リーゼロッテ、大量な釣書が届いて大変なことになる
「ですから、家内では家令と侍女頭、メイド頭の選出が非常に重要になってきます。」
なるほど、確かに領地を任せた家令に横領されるなんてよく聞く話だわ
リーゼロッテは今、家政学の授業を聞いていた。
非常に面白い。
これまで学んできた、語学や歴史、経営、法学、算術、神学などとは違い、この貴族学校は貴族が自分の家を、家門を運営するのに必要なことを学ぶ場であった。
王族に嫁ぐことが決まっていたリーゼロッテは早くから王妃に成るための教育はされてきていたが、現在サルアール王家との婚約の話は棚上げ状態である。
教会や周辺国との関係が変わり、リーゼロッテが王家に嫁ぐ必要性が無くなったならば、リーゼロッテはどこかの貴族に嫁ぐかもしれない。
そうしたら、家政学や社交術などを学んでないのは失態である。
貴族学校に通って良かったわ。
確かに、何でも知っているつもりになっていたけれど、ヘンリー様が言うように全然足りなかったわね。
「リーゼ、随分熱心ね。」
授業が終わっても、ノートにメモ書きをしているリーゼロッテにローズが声をかけた。
「ええ、わたくし今まで家政学は学んで来なかったのでとても新鮮ですわ。」
リーゼロッテがメモの手を止めて、ローズに向き合い言った。
「あぁそうね。リーゼは最初から王宮で教育を受けたのだったものね。」
「そうなんですの。でも、このまま行けば必要なことでしたわ。ヘンリー様に学校に通うべきだと言われたのは本当にその通りだと思いますわ。わたくし、驕ってましたわ。」
リーゼロッテが神妙な顔つきで言う。
「え?え?どういうこと?」
ローズがなんか変な方に考えが流れて行ってるぞーという予感のもと聞くと、
「このまま王家との婚約が流れれば、どこぞの貴族家に嫁ぐことに成るのですもの。」
元々はロザリア王国の伯爵家の生まれであるが、婚姻契約によって生まれたリーゼロッテは特別な育ちをしていた。
リーゼロッテの乳母は王家から派遣され、四つになると王宮で王族の学ぶ教育を施されていたのだ。
だからマナーやダンスなどもきっちりと習得している。
しかし、領地の経営や家内の運営についてのような貴族の子女が学ぶようなことは全く知らないのだと、リーゼロッテはローズに語った。
「んーと、どうしてそう思ったのかしら?っと、ここでは何ね、食堂のサロンに行きましょうか。」
そーっと周りを見回すと、回りの女生徒が無表情な仮面を被りながら聞き耳を立てているのがわかった。
リーゼロッテを連れて、食堂の個室サロンを借りるとソファに向かい合って座った。
「ねえ、リーゼ。先程のお話だとリーゼはどこか別の貴族家に嫁ぎたいの?」
ローズが極めて冷静な声で聞いた。
「いいえ、まだそういったことは考えてないのだけれど。でも学校を卒業して成人した頃には、さすがに王家との婚姻がどうなるのか決まるでしょう?それから嫁ぎ先を決めるなら貴族家になるでしょ?嫁いでから何も出来ないでは申し訳ないもの。学ぶ機会がこうしてあって良かったなと思っただけですわ」
リーゼロッテはいつもより少しだけ眉尻を下げた表情で言った。
「そうなのね。でもリーゼ約束して、そのことは公爵邸以外で二度と口にしてはいけないわ。わかった?」
ローズは両手の人差し指を交差してバツを作り、リーゼロッテに言った。
「そうなの?わかったわ。でもどうして?」
リーゼロッテは表情の無い顔で答えた。
「それはね、周りに漏れたら大変なことになるからよ!」
ローズが確信に満ちた顔つきでリーゼロッテに言った。
そうは言ったが時既に遅し。
家政学の授業後のやり取りを聞いていた女生徒らの話は学校中を密やかに駆け抜けた。
