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ティーポットから流れ出る、真っ青な液体。身分関係なく、時計回りにそのハーブティーが注がれていく。順番的にはグランツ、エーデル、俺、アーマリア、ヨハン、そして彼自身だ。
「……バタフライピーです。ご存知かとは思いますが。」
俺の番になって、誰にも聞こえない程度に、気づかれない程度に彼はそう耳打ちしてきた。やっぱりバタフライピーかぁ……いやしかし、一体どういうつもりだ? わざわざそんなことを耳打ちしてくる必要性なんてあるのか……?
「へー、本当に真っ青ですね……。って熱っ?!」
その青さに惹かれてより間近で見ようとしたのだろう。カップを持ったアーマリアが、予想以上のその熱さに危うく溢しそうになる。
「ははっ、まあもう少し冷めてからだな。」
「そうですね……。」
若干アーマリアはしょんぼりとしていた。まあなんか気持ちは分かる。
「はっはっは、冷めるまでは軽食や菓子を楽しむと良い。宮廷一流のシェフが作っているからな。事前に毒味も済ませてある。」
「っ! ではっそうさせていただきますっ!」
あー……こりゃ食い尽くされるな……。マナーだけでもちゃんと守ってくれることを祈ろう。
「して、ハナさん!」
早速手をつけ始めたアーマリアに対して苦笑していると、少しウキウキしている様子のグランツがカップ片手に話しかけてきた。
「妹の……ヘルスティアのことについて、いろいろと聞きたいのですがよろしいでしょうか?」
「ええっと、構いませんけど……。」
その、流石にカップを持って立ちながらはやめてもらいたい。興奮して溢されでもしたら少し困る。
「まったく……グランツ、カップを持ちながら歩くのは危ないですしはしたないですわよ。妹さんのことが気になるのは理解しますが、もう少し冷静に行動してくださいまし。」
「あ、ああ……すまない。舞い上がってしまってね。」
幸い、彼のことを追いかけてきたらしいエーデルがすぐに言ってくれた。まだたっぷり中身が入っているカップを、グランツはテーブルの上に慎重に置いた。こぼしたら相当おっかないぞそれ……。
「ところで……その、失礼かもしれませんが。お二人はどのようなご関係で?」
アーマリアが菓子を片手に彼らに問いかける。
「同級生かつ友人ですわ。入学して数日からの仲ですのよ。」
「今僕たちは四年生なんですけど、ずっと同じクラスなんですよね。そこそこ長い付き合いになります。今回呼ばれたのは、彼女が僕を招待したいとフィエルド宰相に直談判してくれたからなんです。」
なるほど、それなら納得だ。一応校則に全学生の平等が掲げられているわけだから、そりゃ立場を無視した友人もできるしな。にしても四年生かぁ……結構な先輩だ。
「それよりも、ハナさん。早速ヘルスティアについてお話を……。」
「ああ、分かりました。せっかくですしエーデル様もどうですか?」
「ええ、お願いしますわ。前々よりグランツからお話は聞いておりましたし、私も気になりますの。」
そこからヘルスティアについての間接的な近況報告と、グランツからの質問攻めによって、数分ほどの時間が流れていった。
そして二人が自身の席に戻ったときには、すでにアーマリアは結構な量を食べ尽くしていた。
「はっはっは! 実に気持ちが良い食べっぷりだ!」
その様子を見て、ヨハンは引くどころか楽しそうに笑っている。確かにアーマリアの食べっぷりは見ていて爽快だと思えるくらいには良い。同時に、それだけ食べていてなぜ太らないのかが気になる。
「シークス様、今失礼なこと考えませんでした?」
「気のせいじゃないか?」
口の周りを拭き取りながらも、俺の心を的確に読んでくる。なんとか誤魔化せたが……こいつ、自分でも気にしてるだろ絶対に。
「シークス様?」
「気のせいだって。」
二度も読まれた。怖いこの人……。
「ほら、多分そろそろ冷めてきただろ。飲んでみたらどうだ?」
「……まあ、そうですね。」
と、彼女は恐る恐るカップを持ち始める。そんな様子を横目にカップを手に取ろうとすると、ふと切り分けられたレモンが視界に入った。……そういや色が変わるんだよな。色素がアルカリ性でレモン汁と反応するだかなんだかで。よし、ものは試しだ。数滴レモン果汁を垂らしてみる。
「……っ!」
気が付いたら、俺はアーマリアが持っていたカップを弾き飛ばしていた。
