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「ティーパーティーのお誘いだぁ?」
俺の言葉に、アーマリアは頷いた。その片手には横長の封筒が握られていて、赤い封蝋で封をされていたらしい。封蝋には円の中に十二芒星、さらにその中に六芒星という模様が刻まれている。そこに入っていたのはガチガチに改まった文章であったらしい。
「その、ご友人を連れてきても構わないとあったので……シークス様にご同行願いたいのですが……。」
そう彼女はどこか控えめながらも、上目遣いをしてお願いしてきた。思わずドキッとしてしまい、目を逸らした。
「い、いや、いいけど……。」
「本当ですか?!」
アーマリアはキラキラと目を輝かせて、嬉しそうにする。いいか、これは好きな人には逆らえないとかそういうアレではないのだ。彼女となるべく一緒にいるという約束の延長線上なのであって、断じてそういうあれではない……はず。っていうか誰にこんな言い訳してんだよ俺。
「んで、いつ開催されるんだ? 他にも参加者はいるのか?」
「えっと、まず今週の日曜日に開催するみたいです。そしてあと三人ほど参加するとのことで。」
ふーむ……王子から呼ばれるのだから、その三人はそこそこの地位にいるはずだ。侯爵や公爵、王族の可能性だってある。いくら学内での地位が平等だからとはいえ、流石に俺もしっかりしなくてはな……。
「あれ、そういえばどこでやるんだ?」
「ええっと……王城の大広間だそうです。」
ふーん、なるほど。王城の大広間か……。
「王城だぁ?!」
思わず声をあげてしまった。寮の外のベンチにて腰掛けていたので、周囲から奇異の目線を向けられる。だが仕方がないだろう。少なくとも王城だなんて場所、平民が滅多に入れるようなところではないのだ。特にまだこの世界に来て三年ぐらいの俺が。
「私も驚きましたが……よくよく考えてみれば当然だろうと。」
アーマリアは軽くため息をつく。まあ確かに、王子が開催するものなのだ。そりゃそれ相応の場所になるだろう。
「……その、マナー講座とかお願いします……。」
「? もちろんです。」
こういうのは本業の人にお願いするのに限るな。化けの皮が剥がれない程度には、改めてちゃんとマナーを覚えなければ……。
「んで、流石にこの服じゃなんかあれだよなぁ……。」
「あ、でしたら良い服屋を最近見つけたので、そこに行きませんか?」
おっ、まじか。これは助かるなぁ。いかんせんこんなラフな格好で行くというのはあまりにも無礼だろうし、最低限ちゃんとした服は着ていかなければなるまい。
「んふふー、着せ替え人形になってくださいね、シークス様。」
「……別に構わんが。」
楽しそうに笑う彼女を見て、まあいいかと小さくため息をつく。少し前まで一緒にどっか行くとかしなかったし……たまにはいいだろう。
にしても、一体何が目的なのだろうか。少なくとも第三王子がアーマリアに惚れている以上、何か裏があるように思えてならなかった。……また後ほどちゃんと考えよう。
「シークス様っ、次はこっちをお願いしますっ!」
「お、おう……。」
アーマリアがあまりにも楽しそうな様子で、両手に服を持って次々と俺に押し付けてくる。ティーパーティー前日の土曜日、俺は彼女と共に服屋を訪れていた。かなり豊富な種類の服が卸されているらしく、中には現代日本にかなり近いものも見受けられる。
「あのよぉ……お前本当に真面目に探してんのか……?」
「真面目ですよぉ〜、シークス様に似合う服がとても多いので吟味してるだけです〜。」
なんか声色高いし語尾が伸びてるし……半分本音なのだろうが、もう半分は多分着せ替え人形でいっぱい遊びたいとかそういうところだろう。かれこれ十着程度着せられている。
ちなみに、最初に着せられたのはメイド服だった。黒いドレスに赤いエプロンとキャップと、少なくとも色のセンスは悪くない。ただ流石に俺は彼女の従者というわけでもないし……彼女もそれは重々承知していたのか、すぐに自身の案を却下していた。
「……おぉ、おぉ〜……!」
「……なんだよ。」
色々着せられたのち、最後の選択肢になって彼女は感嘆の声を漏らしていた。今来ているのはいわゆる燕尾服だ。黒いジャケットに灰色のウェストコート、赤いシャツ。蝶ネクタイは黒色。俺の普段着の色味にかなり寄せてくれている。
