ヘンリーの奇策
「少し、公爵と話がしたいので寄らせてもらおう。」
ヘンリーはまだ王族の仮面を被ったままのような口調でリーゼロッテに言った。
公爵邸に着き、御者が先に王太子が公爵に面会したい旨を告げる。
程なくして許可が取れると同時に、リーゼロッテをエスコートして屋敷に入ってくる。
ヘンリーは面談室に通されるが、リーゼロッテはお召し替えへと侍女に連れていかれた。
応接室に紅茶の香りが漂い、勧められるままに口をつけると、公爵と公子のロレンツ、そしてなぜかイーサンが一緒に入ってきた。
「お待たせして申し訳ない。殿下、急ぎの用とは侯爵令息の件ですかな?」
影が連行するのと時を同じにして、先に王宮と公爵には伝えてあったので帰りに立ち寄ることは折り込み済みだったのだろう。
「学校内でのこのような騒ぎにリーゼロッテを巻き込んでしまった。申し訳ない。」
普通は伯父とはいえ臣下に頭を下げるなど言語道断というのが正しい王族仕草であるが、ヘンリーは何度諌められても間違いを認めたら謝ることを止めないでここまで来たのだった。
自分が無理に貴族学校に誘ったことでつまらぬ噂を立てられ、挙げ句リーゼロッテに不快な思いをさせたことを素直に親に詫びた。
「殿下、気持ちは受けとりますが、王族が頭を垂れてはいけませんぞ。」
公爵はついついいつものフレーズを口にした。
「で、処罰はどうするの?」
ロレンツが聞いてくる。
「うむ、少し気になる発言もあった。自身と教会が王家より優位であるような。またリーゼロッテを伯爵令嬢と見下し公爵家の令嬢としては扱わないと喚いていた、あの家門の考えだとしても見過ごせぬから、キチンと尋問をして、関係を洗った後、然るべき処遇を与えるつもりだ。」
ヘンリーの滅多に見せない為政者然とした物言いに、ロレンツが目を見張る。
「あそこはサルアールの北の辺境が領土で、キョコト市国とも近い。しかも治癒師の家門だ。それは、なんか臭うな。魔術師団から精神干渉魔法を派遣しよう。」
イーサンがニヤリと笑うと魔術師団長の顔で言った。
「やはり、教会からの干渉が入りましたか。」
公爵は顎を撫でながら、思案顔をしていた。
すると、トントンとノックがあり、リーゼロッテが着替えてやって来たことを侍女が告げる。
「殿下、お待たせして申し訳ございません。義父様義兄様、あら、イーサン様もお出でしたか。ただ今戻りました。」
比較的楽なデイドレスに着替えたリーゼロッテがいつもの表情の無い顔で挨拶をした。
「リーゼロッテ、大丈夫か。」
公爵はリーゼロッテに心配顔を向けた。
「ええ、全く。手首を掴まれた瞬間、殿下が助けてくださいましたから。しかし、彼の方は貴族社会のルールやマナーを全く理解しておられぬようで、話が噛み合わず驚きましたわ。」
珍しくリーゼロッテが小首を傾げて話していた。
「ああ、あの家は魔力と教会の血統主義なんだが、彼は嫡男ながら治癒の魔法が使えないんだ。
コンプレックスの裏返しか、魔力のある者を敵視してるんだ、子供の頃は僕もよく絡まれたよ。」
イーサンは昔からの知り合いのようで、彼の様子を思い浮かべ嫌そうに言った。
「兎に角、リーゼロッテに二度と近寄らないよう処罰を与える。安心してくれ。」
ヘンリーがリーゼロッテの目を見て言った。
「さて、公爵。リーゼロッテも。ここにイーサンも居ることだし、聞いて欲しいことがあるのだが。」
ヘンリーが佇まいを正して言った。
「何か?」
公爵が聞き返し、その場の全員がヘンリーを見る。
「リーゼロッテ、私たちももう後二年で成人だ。」
「ええ、そうですわね。」
「私と直ぐにでも婚約を結んで、卒業と同時に婚姻式を挙げたい。
今回のような輩がこれからもそなたに群がる、それからそなたを早急に守りたい。
色々思うところがあると思う、私と一緒になるということはサルアール王家に繋がり、王妃として国母として国を背負う者である。
リーゼロッテなら、何処にも行ける、何者にもなれるだろう。
本来なら、そなたが住みたい場所でしたいことをさせてやりたいと思っている。
が、私はただ一人の王子でな、残念ながらその責務を放ることは出来ない。
リーゼロッテが私の手を選んだなら、そなたには他のことを諦めさせてしまうことになる。
それは非常に心苦しい。だから、王命は決してそなたには出さぬと誓おう。
その上で、どうか私の、足りない私の手を取って貰えぬであろうか。」
そういうと、ヘンリーは胸の内ポケットから手紙を出して、公爵に渡した。
「え、なんですかな。これは。」
公爵はその手紙の中を見ると、少し焦ってヘンリーに聞いた。
「釣書だ。婚約のお願いに参った。姿絵は無いが、本人がここにいる故、直接見てもらえばよいかと。」
