ヘンリーの想いリーゼロッテ知らず
ヘンリー目線です。
毎朝、王宮から迎えの馬車が公爵邸にやって来る。
貴族学校の指定服 白い踝丈のワンピースに紺色のブレザーを着たリーゼロッテとローズが出てきた。
ヘンリーは馬車から降りて、二人をエスコートして馬車に乗せると自身も馬車へ乗車する。
そして、半刻ほどかけて貴族学校へ向かうのだ。
「ヘンリー様、毎日毎日お手数じゃございません?別に学校で会えるのですから、お迎えはご無理なさらず。」
リーゼロッテが今朝も麗しい感情の読めない顔で告げる。
「いや、全く問題ない。こうやってみなで通うのが楽しいのだ。」
ヘンリーが強く否定するのも毎朝のこと。
「そうですわ、リーゼ。ヘンリー様たっての希望で学校に通うのですもの、ねえぇ。」
ローズが意味ありげにリーゼからヘンリーへと流し目をする。
「そうですか。でも朝稽古もあり、ヘンリー様もお忙しいでしょう?」
リーゼロッテは全くローズの目線など意にも介さず否定的なことを言う。
王宮に初めて登城した日、リーゼロッテの教会が行っている祝福の話で、ヘンリーとリーゼロッテの婚約の話は棚上げされてしまった。
その後何度も王や王妃に問い合わせたが、
「うーん、婚約の必然性はあると思うのだがリーゼロッテがどう思っているか次第だなぁ・・・」
「そうね、リーゼロッテから聞いたけれど、東の国であったような年頃になってお互い好きな人ができた時に婚約解消となるとそれは大問題よ。だから時期尚早だと思うのよね。」
と、両親共に婚約に消極的になっていた!
ヘンリーは物心つくようになると、遠い北の地に自身の婚約者がいることを知らされた。
そして、公爵家のいとこから聞かされるリーゼロッテの話から好感を持って会える日を楽しみにしていたのだ。
あの初対面の日、目の前に現れた美少女が自身の婚約者になるのだと思った瞬間、きゅーんと恋に落ちたのだった。初恋である。
ーこんな可愛い者がこの世に存在するのか!ー
まだ一言も会話もしていないが、ドキドキと心臓がうるさく早鳴り、暑くもないのに顔や手の平に汗をかいてしまった。
母の王妃から自分の紹介があり、初めて目線が合いお互いを認識した瞬間の喜びを表すのは言葉では難しい。言葉は不出来なモノである。
王が頃合いをみて、婚約の取り決めを行う旨を告げると、リーゼロッテは無言で飲んでいたティカップを皿に戻すと婚約の必要性について質問を始めてた。
その時のリーゼロッテの感情のない顔つきから(いやリーゼロッテは初めから同じ表情の無い顔つきをしていたし、なんならいつも同じ表情をしているのだが)リーゼロッテが自分と婚約したくないのかと思うと、急激に上昇していた恋心が拗れて変な方向に爆発してしまった。
「それはどういうことだ!」
それから延々とリーゼロッテの独演会が続いていった。
王や王妃、公爵も婚約の話など無かったように、リーゼロッテの話に聞き入り、最終的にはリーゼロッテが大陸の魔力バランスをとる王国の新しいナニカを造るという話で終わってしまった。
「え?リーゼロッテと婚約しないの?」
王子とはいえ齢八歳と二ヶ月、楽しみにまっていた婚約者(仮)の美少女との初対面は苦い思い出となり、今後の未来も不透明になってしまった。
しかも話の端々に、魔術師団長のイーサンの名前が出てくるではないか。
そのイーサンと一緒にリーゼロッテがナニカの開発に魔術師団塔に通うことになった。
こんな美少女で膨大な魔力と珍しい闇属性で、この国唯一のスキル持ち、魔法至上主義の巣窟に行ったら何が起こるかわからない!
しかもイーサンはこの国では珍しい金髪碧眼の美しい顔をしているのだ、陰では王子より王子顔と言われファンクラブもあるほど。
リーゼロッテと二人並んだ姿を想像して、頭をふる。
危ない!!
