45 ヘルスティア視点
放課後。久しぶりの激しい運動に若干の怠さを感じながらも、我は帰りの用意をしていた。
「そうだ、ハナ殿。」
「んー?」
ふと、聞きそびれていたことを思い出す。
「お主、結局魔法は練習するのかね? 手伝うとは言ったぞ。」
授業前に聞いて、解答を保留されたあれだ。すごく楽しんでいたように見えたし、若干期待しながら問いかける。
「……まあ、する。今日のは普通に楽しかったし。」
期待通りの返答に思わず口角が上がりながら、それに対して頷いた。
「よし、では明日から早速であるな!」
「明日からかよ?!」
少し驚いた様子の彼女を横目に、上機嫌になりながら帰りの用意をとっとと済ませる。疲労もあるので今日は早めに帰りたかった。
ハナ殿と談笑しながら教室を出る。傾いた日の差す廊下を歩いていると、ふと背後から誰かからの視線を感じた。
「……む……?」
振り向いてみれば、柱の影からこちらを覗く橙色の瞳に、重力に従って少し下に垂れる藍色の髪。リーラだ。
「……すまぬハナ殿、ちと用事を思い出した。先に帰っておいてくれ。」
「……ん、わかった。昇降口で待ってる。」
イタズラっぽく笑いながら、彼女は歩いて行った。……ほんとうに、こやつは……。思わず口角がまた上がりながらも、改めてリーラの方へ向き直る。
「……それで、何の用だ。」
彼女に近づいて問いかける。自分の声の冷たさに、我ながら驚いてしまった。
「あっ……えっと……。」
彼女は結構小柄で、ハナ殿と同じかそれ未満だ。そのせいもあってか、側から見れば我が彼女を脅しているようにも見えるかもしれない。少し言葉を詰まらせながら、彼女は呟くように言う。
「……その、どうすればあのように魔法を使えるのかと、聞きたくて。」
予想外の解答に、思わず思考が停止する。
「と、まずは今までのことについて謝罪致します。アーマリア様からお叱りを受けまして、ようやく思い直しましたの……。」
そう言って我の目をまっすぐに見つめてくる彼女の姿を見て、余計に頭が真っ白になった。目線を逸らし、言う。
「そのことについてはもう良いが……しかし、なぜそんなことを聞いてくるのだね?」
「……魔法訓練のとき、実はそちらを見ていましたの。」
我の問いかけに対して、彼女は語り出した。なんでも、アーマリア殿から「彼女は全属性が使える」と言うのを教えられて、興味を持ったらしい。それで魔法訓練のときにこっちを見て……とのことだ。
「その……私、あまり魔法が得意ではないのですわ。訓練させてもらったこともなくて……過ぎた願いかもはしれませんが、私に魔法を教えていただけませんか?」
……なるほど、どうやらずっとこれをお願いしたかったらしい。いやしかし、どうしようか。しっかり反省しているようだし、教えるのもやぶさかではないが……。
「……お主、今までのことをハナ殿に謝罪したか?」
「……まだですわ。」
少し俯いて、彼女は言う。では、こうしよう。
「……明日の放課後、寮の敷地にある広場でハナ殿と魔法の練習をするつもりだ。そこでハナ殿に謝罪しろ。それができたら教えてやろうではないか。」
「っ……わかり、ました。」
若干上から目線の物言いになってしまったが……まあ、とりあえず少しでもギスギスは取り除いておきたい。彼女に背を向けて、我は昇降口へと向かって歩き出した。
……後で彼女にも説明せねばならないな、これは。
……まずい。非常にまずい。
「……。」
「……えっと、その……。」
結局あの後、伝えるタイミングを見逃してしまい、気がつけば翌日の放課後にまでなっていた。
寮の広場にて対面すると、ハナ殿は露骨に機嫌を悪くした。そんな彼女を見てリーラは萎縮してしまい言葉に詰まってしまい、それを見てさらにハナ殿は……という、負の無限ループに陥ってしまっている。
「……ヘルスティア、どういうことだ?」
「ああ、いや、その……。」
事情を説明しようとするが、テンパってしまいうまく声が出ない。まずい、このままだとハナ殿の機嫌がもっと悪くなってしまう。
「……っ、その、すみません。やっぱり帰らせて……」
「あ、えっと! 待て!」