ヘンリーは何を言っているのだ、と大層真面目な顔をして答えた。
「「ブブブーーーーー、ククッワーハハハハハ」」
その様子にたまらずロレンツとイーサンが腹を抱えて笑い出した。
「な、なんだ。どうした?笑うことなかろう。」
ヘンリーが笑い転げる二人を非難する。
「クククッ」
公爵もたまらず笑い出した。
「なぜ、公爵まで。何がおかしい。」
「殿下、なぜ釣書を?」
リーゼロッテがいつもの抑揚の無い声で聞く。
ヘンリーは眉を下げて困り顔をしながら、
「王命でなく、他の婚約の申し込み者と同じようにリーゼロッテに申し込みしたかったんだ。
イーサンもしたのだろう。
そして、リーゼロッテが納得するよう吟味して自身の行く末を選べばいいと思うのだ。
できたらそりゃ私を選んで欲しいと思うが、結果は甘んじて受け入れようと思う。」
リーゼロッテは薄く口許に微笑みを乗せて一つ頷いた。
そしてヘンリーの釣書を公爵から受けとるとゆっくり中を検めた。
「お義父様、わたくしこの方の元へと嫁ぎたく存じます。」
リーゼロッテが手紙をキチンと封に戻して、公爵に手渡して言った。
「え?」
ヘンリーが間抜けな声を上げた。
「良かったなー!奇襲作戦成功だな!」
ロレンツがガハハと笑いながら、ヘンリーの背中をバンバンと叩いて喜んだ。
「いやー確かに、この奇襲作戦は参ったね。」
イーサンもお手上げと言いながら、従弟の蛮勇を称えた。
「では、リーゼロッテ。こちらの婚約を進める。イーサン、申し訳ないが、これは我が公爵家の決定である。悪く思わないでくれ。」
公爵も満面の笑みでリーゼロッテとイーサンに告げた。
その後、帰宅した公爵夫人とローズにも失笑されたヘンリーであった。
公爵邸のティルームに場所を移して、リーゼロッテとヘンリーがお茶会をしていた。
「リーゼロッテ、なんかまた間違えたようで、スマン。」
先程まで従兄弟たちにさんざん笑われたヘンリーが項垂れている。
「どうしてですの?」
リーゼロッテはいつもの麗しのビスクドールの顔を向けて聞いた。
「なにか、もっとやりようがあったのかもしれないが、私には思い付かなかったのだ。」
情けない顔をして上目使いでリーゼロッテを見る。
まるで叱られた子犬のようである。
「殿下の」
「ヘンリーと。」
リーゼロッテの言葉に被せて名前で呼ぶように強調する。
「フフ、ヘンリー様の言葉、嬉しかったですわ。ご自分のことをよく理解している中で、最大限にわたくしを尊重して下さったでしょ?とても心に染みますわ。二度目です。」
リーゼロッテの口元が弧を描いて笑って答えた。
あの!あの!リーゼロッテが小さいながらも声を上げて笑った!
ヘンリーはその状況に夢か、天に召されるのかと気分が高揚して浮かれた。
「え?二度目とは?」
ヘンリーが有頂天になりながらも聞き返すと、リーゼロッテが切り裂いた空間に手を突っ込んで何かを取り出した。
《安息の場が出来て何より。暫し休め byヘンリー》
ヘンリーはその小さな古ぼけたカードを渡された。
それは、ロゼリア王国で母に抗議の意味を込めて、わずか三つで魔法を使い闇の中に逃げ込んだという話をローズから聞いたヘンリーが公爵家のクリスマスプレゼントに紛れさせて送ったいつぞやのクリスマスカードだった。
まだ見ぬ婚約者(仮)が不遇の中で安息の場を見つけられたことを慮ったのだったが、これも他の者からはさんざん意味がわからないと非難されたものだった。
しかし、ロゼリア王国で一人怒りに震えていたリーゼロッテには、我が意を得たりと思えたのだ。
自分の不出来ではなく非難されるような場所から安住の場へと逃げ込んだことに気がついてくれたのは、会ったこともない王子様だった。
リーゼロッテの一番大切な宝物になり、妹に取られぬように空間に保管していたのだった。
そして、このカードがきっかけで、いつかロゼリアからサルアールへと自分が嫁ぐのだという決意に繋がったのだが、そこまでを話すリーゼロッテではないのだが。
「リーゼロッテが喜んでくれたのなら、何よりだ。」
ヘンリーがへにゃりと笑った。
「ええ。ヘンリー様、わたくしのことはロッテとお呼びください。」
リーゼロッテが愛称で呼ぶ許可をした。
「!!!!ああ、ああ。ロッテ。」
「はい。」
「ロッテ!」
「はい。」
「ロッテ!!」
「はい、ヘンリー様。」
リーゼロッテは麗しの顔に微笑を乗せて返事をしたのだった。
お読みくださいましてありがとうございました。
誤字誤謬があるかもしれません。
わかり次第訂正いたします。
いいねなどいただけますと励みになります。
よろしければお願いいたします。