「陛下、どうか婚約を進めないなら、私も魔道具開発のメンバーにぜひいれて下さい。」
何度も何度も直談判を重ね、やっとの思いで許可をもぎ取った。
二年間、魔術師団塔に通い、始めは何を言っているのか全く理解できなかったが、話の内容をメモしてまとめて部屋に帰ってから何度も読み返して、その意味を理解することの繰り返し。
母の王妃はイーサンの伯母に当たるので魔法に詳しい。
そんな母にも教えを乞い、魔法とは魔力とは何かを知るところからのスタートだ。
魔術師団員はみな魔力持ちだから基本は飛ばして応用に仮定を掛け合わせている高度な内容に、早い段階でここで自分ができることは無いと思い知る。
知るが、リーゼロッテと共に居たい。
そんなヘンリーが屁理屈を捏ねた。
「でもさ、それを使うのは魔力の無い者だろう?私がわからないのだから、使うものもわからないと思うぞ。」
「「「!!!!」」」
その言葉にリーゼロッテが賛同し、追い出される恐怖は無くなった。
でも魔道具開発の最中、何度この言葉を繰り返し言ったかわからないよ、リーゼロッテとイーサンの会話は難し過ぎるんだから。
そして、俺はいつしか魔術師団の(魔力無し筆頭)デモンストレーターの地位を獲得したのだった。
開発には直接関われないから、使用法やより有効な配備の方法を知ろうと王宮の騎士団に足繁く通い、騎士と共に訓練し、将軍に配備についての知識を教えられた。
それを魔術師団にフィードバックすることで不具合の改善に繋がった。
「でも、それは棚ぼたでしょ?ヘンリー様はリーゼロッテ様が他の誰かに取られるのが怖くて見張ってたんだよね。」
幼馴染みで魔術師団員のヨーゼフが笑いながら言うが、
「当たり前だろう!お前の兄も不敬だぞ!リーゼロッテをリーゼリーゼって愛称呼びして。どうなってんだ。」
「ああ、家庭教師で通っていた時には公爵邸ではみなリーゼ呼びだったらしいですよ。」
「お前は絶対リーゼって呼ぶなよ、いいな!」
「わー、独占欲?嫉妬心?婚約者でもないのに、職権濫用。」
「うるさい、うるさい」
そして開発が一段落し魔術師団に引き継ぎを終え、これでやっとリーゼロッテの自由な時間が増える、これから婚約に向けての話が少しは進展するか、貴族学校で仲を深められると思っていたのに、リーゼロッテは学校に通わないと言うのだった。
「えええええええええー!なぜ、なぜ通わぬ?」
「殿下、寧ろなぜわたくしが通わなければならないのですか?」
リーゼロッテはいつもの麗しの顔に抑揚の無い声で聞いてきた。
「だって、貴重な青春時代じゃないか!成人前の最後の自由な時間だろ?」
「・・・おっしゃる通り貴重な時間ですわ。必要な学びは既に終えておりますし、知己は魔術師団塔に通っている時に王城の方々とは深めておりますが。」
「確かにそうだけど、リーゼロッテの知っている世界はその中だけだろう!?」
「わたくし、北の王国も周辺国のことも少しは存じ上げていると思うのですが。」
「!!そうだけど、でも年の近い者とコミュニケーションを取ったりとか・・」
「義兄や義姉、イーサン様やヨーゼフ様、メアリなど少しはおりますが、まだまだ足りないと?」
「足りないよ、全然足りない。そしてその中になぜ俺の名前が入ってない!?」
俺は意地になって言った。
確かに、リーゼロッテは周辺国の王家と個人的にパイプを持ち、教会関係者にも知り合いがいるようだし、年の近い知人もいる。俺より多いと思う。
だいたいリーゼロッテはその風貌から無口で冷たい印象を持たれやすいけれど、決してそんなことはなくて、面倒見が良くて実はよく喋る。
聞き入ってしまうのは、言葉が難しいのと直接的な表現を避けて会話をすることが多いからだが、自分には理解するのに時間がかかるからね、だから、いつも俺は聞き役になってしまうんだ。
俺の言葉を受けてリーゼロッテが黙っている。
ほんのちょっと首が傾いでいるのは思案中のサインだ。
リーゼロッテはあまり表情や声の抑揚が無いように見えるけれど、よく見れば怒りに震えている時は目の端がほんのり赤く染まっているし、困っている時は瞼がいつもより少しだけ下がっている。
だからリーゼロッテは今、俺の言葉を考えてくれているんだ。
「一緒に貴族学校に通おうよ。毎朝迎えに行くし、帰りも送る。学園祭や体育祭や宿泊訓練なんかの行事もみんなで一緒に楽しもうよ。」
俺はもう一度リーゼロッテに言った。
リーゼロッテの顔の位置が気持ち程度正され、口許に薄い微笑みが浮かぶ。
「わかりました。ではそのように致しましょう。」
「ヘンリー様って一途ですよね、あと面食い。」
ヨーゼフが軽口を叩く。
「悪いか。リーゼロッテは類い稀な美貌の持ち主なのは間違いないが、始めに気に入ったのは顔ではない。」
「え?そうなんですか。意外だわー」
また軽い口調で返す。
「おい、先にいくぞ。ハイヨー」
「あ、待ってくださいよー。」
貴族学校は、語学と歴史以外は男女で授業が異なる。
男子は馬術や体術、剣術などに加えて、法学や経営学がある。
女子は家政学以外には家内の運営学や社交術、筆記、手紙の書き方などである。
今は馬術の授業中で、早駆けをして学校から近くの森林までの道中を走っていた。
森林につくと奥の湖まで進む、これで授業終了だ。
馬に水を飲ませてしばらく休ませる。
周りには早く着いた生徒と教師陣が数人いた。
湖面がキラキラ光って綺麗だ。
ーリーゼロッテと二人乗りで来れないかな・・・ー
「あ、いたいた。ヘンリー様、何妄想に耽ってるんですか。どうせリーゼロッテ様と来たいなとか思ってるんでしょ?婚約もしてない未婚の男女が二人で出掛けたりできませんよ。」
「わかってる!!!」
俺の声が静かな森林内に響いていた。
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