ローズの婚約
リーゼロッテのざまあ旅の始まりです。
貴族学校では相変わらず思いもしなかった楽しい自由時間を過ごしていたリーゼロッテたちが二年に進級した。
ヘンリーとリーゼロッテの行く末を案じて停滞していた、多くの貴族の子息令嬢が次々と婚約していった。
その中に、あの”真実の愛”騒動に巻き込まれた不運な侯爵令嬢とヨーゼフも含まれていたのだが。
夏休み前に、何の前触れもなく公爵家令嬢のローズの婚約が発表された。
「ええ?急だな、ローズ。」
生徒会室に後からリーゼロッテと共にやって来たローズに、ヘンリーが声をかけた。
「いえ、別に急ではありませんよ。私が生まれる前からの話でしたもの。」
二人は会議用のテーブルに座ったヘンリーの向かい側の席につくと、ローズが軽く言った。
「どういうことだ!?ロッテは知ってたの?」
ヘンリーが驚きながらリーゼロッテに目を向けると、リーゼロッテはいつもの無表情な顔で頷いた。
「まあ、王太子殿下ともあろう人がご存じないんですの?」
ローズはやれやれとため息混じりに話し出した。
王太子が生まれる前、なかなか懐妊の兆しが見えない王妃に代わって、王家に魔力持ちを加えるために、
ロゼリア王家に王女が嫁いだ。王女の生んだ子は男女どちらでも継承権を持つためロゼリアからサルアール王家へは養子縁組できないが、お付きの者としてロゼリア王国の貴族に嫁いだ者の子を公爵家の養子とし、その子がサルアール王家へ嫁ぐという契約を教会を保証人として結んだ。
急遽王女のお付きとして他国に渡り、ロゼリア王国の貴族と婚姻する家格が釣り合う高位貴族の娘の算定に入ったが、多くの者はもう既に婚姻しているか、婚約者が居た。
しかも、どの貴族もあまり積極的ではない。
下位貴族であっても、『娘の体が弱いから』だの、『ロゼリアの言語ができないから』だの、言い訳を捏ねては煙に巻く。
それはそう、サルアールの国民に魔力が無くなって久しい。
しかし、そこは地の利も有り創意工夫もあり、経済は発達し不足無く、むしろ豊かに暮らしているのだ。
なぜ、寒さと危険のある、貧しいと聞く北の国へとわざわざ嫁がなければならないのか、魔力が無くて何が困るのかと皆心の中では思っているのだ。
そろそろしょうがないから最終兵器の王命でも出すかという頃、
公爵夫人の母親の実家である、南の海辺、辺境を大領地とする辺境伯爵家の娘が承諾してくれたのだった。
ここの伯爵家は大きな貿易港の整備も進めていて他国への理解も深く、更に高位貴族には珍しい兄弟姉妹が八人もいる多産の家系だった。
しかも貿易に力を入れていることから語学も堪能で、家柄にも問題がない。
そんな訳で、リーゼロッテの母親がロゼリアに嫁ぐ事が決まったのだった。
その時、当主である辺境伯は王家に注文を付けた。
「娘が生んだ私の孫がサルアール王家に嫁ぐのと同じく、王家の血を引く娘が生まれた暁には我が家へと降嫁願いたい。」
辺境伯家に王家の血が流れることで、領地がより強い力を持つことになるのは明白、しかしそれは王家にとっても悪い話ではない。
他に適任者が居ない状況でもあり、王家は辺境伯の申し入れを快諾したのだった。
現在の王家にはヘンリー王太子しか子が居ない。
王弟である公爵とその子供、ロレンツとローズも王位継承権を持っている。
その中、南に嫁ぐことができるのはローズだけであった。
「だからローズはお見合いとか一切してこなかったのか!」
ヘンリーが自分とリーゼロッテ以外にも生まれる前からの柵があったことに驚きつつも、ちょっと斜め上な感想を述べた。
「そうよ。幼い時はちょくちょく遊びに行っていたし、いつ婚約発表するのかしらって思っていたけれど、殿下のヘタレが酷くてずっと発表できなかったのよ。」
ローズは柔らかな可愛らしい顔で優しい声色で毒舌を吐くのだった。
「そ、それは申し訳なかった。では、納得して嫁ぐのだな?大丈夫だな?」
ヘンリーが謝りながらも、ローズの心持ちを気にして聞いてくる。
「うーん、卒業記念パーティで殿下が言った、貴族社会では決められた契約を履行するのは当たり前でしょ?そこに私の気持ちって必要ないでしょ。納得しているかどうか、なら、しているわ。そういうモノだと思ってずっと生きて来たんだもの。ねえ。」
ローズは顎に人差し指をやって、不思議そうな顔で言うとリーゼロッテを見た。
リーゼロッテはいつもの麗しのビスクドールな顔でコクンと頷いた。
「え?ロッテまで。そんなー。」
「うーん、殿下それはどういう気持ちの発露ですの?」
リーゼロッテが正直わからないわという目を向けて聞いてきた。
ローズは生温かい目線でヘンリーを見ながらうんうんと頷いていた。
夏休みに入ると、公爵と夫人、リーゼロッテと共にローズが婚約式を挙げるため南の辺境伯領に向かうことになっていた。
王都は国内の比較的北側なので、南の半島の先端まで行くのは馬車で二週間はかかる長旅だ。
王都の屋敷には嫡男のロレンツだけが残って公爵代理として仕事をすることになっていた。
「長いー。ロッテが居ない時間が長いー」
「そんなこと言ってもしょうがないでしょ。宰相の仕事も宰相補佐と共に殿下が担うのでしょ?」
グズグズと泣き言をいうヘンリーを宥めながら、ロレンツが苦笑した。
「ロレンツは行けなくて残念だな。」
「いや、それは仕方がないよ。娘の婚約式だし、父が行かないとね、とは言え、誰も残らない訳には行かないよ、問題があった時に領民が困るからね。」
「ところで、ロレンツは婚約はまだなのか?」
「いやいや、国策の妹二人の婚約が恙無く整ってからでないと何かとね。」
ヘンリーの何気ない言葉にロレンツがからかうような口調で返す。
「!!!」
ヤブヘビだったと、ヘンリーが顔を赤くして悶えたのだった。
公爵家一行は王都から南の辺境伯領へと続く道を一路進んでいた。
とは言え、女性が多いのでのんびりと他領の宿場町に立ち寄りながらのゆったりした旅路である。
「久しぶりの旅でしょ?リーゼ」
「そうですね。この国に来てからは初めての長旅です。」
「リーゼと一緒だとなにか起こるかもしれないわね。」
「そうね、フフフ。」
いつもの表情のない顔のリーゼロッテと、楽しそうな公爵夫人とローズ。
「今回はローズの婚約式がメインだからな。何事もないことを祈っているよ。」
面倒事に巻き込まれるなんて縁起でもない、という顔で言った。
「ええ、そうですわ、お義父様。」
リーゼロッテは抑揚のない声で答えたのだが・・・。
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