたの?」
「ええ、もちろん。父宛には伯爵が、母宛にはおば様が顛末を書いて寄越して、リーゼが養子に行くことになったから頼むって書いてあったわ。今度両親にお願いして、見せてもらったら良いわ。」
「ええ、そうね。そうさせて頂くわ。」
リーゼロッテは目をパチクリしながら、息を整えて答えた。
「で、で、旅でなんかあったんでしょ?その話聞かせて欲しいわ。」
ローズが身を乗り出して聞いてくる。
「そうね・・・・じゃあ、東の王国リングリッドの修道院でのお話よ。」
私たち一行は、北のロザリア王国を出発して広い街道を南下しながらこちらを目指して進んでいた。
数十の宿場を越え、ロザリア最後の森を抜けたらそこはリングリッド王国に入るという、辺境の場所
運の悪いことに、私たちの馬車の一台が泥濘に填まってしまって随分時間を使ってしまったの。
やっとの事で馬車を救出したら、もう日が傾いてしまっていた。
私たちのような者が、魔物も出る森で夜営など出来ることではないからと、スピードをあげてリングリッド王国に入ったのだけれど、その頃はもう暗くなっていて。
それで関所の兵士の計らいで、そのリングリッド王国の辺境地にある修道院に一夜の宿を求めることになったの。
その修道院は古びていたけれども、大きくて豪奢で元々はやんごとなき方の住まうお城だったそう。
「すみません、すみません。」
案内役の兵士が声をかけて事情を話してくれた。
「お困りでしたら、何もないところですけれどどうぞ」
と、修道院の院長様が出迎えてくれたの。
院長というからお年を召した方だと思うでしょ?
でも、その方はお若くて美しい碧眼の女性だったの。
修道服を着ていても隠しきれない、美しい所作やオーラのようなものが漂っていて、この古城には似つかわしく無いようだったわ。
突然の訪問にもかかわらず、私たちに質素ながらも温かい食事を振る舞ってくれて、清潔なベッドも提供してくれたの。
修道院の中は思った通り城の造りで、客室は華美では無いが設えのしっかりした家具が配置されていたわ。
「突然の訪問にも関わらず、このような歓待をして頂き院長様と神に感謝申し上げます。」
そう挨拶すると、
「まあまあ、お小さいのに立派なご挨拶ね。」
と、優しく微笑まれた顔は美しく、宗教画にある青の女神様かと見紛うほどだった。
その日は早々に、寝付いてしまって翌朝、外は暴風雨。
これでは出立できないと天候が回復するまで、そこに置いてもらうことに。
する事もないので、何とはなしに自身の闇魔術で造った切れ間に使い魔のネズミを放って城内の様子を見て歩いたの。
「ちょ、ちょっと。使い魔って何?」
せっかくのってきたのに、ローズが話の腰を折る。
「自身の魔力でネズミを模したモノを操って見たり聞いたりするのに使える道具みたいなモノよ。」
「すごいすごーい、童話の魔法使いみたいね。」
ローズが目を輝かせている。
「じゃあ、使い魔の話にする?」
まだ話し始めで、このままじゃ埒が明かないと思い問うと、
「いや、その美人の院長様が貴族か王族なんでしょ?で、どうしたの?」
勝手に話を進めて、先を急かす。
ほう、とため息を一つついて話を進める。
修道院の洗い場では、私付きの下女が修道女たちと共に洗濯をしていた。
「ここの院長様はお若くてお綺麗ですね。」
「ええ、ここだけの話、元々は貴族だったのですが王家の策謀でここに島流しにされたんですよ。」
「え?それは、どういった?」
「院長様はリングリッド王国の侯爵令嬢で、第三王子殿下の婚約者だったのですが、殿下は貴族学院で知り合った下級貴族のご令嬢との婚姻を望んで、やってもない虐めの冤罪をかけられてこの修道院に収監されたのですよ。」
「へえ、あなた、その、よくご存じですね。」
「ええ、私もその場に居ましたから。周りのみな嘘だとわかっていたのに、その場で声をあげて助けることが出来なかったのです。その良心の呵責に耐えきれず、院長様を追いかけて、私もこの修道院へと出家したのです。」
修道院の厨房では、修道女と共に私付きの料理人とメイドが料理の手伝いをしていた。
「ここは立派な修道院ですね。」
「ええ、かつてやんごとなき方が住まわれていた古城を院長様の為に修道院へと改修した所です。」
「それはずいぶん手厚いことですね。」
「ええ、院長様が冤罪で厄介払いされて、この辺境の修道院に収監されたことは今では国民がみな知っていることですから。」
「え?そんな醜聞・・・」
「そうですよ、本当にひどい話で。あたしはお嬢さ、いや、院長様が居た侯爵家からの付き合いでしてね、何も悪くないお嬢さ、院長が不自由しないようにと、一緒にやって来たんですよ。」