帰ろうと背を向けるリーラに対して声をかける。ううむ……何とかしてリーラが謝れるように、ハナ殿の機嫌を鎮めなければ。
よし、じゃあこうしよう。
「……?!」
我ら三人を包み込むようにドーム状の闇魔法を展開すると、リーラは驚いたような表情を浮かべる。そういえば、こやつには見せたことがなかったのだったか。
真っ暗なドームの中に、色とりどりの光の点を浮かべていく。その明るさと濃淡を調節し、幾十にも並べればあっという間に夜空が完成した。
「……!」
目を見開きながら、リーラは頭上を見上げる。ハナ殿も先ほどよりは機嫌が良くなったようだ。手を伸ばしても、そのまま光は手を貫通する。……ううむ、これを手で押して動かせたらもう少し面白そうだが。
「……ほら、チャンスは今だぞ。」
「……はい。」
彼女にそう一言だけ告げて、座り込む。うむ、我ながら上出来な夜空だ。あの星の渦もよい。
数分ほどお手製の夜空を見上げていると、リーラとハナ殿が近づいてきた。
「……ま、一応許した。ほら、魔法の練習するんだろ。」
後頭部を掻きながら、ハナ殿は言う。横ではリーラ殿が息を整えていた。よほど緊張したらしい。
「うむ。」
彼女の言葉に頷き、魔法を解除する。すぐに辺りが明るくなった。
「さて、ひとまず簡単なものでいいから魔法を見せてくれぬか。でないと我も判断できぬのでな。」
我の言葉に二人は頷くと、小さく魔法を展開する。ハナ殿は光魔法で、リーラは炎魔法だ。
「ではこのように動かしてみよ。」
お手本として両手に魔法を展開し、八の字型に動かす。二人もそれに続いた。少し前にコントロールが荒いといったように、ハナ殿のそれは少し崩れていた。横に広くなったり縦に広くなったりといった感じだ。一方リーラのそれは実によくコントロールできている。
「……では次、大体魔法の出力を……そうだな、これくらいにしてみてくれ。」
炎は蝋燭程度、光はかろうじて見える程度のものを用意する。ハナ殿はすぐにピッタリと当てはめてみせたが、リーラはかなり苦戦していた。火のゆらめきが大きくなったり、その色が青くなってしまったり。
「……よし。まずハナ殿。」
「おう。」
「お主は魔法の精密性がかなり高いが、はっきり言ってコントロールがまだ下手だ。」
……結構刺さったらしい。なんだかダメージを受けたような顔をしている。
「そしてリーラ。」
「は、はいっ!」
「お主はその逆だ。コントロール能力は完璧だが、精密性はない。かなりブレている。」
こちらもダメージを受けたような表情を浮かべる。だが、こういうのははっきり言わないと意味がないのだ、許せ。
「……そうだな、ハナ殿はこのような練習をしてみよ。」
光魔法で魚の形を作り、空中で泳がせる。滑らかに体を曲げながら、空中で急旋回し、直進し……と、本物になるべく近い動作をさせてみる。
「次にリーラは、先ほど我が作った夜空を作るような練習をしてみるとよいだろう。」
手のひらの上で、小さく星座を作って、彼女に見せた。
練習というのはどうしても退屈になってしまう。我のような、それを楽しめる人間でもない限りは苦になってしまうだろう。少しでも楽しめるように、こういう工夫は必要だ。
「……わかった。」
「了解しましたわ。」
そう言って二人は、早速練習を始めた。
「っだーもう! 疲れたー!」
そう言ってハナ殿は、ベッドへと飛び込む。数時間ほどの練習の末、魔力も尽きかけたところで今日は解散となった。たった一日ではあるものの、二人ともかなり上達している。
「だが楽しかろう?」
「……まあ、それはそう。」
そんな会話を交わしながら、水を飲む。少し疲れた体に冷たい感覚が染み渡った。
「……とりあえず、リーラとの蟠りは解けたようであるな。」
「……まあ、ちゃんと謝ってもらったからな。」
ベッドの上で体を軽く転がしながら、ハナ殿は呟くように言う。
「これから暫くは顔を合わせることになるのだ、ちゃんと慣れておくのだぞ?」
「……はーい。」
まるで先生に返事するかのような言い方に、思わず笑ってしまった。
昨日今日と、なにかが進んだ日だった。今日はよく眠れそうだ。
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