「っ、シークス様っ?!」
ひどく驚いた様子で、アーマリアが俺の方を見る。弾き飛ばされたカップはそのまま地面に叩きつけられ、辺りを青く染め上げた。アーマリアの服には幸いかからなかったらしい。
「シークス様、一体何を」
「そいつはお茶じゃねぇ!」
自分でもびっくりするくらいの大きい声で、そう叫んだ。そして自分のカップを睨みつける。その中に並々と注がれているのは真っ青な液体だ。
「お、お茶じゃないって一体どういうことですか……?」
「普通バタフライピーのお茶はレモン汁と反応して、色が変わるんだよ。だが見てみろ!」
改めて自身のカップに、レモン汁を落とす。ただ、それでも色は変わらない。濃い青色に淡い黄色が希釈されていく様が見えるだけだ。
「お前、飲んだか?」
「い、いえ。飲む前にシークス様が弾いたので……。」
若干まだ怪訝そうな顔をしているが、素直に答えてくれる。飲んでないならよかった……色が変わらないとなると、前世の知識ゆえに嫌な予感しかしなかった。
「……っ?! エーデル!」
不意に、グランツの声が響く。その方を見てみると、エーデルが頭を抱えながら床に座り込んでいた。
「っ……頭が、ぐらぐらして……。」
そのまま彼女は後ろに倒れる。すぐにグランツが支えたため、彼女の頭が大理石の床に叩きつけられることはなかった。
「っ……。」
今度はガタンという音がして、ヨハンが椅子から崩れ落ちる。倒れる直前になんとか受け身を取ると、そのまま彼は動かなくなった。今この場で動けているのは、俺、アーマリア、グランツ、そしてフィエルド宰相の四人。
「……そろそろ出番ですよ、ゼルドナーさん。」
フィエルド宰相の口から、どこか聞き覚えのある誰かの名前が聞こえてくる。少しして、どこからか大男が現れた。
「……随分とまたせてくれたな、宰相殿?」
「まあまあ、落ち着いてください。そんなことよりも追加依頼です。」
フィエルド宰相とそう会話する男の姿を見て、右肩から左腰にかけて少し痛みが走った。スキンヘッドの頭に目元の大きな傷、背中に背負われた巨大な剣。
「まだ起きている彼らを黙らせなさい、報酬はさらに弾ませましょう。」
「……了解。」
彼は短く答えると、その剣を引き抜いてこっちを向いた。
「……"御頭"ぁ……!」
「……久しいな、小娘。」
……"御頭"、本名はグロースアルティヒ・ゼルドナー。ゲールツで危うく殺されかけた記憶が一気に蘇る。
「……アーマリア、逃げろ。」
「でも、シークス様、」
「俺のことはいい。いいから逃げろ、せめて離れていてくれ。」
「……分かり、ました。」
遠くへと走っていくアーマリアを見送ったのちに、上の燕尾服を無理やり脱ぎ捨てる。そして、腰に差していたナイフを引き抜いて構えた。久しく使っていなかったが……まだ感覚は残っているらしく、すぐに手に馴染む。これなら、問題なく振れる。
「……フィエルド宰相、一体どういうつもりですか?」
「さあ? ご自身で考えてみるのもまた一興ですよ。ちなみに扉は全て施錠されていますから、逃げられるとは思わないでくださいね。」
グランツの問いかけに対し、不敵な笑みを浮かべながらフィエルド宰相は答える。くっそ、アーマリアを逃すことができないのか……。
「……やるしかないみたいだな……。ハナさん、どうやらあなたは戦えそうだ。」
「……そういうあなたも。」
自身の周囲に光、雷、炎の球体をグランツは浮かべる。その姿はヘルスティアを彷彿とさせた。
「……さあ、準備は済んだか。」
「わざわざ待っていてくれたんだな?」
「……良い戦いができそうだというのに、なぜ邪魔をする必要がある?」
はぁ……戦闘狂らしい。戦いを徹底的に楽しみとしているようだ。それでいて冷静なのだからタチが悪い。
「ああ、誰一人殺さないようにお願いしますね? あくまで全員を拘束するのが目的ですから。」
「……わかっている。」
フィエルド宰相の付け加えに、若干不機嫌そうな顔をしながら彼は応える。
「……それでは、始めようか。」
そう言って彼は、改めてその大剣を構えた。
久々の戦いだ、体が鈍ってないといいのだが。また大怪我をするのはごめんだ……しかも、アーマリアの前で。……それに、全てが終わったらちゃんとフィエルドのやつをしばいて色々聞き出さなければな。
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