「なんでみんな冤罪を知っているのに、院長様がここに追いやられなくてはならないのですか?」
「なんでも、完璧なアリバイとかが有るらしいですよ。」
「じゃあ、なんで冤罪と知ってるんですか?」
「そりゃあ、虐めたと言われた時にお嬢さ、院長様はその場所に居ないのを見知っている者が大勢いるんですから。」
「・・・?」
「虐めを見た人が半分、虐めじゃない場面で一緒に過ごした人が半分と証言が二分してしまっていて、取り敢えず婚約は破棄され、王都から追い出されたが、一定の生活レベルを保証するような措置になったのです。」
うーーーーーーむ
子ネズミが盗み聞きした話でだいたいの情報は精査した。
リーゼロッテは院長様の元へと向かった。
トントン
「院長様リーゼロッテでございます。」
「はい、どうぞ。」
院長室に入ると、美しい顔が向けられた。
「院長様、不躾な質問をお許し頂けませんか?」
「どういった?」
凪いだ声で問われる。
「出すぎたこととは存じますが、わたくしは《スキル 真実の目》を持っていますの。院長様の冤罪を晴らすお手伝いが出来るかと。」
院長は碧眼の目を大きく見開きあからさまに動揺した。
そして、暫く佇んでいたが、ハッと気を取り直し私にソファを勧めると徐に語りだした。
王子とは貴族らしく政略結婚の予定だったこと。
幼き頃に院長の家柄と自身の魔力が微弱ながら光属性であり、王家に取り込みたいという王命で婚約したこと。
王子とは別に険悪ではなかったこと。
下級貴族のご令嬢は院長より多い光属性の魔力を有していたこと。
それならば、正直に話して王命を撤回してくれたら婚約を解消したこと。
虐めがあったと言われている時は、教会で慰問をしていたこと。
それを知っていた教会の関係者と治癒を受けたり見ていた人が冤罪だと言ってくれたが、認められなかったこと。
「親兄弟は私の言い分を王家に進言してくれたんですけれど、私が確かにそこに居たと証言する者も多くいて」
「どこにいて、何をしたんですの?」
「彼女を亡き者にしようと階段から突き落としたそうなんです。」
「そこに、院長がいたと?」
「ええ、私は特徴的な髪色ですから間違いないと。」
そういうと、院長は被っていたベールを脱いだ。
彼女の髪は白をベースに七色に輝いていた。
「他の色なら染め粉で染めたりするかもしれないがこの髪色は真似できないと、本当にそこに私がいたと教師も多くの生徒も言うのです。」
そうして、知らぬところで殺人未遂を行ったと憲兵が侯爵家にやって来て逮捕されたという。
そこで、その日は登校していない事、教会の慰問をしていたことを侯爵が証言者を連れて王宮に詰めかけ、暫く謹慎の後、裁判もなく表向きは真偽不明、家門の罪は問わないからとこの古城に幽閉されたらしい。
臭いものに蓋 きっと王家の策謀なんでしょうね
力無く笑い全てを諦めた顔をする院長をジッと見つめる。
「それで良いんですの?」
「だって、しょうがないもの。」
「何がしょうがないと?」
「王家に逆らうことなんて、できないわ。」
「創生の二柱はその嘘をお認めになるのかしら?」
「始めは毎日毎日祈っていたわ、神様私の無実を証明して下さいと。でももうその気力も無くなったわ。」
「本当に良いんですのね、私なら冤罪を証明できますのに。」
子供特有のしつこさで食い下がる。
院長様は目を閉じて、沈黙した。
数分か数十分か、数時間か
ことの他長い沈黙の後、碧眼の目をカッと見開いて院長が告げた。
「王子に、王家に、キッチリと謝罪させたいですわ。」
先触れを出して、返事が来ると、リーゼロッテ一行はリングリッド王国の王宮へと向かった。
北のロザリア王国から南のサルアール王国の公爵家に養子として迎えられる。
それはリーゼロッテが魔力保持者であり、いずれサルアール王家に輿入れするのだと言うことは自明だった。
今は齢七つの小娘だが、間違いなく未来の王妃となるその人である。
リングリッド王国では国賓として迎え入れた。
王と王妃、三人の王子達と高位貴族が迎え入れた。
リーゼロッテの傍らには修道服姿の院長が付き添っていた。
「な、ん、なぜお前が。」
第三王子が声を上げる。
院長は何も答えず、リーゼロッテの側に寄り添っている。
「王国の太陽、リングリッド国王陛下妃殿下にご挨拶致します。」
リーゼロッテはその麗しい顔と美しい所作で挨拶の口上を述べた。
謁見の間にいるリングリッド王国の王族貴族は、気もそぞろに院長を窺いみる。
「これは公女、挨拶承った。楽に。さて、なぜそこに修道女が?」
