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お久しぶりです。

「……殿! ハナ殿!」


 ふと、ヘルスティアの声で目が覚めた。なんとなく外へと目線を向けてみれば、青い空が見える。まさに昼時。


「ハナ殿、いつまで寝ているのだ! もう昼であるぞ!」


「すまん……。」


 休日だからと夜更かしして読書をしていたのが良くなかったのだろう。枕元に置いた怪談集片手に、ベッドを降りる。


「まったく。数週間経ってようやく分かったぞ、お主は結構だらしないのだな?」


 呆れた顔を浮かべながら、ヘルスティアは言う。俺が彼女と魔法の練習を開始してから、今日で数週間が経った。その間に当然ながら互いのこともよく知っていくわけであるが……まあそれなら当然気付かれるわけだ。ちなみに、なんだかんだで彼女のことをあだ名で呼ぶようにもなった。


「だって……休みだし……。」


「休みだからといって、ずっと寝ていては体に悪いに決まっておろう。」


「おっしゃるとおりです……。」


 中身おっさんが女の子に説教されるという、なかなかに変な光景だ。一応、これでも森暮らしの頃よりはだいぶマシになったのだが。


「まったく……ほら、こんなに天気がよいのだから散策にでも行くぞ。」


「……ん。」


 彼女が用意してくれた着替えに、眠気で若干もたつく体を動かして着替える。そのまま彼女に引っ張られる形で、俺は外へと向かった。






 相変わらず喧騒の止まない王都を、昼食代わりのパン片手に歩き回る。外はカリッと中はふわっと、まさに理想的なパンだ。


「んぐっ……いやはや、良いパン屋を見つけたな。」


 口の中にあるものを咀嚼し終えたヘルスティアが話しかけてくる。


「だな、また今度行こうぜ。」


「うむ! 次は何を注文しようか……ベーコンパンも良いしチーズパンもまた……揚げパンもよいな……」


 ぶつぶつと彼女は呟き始める。……こいつ、見た目は細いし食べる量もそんなに多くはないが、食に対する熱意はアーマリアにも引けを取らないんじゃないだろうか。思わず苦笑いしてしまう。


「まあ、それはまた今度決めようぜ……あでっ!」


 ちゃんと前を見ていなかったせいだろう、誰かにぶつかってしまった。その人物はすぐにどこかに行ってしまったが、その後ろ姿は見ることができた。背丈はヘルスティアの弟妹と大体同じくらいだろうか……。少し汚い布に身を包んでいて、当たった感じはかなり軽かった。