「いいですね、すっごく似合ってますよシークス様っ!」
「そ、そうか?」
「男装の麗人って感じがして、とてもいいですっ!」
褒められるのは全然悪い気がしないどころか、むしろかなり嬉しい。若干自分の顔が熱くなるのと同時に、無意識に口角が上がっていることにも気がついた。
「前々からシークス様にはちゃんとした男装をさせてみたいと思っていたのですが、まさかここまで成功するとは……。髪の毛がまだ短いうちに試せてよかったです。あ、でも長いときの男装も見てみたかったかも……」
何やらブツブツと呟きながら、アーマリアは自分の世界に入り込もうとする。これこのままだとしばらく帰れない可能性があるな……。
「アーマリアー? アーマリアさーん?」
肩を掴み、完全に自分の世界に閉じこもられる前にがくがくとその体を揺らす。「はっ」という声と共にこちら側に帰ってきて、短く「失礼しました」と恥ずかしそうに彼女は呟いた。
「んじゃ、俺も気に入ったしこれにしようぜ。」
「はいっ!」
実際、めちゃくちゃ着心地はいい。それに熱が篭らないし動きやすい。ちなみにそのお値段は日本なら新車を買えるほど。それを一括払いしているアーマリアを見るに、やはり貴族の財力は恐ろしい……。
そんなこんなで、明日への準備が整っていった。
そして、翌日の日曜日。事情を聞いて理解してくれたヘルスティアに見送られながら街に出た。時刻は十時ごろであり、休日ということもあって外はそこそこ静かだった。
「おはようございます、シークス様。」
「ああ、おはよう。」
そして、外にてアーマリアと合流する。白いブラウスに丈の長い青いスカートと、厳粛すぎずそれでいて軽すぎない格好だ。
「んで、ここから王城ってどれくらい離れてるんだ? 少なくとも徒歩じゃキツそうだが………。」
「ああ、その件については大丈夫ですよ。」
彼女の言葉に首を傾げる。しかしすぐにその言葉の意味を理解することになった。遠くから馬の走る音と若干車輪が軋む音が聞こえてくる。
「……なるほど、そういうことか。」
少しして目の前に止まった馬車を見て、すぐに察した。しかし中には誰かがいるようだ。
「実に心地の良い朝であるな、アーマリア嬢にハナ嬢。此度は僕のティーパーティーに参加してくれて感謝するぞ。」
そんなことを言いながら降りてくる人物にはいやというほど見覚えがあった。その銀色の髪に水色の瞳、その一挙一動から感じられる溢れ出る気品。この国の第三王子であり今回のティーパーティーの主催者である、ヨハン・フォン・イェーガーその人だった。
「っ……いえ、むしろ私なんぞを招待していただきありがとうございます、ヨハン様。」
「はっはっは、僕の妻になるべき人を誘わないでどうするのだね。本日もまた美しいな、アーマリア嬢。重すぎず軽すぎず、実に君らしい格好だ!」
相変わらずテンションが変わらないなぁ、この王子様は……。一方、アーマリアの表情には作られた笑みが混じっている。
「むっ、ハナ嬢も実によく似合っているな。まさに男装の麗人だ、色味もまたよく似合っている。」
「ええ、そうでしょう! 私がコーディネートさせていただきました!」
「ふむ、さすが良いセンスだアーマリア嬢!」
え、なに、急に褒められたんだけど。流石にちょっと照れる。……というか、急に元気になったなアーマリア。さっきまで少し嫌そうだったのに。
「さて、そろそろ時間だ。乗りたまえ、王城まで連れて行こう。」
「「お願いします。」」
二人して一度彼に頭を下げ、そして馬車へと乗り込む。
「レディーファーストだ、アーマリア様。」
「ふふっ、その姿で言われると少し納得してしまいます。」
「はっはっは、まったくだな!」
半分冗談のつもりで言ったが、思ったよりもウケたのに驚いた。
……まあ、そんなことよりもこれからティーパーティーだ。彼が一体何を考えているのか、そこで見抜かせて貰おうじゃないか。……見抜けるかな。不安だ。そんなことを考えているうちに、馬車は王城へと向けて走り出していた。
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