王が尋ねる。
「はい。先日、王国に向かう道すがら夜間となったところをこちらの院長様の修道院に宿を得まして、助けて頂きました。そのお礼にご一緒した次第です。」
「それは、善き計らい。神の花嫁としての務め大義であった。」
王がなぜか偉そうに院長を労う。
「国王陛下、此度の謁見にてご覧いれたい事がございます。」
「なんじゃ、申してみよ。」
「はい。ご存じのように、わたくしはロザリア王国出身が故、少しですが魔法が使えます。それをお見せしたく存じます。」
自分の特技を自慢したいのかとそこに居た大人達はみな思った。
誉めて持ち上げてやって気分良く帰ってもらおう。
「了、見せてみよ。」
リーゼロッテは足に力を込めて精一杯踏ん張った。すると地の割れ目から黒い塊が出てきた。更に力を込めて魔法を詠唱をすると、なんと七色に輝く髪に碧眼の女性になった。
「な、なにー」
「ど、どういう」
「これは一体?」
そこに居合わせた高位貴族が口々に騒ぎ始めた。
「ふうー。これは使い魔の魔法の応用ですわ。光か闇の属性の魔力を持つものなら練習次第で出来るようになりますわ。」
リーゼロッテは疲れを見せながらも、その場の者に説明をした。
「これはどういう事ですかな?」
院長の横に、ある貴族男性が並び立った。
「侯爵、王の御前であるぞ、控えよ。」
第三王子が前に進み出て慇懃に声を上げる。
「第三王子殿下、我が娘は教会で慰問をしていたのです。それはこの王国の司祭も証言している。治療を受けた者も十人も二十人もいる。但し、このような使い魔を造れるほどの魔力はうちの娘には無いのです。あれは人の傷を癒し、痛みを緩和する程の力のみ。件の令嬢は段違いの魔力保持者とか。その件をもう一度お調べください。」
「何をこのような場で。不敬であるぞ!」
焦り怒鳴り散らす第三王子。
「サルアール王国の公女リーゼロッテがお伺い致します。」
リーゼロッテがズイズイと前に進み出た。
「お、おお、見苦しい所を。侯爵、その件はまた。公女なんじゃ。」
王が侯爵に目配せをして、リーゼロッテに媚びた笑顔をみせた。
「わたくし、魔力の他に、《スキル 真実の目》も発現しておりますの。そちらを使ってこの有り様を見渡せば、侯爵様並びに院長様は真実、第三王子殿下は真っ黒黒の斜がかかっておいでで、もう表情もお見受けできません。」
「それはどうい言うこどじゃ」
「第三王子殿下が嘘を述べているということでございます。もし私のこの発言が信用できないのなら、北のロザリア王国の王族に確認されたらよろしいかと。《スキル真実の目》はロザリア王家が認めたモノなればこそ。」
リーゼロッテはそういうと薄い微笑みを浮かべてカーテシーをした。
魔力が枯渇して久しいのはサルアール王国だけではない。
リングリッド王国でも、魔力を持つものは貴重で出来るだけ王家で囲いたい。
第三王子は横恋慕した下位貴族の令嬢と婚姻したいが、王家として院長も囲っていたい。
そういった、酷い思惑の下行われた、断罪劇だった。
リーゼロッテのスキルを嘘だとすると、ロザリア王家に楯突くことになる。まして、サルアール王国の未来の王妃になる者のスキルを否定することなど、リングリッド王家としてもできない。
その後、下位令嬢と第三王子と、その取り巻きや側近をリーゼロッテが真実の目でもって断罪し、晴れて院長様は無実となったのである。
「リーゼロッテ様、本当にありがとうございます。」
「いいえ、よかったですわね。でも院長様は良いんですの?」
そう、院長は侯爵令嬢には戻らずそのまま辺境の修道院の院長を続けることとなった。
「ええ、これからも私のような冤罪で断罪されるご令嬢が出るやもしれません。そんな時に駆け込める場所として有りたいんですの。」
「ではその時はお声かけ下さいな。わたくしの《スキル 真実の目》で嘘を暴いて差し上げますわ。」
リーゼロッテが悪役っぽいニヤリとした笑顔で告げた。
その後、リングリッド王家は貴族院決議により、第三王子は身分剥奪の上幽閉(後毒杯)、下位貴族の令嬢はある特別な娼館でその血脈を増やす為に囚われ、王と王妃は退位となった。
「院長様、今どんなお気持ちですの?」
「ふふふ、そうね、ちょっと言葉は悪いけれど、ざまあですわ。」
「へえー、それで急にあの国の王様代わられたのねー。リーゼロッテ大活躍ね。」
楽しげにローズが感想を述べると、
「そんな簡単なことでは無いいわ。王家ってどこも権謀渦巻くところなのよ。」
ふうー。と深いため息をリーゼロッテはついた。
リーゼロッテの悩みは尽きないのだった。