数日もすると、公爵家にはサルアール国内の年頃の息子を持つ家々から婚約の申し込みの釣書が次々と届くことになった。
「何をどうしたら、こんなことに!?」
公爵が驚いて、リーゼロッテとローズを執務室に呼んだ。
公爵の執務室の机には届けられた釣書と姿絵が積み上げられていた。
「あーらら。」
それを一目見てローズが声を上げた。
公爵はちらりとローズを見ると、眉間の皺を手で揉みながら質問をした。
「これはどうして起こったと思う?」
リーゼロッテとローズの顔を交互に見る。
「やはり、家政学の後の話が広がったのね。」
ローズがやれやれといった様子で答えると、公爵が目で詳しくと催促をした。
「リーゼロッテは家政学の授業をとても真面目に受けていて、もし王家に嫁がないならば必要なことに気がつけて良かった、ヘンリー様が知識たまだまだ足りないと言ったことは正しかったと感想を述べたのよ、授業の後に。」
ローズが端的にこの騒動のスタートを公爵に言うと、リーゼロッテも
「そんな話もしましたわね。わたくし、社交術や貴婦人の手紙の返事の書き方などの授業も非常に興味深く学んでおりますわ。」
と、話を繋げるが、騒動には頓着無い様子である。
「ハアアアアー。なるほど。その話に尾ひれがついて広がって、王家との婚約が無くなったからどこかの貴族に嫁入りする先を探している、というこどになったのだね。」
公爵が長い長いため息を吐いて、高く積み上げられた釣書を見ながら言った。
「フフフ、まあ、そんなことまで広がってますの?」
ローズが面白そうに笑った。
「笑い事じゃないんだ、ローズ。リーゼロッテはその出生から国策として行っている。仲介者に教会も噛んでいる。下手に王家に嫁がないなどと言う話が広がれば、ロザリアへの帰還の打診や教会の関係者との婚姻など複雑な話に繋がりかねないんだ。」
「あら、そんな話にもなっているの?」
ローズが意外そうな声を上げた。
「いや、まだそこまでは。しかし、一刻の猶予もない。」
公爵が渋い顔をしてリーゼロッテを見る。
リーゼロッテはいつも通りのビスクドールな顔である。
「リーゼロッテはどうしたいの?」
ローズが無邪気な声で聞く。
「どうしたいとは?」
リーゼロッテが無機質な声で答える。
「どなたか気になる方とか居ないの?」
「お義父様のおっしゃるように、わたくしの婚姻は自分の意思でどうこうできるもので無いのですから、どうもこうもありませんわ。」
リーゼロッテが抑揚の無い声で言う。
「そうよね。お義父様、結局、アレがちゃんとしないとダメなんじゃないかしら?」
ローズは眉を下げて、公爵を見る。
「そうだな。いや、よくわかった。」
公爵は重い腰を上げて、王城へと馬車で向かったのである。
「あ、これ、ハーキュリー侯爵家のアンドリュー様って、同じクラスのソフィア様のお兄様じゃない。あれ、これってイーサン様の釣書?ええ?イーサン様からも婚約の申し込み来てるわ、嘘でしょ!」
ローズは公爵の執務室の机から、釣書を手に取ると中を確かめていた。
「えーイーサン様ってどういう意図があるのかしら?それとも実はリーゼのことがずっと好きだったのかしら?」
釣書の中から、王妃の生家のアズバン公爵家嫡男で、魔術師団長のイーサンを見つけてローズが喜色ばむ。
リーゼロッテもその釣書と姿絵を手に取ると、内容を検めた。
「どうしたの?リーゼもやっぱイーサン様は気になる?」
ローズが顔を覗き込んでくる。
「いいえ、今日の生徒会でヨーゼフ様は何もおっしゃってなかったのにどうして?と思ったのですわ。」
「ああ、それはそうね。微塵もそんな感じなかったのにね。」
リーゼロッテは表情の無い顔で姿絵を眺めていた。
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