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アーマリアとなるべく一緒にいるようになってから数日。度々彼女と一緒に、ヨハンと遭遇するようになった。……どうやら、本当に周囲に人がいるタイミングと場所で遭遇するらしい。授業終わりの廊下だとか、昼休みの食堂だとか、下校時の昇降口だとか。
「それでは良い一日を!」
彼は時間帯に関わらず、いつも別れ際に同じ言葉をかけてくる。それに遭遇するのは必ず一日に一回だけ。どこか急かす様子もなく、あくまでも「僕と婚約することにデメリットなんてない」と主張するのみ。意思の確認と少々の雑談を挟んで、すぐに彼は去っていく。
「……なんか、ちゃんと律儀なんだよなあの王子様。」
「そうなんですけどね……。」
その点についてはアーマリアも同意している。ちなみにあの王子、言ってしまえばかなり容姿はいい。同い年ながらも、大人顔負けなほどに整っている端正な顔立ちと、短く揃えられた銀の髪に透明感のある水色の瞳。姿勢も良く立ち振る舞いもどこか気品溢れたものだ。
「でも一目惚れって少し、理由としては薄いじゃないですか……少なくとも私はそう思うんですけど。」
と、アーマリアはため息をつく。いやまあ、分からんでもないが……人間の第一印象ってやっぱり大きいしなぁ……。
「……それに、」
「?」
「……いえ、何でもないです。」
何かを言いかけたようだが……彼女はすぐに誤魔化してしまった。
「ほら、そろそろ授業始まるぞ。今日はもう会わないだろうし、一人で行けるか?」
「はいっ、大丈夫です!」
「それではまた」と、彼女は廊下を歩いて行った。途中でリーラやアイスと合流し、会話をしながら奥へと進んでいく。
「……あいつらも、念の為の護衛として考えれば……悪くないか。」
なんだかんだ、アーマリアも彼らとは楽しそうに話している。アイスは俺が彼女と一緒にいることをあまり好ましく思ってないみたいだが……。まあそれでも、俺が無理なときにアーマリアの護衛を務めてくれるのなら問題ない。少しだけ、彼らのことがちゃんとした護衛に見えた気がした。
「故に求める原始関数は……」
地球で何度も聞いたような言葉を聞き流しながら、ふとアーマリアのことを考える。
「……婚約かぁ。」
誰にも聞こえない程度の声で、呟く。確かにアーマリアは貴族だし、そろそろ……あるいはすでに十三歳だ。時代的に考えればそろそろ結婚してもおかしくはない頃だろう。学園に通っている以上、結婚までは出来ども子供を産むことは無理だろうが……。
それに、考えてみれば確かにアーマリアが第三王子からの求婚を断る理由はない。少なくとも彼女は王族の一員になるわけだし、それに伴ってヘンドラー家はその地位を上げることにもなるだろう。不自由の無い暮らしも送れて、間違いなく彼女に不利なことはないはずだ。一目惚れという理由がいくら彼女にとって薄いからとはいえ、断るほどでは……。
「では、シークスさん。こちらの問題を前に出て解くように。」
「あ、はい。」
ウンター先生に不意に指され、思考を中断せざるを得なくなる。何とも言えないもやもやを抱えながら、俺は問題を解き始めた。予習しておいて良かったと実に思う。
そのまま時間は進み、放課後。アーマリアを迎えに、ヘルスティアとともに六組教室に向かっていた。
「……いやはやしかし、なぜアーマリア殿はヨハン王子からの求婚を承諾しないのであろうな?」
と、彼女は疑問を口にする。先ほどまで考えていたように、俺も全くそう思うのだ……何か、理由があるのだろうけれど。
「本人曰く、求婚の理由が薄いかららしいが……なんか、それ以外にもある感じなんだよな。」
「まあ一目惚れは確かに理由として薄いが……それ以上にメリットが上回るからな……。」
