ヘンリー対イーサン
ヘンリーの心中です。
「だから、陛下どうするのかをもう決断しなければ他の者も婚約に至れないのですよ。」
宰相でもある公爵は兄である国王に詰めよっていた。
「そうだな、予てより陳情で上がっていた通りだな。」
国王は眉を下げて困り顔である。以前から、王太子がリーゼロッテと婚約を結んでないことで、他の貴族も
同じ年頃の令嬢令息の婚姻を結び辛いと苦情が上がっていた。
もし万が一、別の相手をと探した時に年頃全てが売約済では不敬に当たるのでは?と。
王家は別段気にするなと言ってはいたが、面子の問題もあり現在のサルアール王国は婚約待機者が列をなしていた。
「では、どうするのですか?」
公爵はなぜ兄がリーゼロッテとの婚約に消極的なのか理解し難かった。
「うーん、そうは言っても我が国としては迎えないという理由は一つも無いが、王命でも出してリーゼロッテが拒否したらどうするのだ。」
国王が言い訳じみたことをボソッと言った。
「え?」
公爵は聞き間違いかな?と聞き返すと、
「リーゼロッテにサルアール王家なんて嫁ぐの嫌ですわ、なんて言われたらどうするのか!?と言っておるのじゃ。」
国王が今度はハッキリとした口調で言った。
「そんな、リーゼロッテは自身の立場をよく理解しております。確かに初顔合わせの時には婚約する理由を尋ねたりしましたが、それは周辺国や教会とこの国の問題解決に、”魔力のある子の誕生だけではすまないぞ”という助言だったのです。」
「わかっておる。魔力が多いからとかスキルがあるからではなく、リーゼロッテは得難い人物であると思っておる。だから、この国のためには是非とも王家で迎えたい。しかし、無理強いして逆に嫌がられて出ていってしまったらどうするのじゃ、あやつを娶りたい家門や国はいくらでもあるのじゃぞ。」
国王は苦虫を噛み潰したような苦々しい顔を公爵に向けた。
「じゃから、ヘンリーが自身の力でリーゼロッテを得るようにと、王妃と共に願っておるのじゃ。」
「ああ、そういう。そうですね、ローズもヘンリー様の頑張り次第と申しておりました。」
公爵も甥の初恋が成就するのを願わずにはいられないと思った。
「ねえ、殿下にお目通り願えるかな?」
王太子の執務室に珍しい来客があった。
「なんだ、イーサンとヨーゼフじゃないか。二人でとは珍しいな。」
ヘンリーがソファ座るよう促すと、侍従がお茶を出した。
「で、どうした?何か起きたか?」
少し緊張感を持ってヘンリーが声をかける。
「いや、今のところ魔術師団に特に問題はないよ。」
イーサンが麗しの顔を向けて答える。
「じゃあ、なんだよ。どうした?ヨーゼフ?」
いつも軽口を叩いてくるヨーゼフの口数が少ないことを不思議に思い声をかけると、
「殿下、リーゼロッテ様の噂って知ってる?」
怖々と口を開いた。
「リーゼロッテの噂?はて、なんのことだ?」
「リーゼロッテ様が王家との婚姻を取り止めて、貴族に嫁ぐようだと今、王国の貴族の中で噂になってる。」
ヨーゼフが急に声を張って言った。
「ええ?そんなこと学校でお前言ってなかったじゃないか!」
あまりな内容にビックリしすぎてヘンリーは立ち上がって言った。
「俺だって知らなかったんだよ。家に帰って兄貴から聞かされたんだ、噂を。それで」
「私が、公爵家の嫡男として、リーゼに婚約の打診を本日行った。殿下には伝えといた方が良いかと思ってね、愚弟と共に参ったのですよ。」
ヨーゼフの言葉を遮り、イーサンが告げる。
普段は決して貴族然とした振る舞いをせず、魔術師団長として自由に振る舞っているイーサンだが、今日は顔つきも声も発言も、公爵家の嫡男として相応しい振る舞いだった。
「え?なぜ?」
ヘンリーから弱々しい言葉が漏れる。
イーサンもヨーゼフも、何ならロレンツもローズもみな従兄弟である。
幼少期から共に過ごしてきた親しい者たちである。
そして、みな早くよりヘンリーにはリーゼロッテという許嫁がおり、結婚することが決められていると知っていたのである。
それが、なぜ横から拐おうとするのか?
