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「なんでこんなボロボロなのが残されてんだか……。」
モーントが入っていったという二階建ての家の前に立ってみて、懐いた印象がそのまま口から出てくる。割れた窓に巨大なヒビの入った壁、そしてどこからか漂ってくるカビ臭さと埃臭さ。最低でも一年、最悪の場合それ以上の年月もの間管理されていないのだろう。
「……そもそもとして、この地区全体に空き家……というより廃墟が多いのだ。」
若干まだ意気消沈としているヘルスティアが、呟くように言う。言われてみれば、確かに周囲の家々からは人の気配を感じない。それによく見てみれば、壁がひび割れていたり窓が割れていたりと、明らかに管理されていないのが伺える。
「その中でも、この建物は人の住まない期間が長すぎたのだろうな。逆に言えばそれだけ人目に付いていないのだから、隠れるには最適の場所だ。」
そう言いながら、彼女は廃墟の壁を撫でるように触る。
「いやはや、しかし。」
「?」
「この廃墟、怪談の題材や舞台として使えそうではないか?!」
あ、調子取り戻したなこれ。でもなんとなくわかる。廃墟が並ぶ中で、一つの建物が際立ってボロボロだとそこに何かあるんじゃないかと疑いたくなるし。
「そうとなってはこうしてはいられん、早速中に入って探索といこうじゃあないか!」
「お姉ちゃん、あくまでも目的はモーントを見つけることだからね……?」
そう釘を刺すヘラーに対して、「わ、わかっておる!」と若干慌てながら彼女は返答する。ああ、こいつ言われるまで完全に忘れてたな。普段はしっかりしているのに、自分の好きなジャンルとなれば若干暴走気味になるのは実にヘルスティアらしいと思うけど。思わず苦笑いしてしまった。
ゆっくりと扉を開く。ギィという音が小さく鳴ったと同時に、より酷いカビ臭さと埃臭さが鼻をついた。
「うわぁ……。」
横からヘレンの嫌そうな声が聞こえてくる。玄関からしてかなり酷い有様だった。カビで黒ずんだ壁にまだらに積もった埃、所々腐っているらしい床。外見からの想像通りだった。すぐ近くには階段があるものの、見るからに歪んでいる。
「ふむ、これはこれでまたありだな……。」
俺たち三人が全員顔を歪めている中、ヘルスティアだけは呑気なことを言っている。特に何か嫌な顔をするわけでもなく、彼女は躊躇なく中に足を踏み入れた。
「お姉ちゃん、変なところで強いよね……。」
「そうか? 別にこれくらいなんともなかろうて。」
呆れと尊敬が半々くらいのヘラーの言葉に対して、ケロッとした様子で彼女は返事をした。本当に変なところで強いなこいつ……。
「ほれ、早く入らんか。早くしないと逃げられるかもしれぬし、四人もいるのだから手分けして探せばすぐに見つかるであろう?」
「お、おう……。」
言っていることは正論だ。気持ち的に全く入りたくはないが……。意を決して、中へと足を踏み入れた。俺に続くようにして、弟妹も入ってくる。
「にしても……埃で足跡とかができるであろうから、どうせすぐに見つかるだろうと思っていたが。この様子ではどうやら全部屋探し回らなくてはならなさそうだぞ。」
そう言って彼女は目線を落とす。その先には確かに埃で足跡ができていた。しかし、ぐちゃぐちゃと幾十にも折り重なっている上にいろんな方向へと向けて足跡が伸びている。どの足跡が一番新しいかさえも分からなかった。
「では、早速手分けして探すとしよう。我はこっちの方を。」
「んじゃ、私二階!」
「僕も。」
すぐに全員が散らばっていった。一人残され、思わずため息を吐く。変なところで胆力のあるヘルスティアに、子供らしく環境への適応が早い彼女の弟妹。若干その強さを羨ましく思ってしまった。まあいいや、とりあえず俺も動くか……。
ひとまず数部屋ほど探索してみたものの、ベッドやクローゼットが残されている程度で特に目立ったことはなかった。
「えーと、あとはここだけか……。」