うーん、と頭を悩ませるヘルスティア。ふと、何か思いついたかのように口を開く。
「他に好きな人でもいるのではないか? なんてな。」
「へ?」
あくまでも冗談としてヘルスティアは言ったのだろう、それは彼女のニコニコとした顔からも読み取れる。しかし、今まで考えてもいなかった可能性に思わず脳が焼かれた。いやまあ年頃的にもそうなるのはわかるが、いやしかし、それならば少しくらい俺にもわかるはずで……。
『……それに、』
『……いえ、何でもないです。』
……そういうことなのか? あいつが言い淀んだのは。いや、わからない。もしかしたら全然違う理由かもしれないし俺が考えすぎているだけなのかもしれなくて。仮に別にアーマリアが別の誰かのことを好きであろうと友達であることは変わらないし。俺としては別にあいつが幸せであればいいのであって、
「……殿! ハナ殿!」
……ヘルスティアからの呼びかけに、ふと我を取り戻す。
「どうしたのだ、急にぼーっとして……また何か思いついたのか?」
「……いや、俺にもまじでわからん。とりあえず早く迎えに行こうぜ。」
「? うむ。」
自分でもよく分からないまま、とりあえずアーマリアがいるであろう六組教室に改めて向かうことにした。……今のは何だったんだろうか。
「……寝れない。」
誰もが寝静まった一時ごろ、思わず一人でそう呟いた。仰向けで見上げるシミひとつない天井を、カーテンの繊維の隙間から覗く青白い月光が照らしている。
「んぅ……んへへぇ……」
ベッドの下の段ではヘルスティアが何やら幸せな夢を見ているらしい。枕を抱きしめ、シーツを体に巻きつけていた。
「……腹減ったな。」
静かに梯子を降りてテーブルの上のコップを持ち、洗面台にて水を汲む。そして棚の上段に置いてあるクッキーを何枚か取り出した。
「ん、うまい。」
サクサクとした食感。バターの風味と砂糖の甘さ・少し入った塩による塩味が、舌を飽きさせない。すぐに平らげたのちに、水を一気に胃へと流し込んだ。多少の空腹が満たされたところで、窓から夜景を見る。
「相変わらず綺麗だな、この世界の空は。」
二つの三日月が夜空を照らす。その光に負けじと星々が輝き、うっすらとその黒いキャンバスに天の川と大きな渦を描いていた。光が疎に灯っている街並みなど気にも留めずに、ただその夜を彩っている。
「……アーマリアと会ったときは、たしか新月だったか。」
ふと昔のことを思い出す。あの森にいたのは、もう一年も前になるだろうか。ふと近くにあったショルダーバッグの中から、手帳を取り出す。年齢を確認してみれば、すでに十三歳になっていた。
この世界の空については、新月のときが一番綺麗だと思う。思えば、初めてアーマリアに見せたあのときも新月だった。銀河がバルジからその腕を幾本も伸ばし、今よりもはるかに強い濃淡で天の川が流れていた。
「……覚えてるかな、あいつ。」
彼女はまだあのときの夜景を覚えているのだろうか。俺と初めて会った日のことを覚えているだろうか。不安になる。彼女の中で自分の存在はどれだけのものなのだろうかと。
「……なんで、四十過ぎてたおっさんがこんなこと考えてるんだか。」
若干の自己嫌悪を覚える。精神がいかに肉体に引っ張られているのかを認識すると、なんだか嫌な気分になった。
「……はぁ、ありえねぇよ、本当に……。」
自分の抱いている感情を少しだけ理解し、深くため息をつく。自己嫌悪の念がさらに強くなり、自分の両頬を二回叩く。少なくとも前の肉体であれば、こんな感情なんて一切抱かなかったはずだ。外も中身も、朽ちかけた中年男性だったのだから。
「……好きだとか。」
少しだけガラスに反射した自分の姿に向かって、戒めるように言い聞かせるように、吐き捨てるように言った。