ヘンリーは信じられない面持ちでイーサンを見つめた。
「どこかの誰かに取られる位なら、僕が娶ろう。それがこの国のためでもある。」
イーサンは全てを知る賢者のような面持ちで答えた。
それだけ告げると、引き上げていく二人をぼんやりと見送る。
自室に戻り、ソファに項垂れながら腰かける。
ヘンリーは自分が周りの期待に応えられて居ないことをよく知っていた。
父と母の婚姻で期待されたような母の魔力を引き継げなかった時の両親の、側近の失望を感じていた。
勉強も出来なくはないが、期待されるほどではない。
剣技や馬術も出来なくは無いが、そこそこ。
キラリと光るインスピレーションなどもなく、どちらかというと頭が固い方なので、新しい取り組みを理解するのに時間がかかる方だ。
見た目も、絵に描いたような王子然としているのは従兄のイーサンで、ヘンリーは茶色い髪と目のこの国の標準な色合いで、見た目すらモブ感漂うのも自分らしいと思う。
リーゼロッテは全く逆で、なんでも出来てしかも極める天才肌である。
期待された魔力も期待より多く持って生まれ、スキルも発現した。
その美貌たるや、万人が認める、類をみない美しさである。
それなのに、出生地のロザリア王国では年子の妹に全てを奪われていたという。
しかし、そこで腐らず実両親とロザリア王家に一泡吹かせると、自分を蔑ろにした国を捨ててサルアール王国にやってきた。
妹を庇う母親に嫌気がさして、書庫に閉じ込められた時に初めて魔法を使って、誘拐騒動を起こした話をローズから聞いた時は、まだ見ぬ婚約者(仮)の逞しさに憧れを抱いたのだった。
王命での婚約が棚上げされて久しい。
自分達も後二年で成人で、女性は貴族学校を卒業と同時に結婚することも少なくない。
もう猶予がないんだな・・・
ーどこかの誰かに取られる位なら・・・ー
イーサンの言葉を木霊のように反芻する。
実際、イーサンとリーゼロッテの子であれば、次世代に魔力は引き継がれる公算が高い。
家格にも問題がない。
二人とも魔法に長けているので、話もよく弾んでいた。
見た目は物語の主人公のように金の髪に青い目の二人はお似合いだ。
考えれば考えるほど、自分よりイーサンの方がリーゼロッテに向いているような気がしてくる。
それでもリーゼロッテがイーサンのモノになるなど、考えるだけで気が狂いそうになる。
嫉妬の炎に胸を焦がされつつも、どうしたらいいのか身動きが取れない。
一晩中悩み悲しみに打ちひしがれ、朝稽古に向かう。
魔術塔に通っている時に、デモンストレーターとして無様な姿は晒せないと始めたが、その後もライフワークのように続けている。
王城の外周を走り込みした後、剣の素振りをする。
騎士の稽古場で打ち込みをすると、登校の時間だ。
急ぎ、汗を拭い服を着替えて、馬車でリーゼロッテ(とローズ)の迎えに向かう。
いつもはリーゼロッテに会えるのが嬉しくて早く会えないかと楽しみな道中が、今朝はやけに重くヘンリーにのし掛かって来るようだった。
公爵邸に着くと、リーゼロッテ(とローズ)をエスコートして馬車に乗る。
なんと口火を切ろうかと、思案してる間に無情にも学校に着いてしまったのだった。
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