「……ん?」


 ふと違和感を感じて、ポケットに手を突っ込む。そして内側の生地を引っ張り出すが……ない。自分の身体中を一応弄ってみるが……やはりない。


「うげぇ、財布スられた……。」


「なっ、さっきぶつかって来たあやつか……!」


 一気にテンションが落ち込んだ。別にあれに全財産入れていたわけではないが……なんか、自分が犯罪のターゲットになったという事実がだいぶショックだ。


「ほら、なにをぼけっとしておる! 早く追いかけるぞ!」


「いや、いい……あんまり金入れてなかったし、財布はまた買えばいいし……。」


「そういう問題ではない! また狙われるかもしれぬのだ、一人くらいとっちめてやらねば示しがつかぬだろう?!」


 どういうわけか俺以上にえらく怒っているヘルスティアの圧に、俺は頷くことしかできなかった。


 それから路地裏や人気の少ない場所などを数時間ほど駆け回ってみたものの……結局、それらしい人物を見つけることはできなかった。


「ヘル〜だからもういいって……。」


「ぐぬぬぬ……! あやつめ、せっかくの楽しい休日を台無しにしおってからに……。一体どこへ……!」


 あ、ダメだ。俺の声届いてねぇわこれ。どうしようか……。


「……あ! ハナ姉ちゃん!」


「ああっ、お久しぶりです!」


 ふと、聞き覚えのある声がどこからかしてきた。甲高い子供の声だ。


「おおっ、お前らか。」


 目線を向けた先にいたのは、灰色の髪色と紺色の瞳を持った、二人の少年少女。ヘルスティアの妹たるヘレンと、弟たるヘラーだ。


「おい、ヘル。」


 ふと思いたち、ヘルスティアに声をかけてみる。


「なんだ、もしかして犯人で、も……あっ。」


「「あっ。」」


 そこでようやく互いの存在を認識した両者は、互いに見つめあったまましばしフリーズしていた。面白いくらい一歩も歩かないので、思わず声をかけようかと思ったその瞬間。


「うおおお二人ともーーー!!!」


 そんな声と共に、びゅんっと風が横切る。気がつけばヘルスティアが二人に抱きついていた。今はぴょんぴょんと三人して跳ねている。


「あ、ねぇねぇ、あれ見せてよ!」


 丁寧さが抜けたヘラーが、子供らしく何かをせがむ。横ではヘレンも同じようにしていた。


「うむうむ、無論だとも! 久しぶりに見せてやろう!」


 と、彼女は真っ暗な球を浮かべる。ああ、いつものあれか。予想通りに、中では星空が次々と出来上がっている。相変わらず綺麗だ。


「おおお〜〜! やっぱりこれだよこれ!」


 子供らしく二人がはしゃぐ。嬉しそうに誇らしそうに、ヘルスティアは胸を張っていた。


「……はっ!」


 不意に、ヘルスティアが声を出す。みるみるうちに彼女の耳が赤くなっていって……そのまましゃがみ込んでしまった。


「……ヘル?」


「……恥ずかしいところを……見られてしまった……。」


 思わず笑いそうになった。


「んふふ〜、お姉ちゃんがここまで恥ずかしそうにしてるの、初めて見たかも。」


 少しニヤニヤとしながら、ヘレンは嬉しそうに呟く。そんな彼女を見ていると、ヘラーが問いかけてくる。


「にしても、ハナさんってお姉ちゃんとどんな関係なんですか?」


「ん。友達兼クラスメイト兼寮のルームメイトだな。」


 素直に答えると、弟妹の顔が途端にニヤける。自身の姉の正面でしゃがみ込み、彼女の顔を覗き込んだ。


「「友達できたんだね!」」


「ぶふっ。」


 ……しまった、吹いてしまった。いや、だって、まさか弟妹にまで認識されてるとは思わないじゃん……。どうやら二人の発言と俺の吹き出しに、完全に意気消沈してしまったらしい。ヘルスティアは頭を抱え込んでそのまま地面で丸くなってしまった。


「それで、なんでお姉ちゃんとハナ姉ちゃんがここにいるの?」


 と、ヘレンが問いかけてきた。


「ああいや……さっき擦りに遭ってな。捕まえてとっちめてやろうとしてるんだが……。」


「あらら……最近多いらしいしねぇ〜。」


「ってか、逆に何でお前らはこんなところいんだよ。人通り少ないし、なんかあったら危ないぞ?」


 ふと思ったことを彼女に問い返す。


「ああ、モーントを追いかけてたの。」


「モーント?」


「うん、私とヘラーの学校の友達。ここ数ヶ月来なかったから、心配だったんだ。」


 ……あー。なんか、嫌な予感がする。


「もしかして、そのモーントってやつ、お前らが見かけた時に少し汚れた布を被ってなかったか?」


「え、そうだけど。何でわかったの?!」


 思わず頭を抱えた。要するにこいつらの友達が、どういうわけか不登校になったかと思ったら、そのまま学生からスリ師に転職していることになる。まだ断言はできないが……。


「……そのモーントってやつがどこに行ったか分かるか?」


「あそこの空き家の中に入って行ったよ。」


 と、彼女が少し奥の方にある家を指差す。遠目から見てもあまり良い状態とは思えないような、ボロボロな家だ。


「追いかけようと思ったけど、後ろから誰か来たと思ったらお姉ちゃんとハナ姉ちゃんがいたの。」


「へー……。んじゃ、せっかくだし一緒にそのモーントってやつ探してやるよ。」


「本当?! 人手が増えるのは助かる!」


「おう。ヘル、別にいいよな?」


 一応、ヘルスティアにも呼びかけておく。


「もう……好きにしてくれ……。」


 あまりにも意気消沈していて、若干可哀想に思えた。ヘラーが横でずっと背中を摩って慰めている。やめてやれ弟よ、それはむしろ姉のプライドをボロボロにしていると思うぞ……。口には出さんが……。


 さて、そのモーントとやらに一体何があったんだろうか。ひとまず早急に捕まえねばな。そう思いながら、俺はヘルスティアを引き摺るようにして歩き出した。横では彼女の妹弟が苦笑いしていた。

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