気がつけば廊下の一番端にいた。ここにいなければ他の奴らが探索しているところに隠れているか、あるいはもうこの家にはいないということだろう。まあ当然だけれども。
「お邪魔しますよっと……。」
そんな独り言を呟きながら、扉を開ける。特になんの変哲もない部屋だ。強いて言うなら古い本棚がある程度だろうか。かつて置いてあったであろう本は全て抜き取られていて、もの寂しく鎮座している。
「……やっぱりいなさそうか?」
そう呟いて部屋の真ん中にまで足を進めた、その時だった。
「……がっ?!」
突然後頭部に、鈍い痛みが走った。ひどく痛いわけではなかったが、予想外のことであったためか、思わずよろける。
「っ!」
次の瞬間、天井を見上げていた。そして視界に何かが映る。
「……。」
知らない少年の顔だった。かなり整っていると言えるはずの顔はひどく痩せこけており、その灰色の目は血走っている。
「お前が」
モーントか、と言葉を続けようとするも、それは叶わなかった。そう続けようとした途端に、首に強い圧がかけられたからだ。
「がっ……ぎ……?!」
「……。」
その細い腕のどこからそんな力が出ているのか、一見全く分からなかった。しかし恐らく、人間としてのタガが外れているのだろう。無言で彼は首を絞めてくる。脳への血液供給と全身への酸素供給が絶たれ、意識が朦朧としてきた。まずい、これじゃ本当に死ぬ。
「……っ。」
抵抗しようとその手首を掴んだ。力こそあっても、子供ゆえにそこまで体幹はないらしく、若干彼は揺れ動く。しかし、うまく全身に力が入らない。
「っ、い、い、加減、に、しろよっ!」
あまり得策ではないかもしれないが……少しでもそっちに意識がいってくれれば、もしかしたら抜け出せるかもしれない。そう思い、彼の手首を押し除けようとしながら言葉を発する。
ふと、彼の腕からほんの少しだけ力が抜けた。
「……?!」
首を絞める手を押し除けるのと同時に、脳に血液が行き渡る。突然血が流れたことにより、若干立ちくらみに近い感覚に陥ったものの、意識がはっきりとしてきた。
「……っ、こんの、クソガキが!」
同時に、危うく殺されかけたという事実にひどく苛立ち、彼をそのまま横へと投げ飛ばしてしまった。すぐ近くにあった古い本棚に突っ込み、大きな音を立てて本棚の一部が割れた。どうやらそのまま気を失ったらしく、少年は動かなくなった。胸が上下しているので生きてはいるらしい。
「はぁ……はぁ……。」
脳が不足した酸素を補おうと、浅い呼吸を何度も繰り返す。だんだんと深くなっていき、そして最終的にはため息に変わった。
「……財布スられた挙句殺されかけるとか、俺なんか悪いことでもしたか……?」
別にこの少年以外、誰も悪くないだろう。それに彼の事情によっては情状酌量の余地があるかもしれない。しかし、それでもそう嘆かざるを得なかった。
にしても、未だにひどく心臓が跳ねている。一太刀浴びてまだ戦おうとしていたあの頃と比べれば、どうやら随分と弱ってしまったらしい。あの頃が異常だったというのもあるが、そこまで弱ってしまったのは少しショックだった。
「……殿! ハナ殿!」
ドタドタと廊下を走る音とともに、ヘルスティアの声が近づいてくる。扉の方に目線を向けてから少しして、息を切らした彼女が現れた。
「ハナ殿、ものすごい音がしたが大丈夫……?!」
目の前の風景を見て、彼女は自身の言葉を途切れさせてしまう。まあ、目の前で冷や汗をかいた友人が仰向けになっていて、その奥じゃ本棚に突っ込んで気絶している見知らぬ少年がいるのだ。仕方のないことではある。
「お姉ちゃん、今の音なに?!」
「すっごい音だったけど! 床でも踏み抜いた?!」
少し遅れて、ヘレンとヘラーも現れる。そして二人もまた、目の前の状況を見て閉口してしまった。
「説明はするから……少し、休ませてくれ……。」
今は、そういうのが精一杯だった。
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