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 じわりと首が暖かくなるのと同時に、絞められたところにあった痛みが徐々に取れていく。


「……おお、回復魔法ってこんな感覚なんだな。」


数秒ほどして、首を動かしても全く問題がない程度には痛みがなくなった。予想よりも早い回復に、回復魔法の偉大さを実感する。


「初めて使ったが……案外うまく行くものなのであるな。」


 俺に使うのが初めてなのかよ……。


「っていうか、お前の詠唱を聞いたことねぇんだけど。」


「我は常に無詠唱だぞ?」


 「詠唱の時間が勿体無いし」と彼女は付け加える。前世の知識が確かならば、無詠唱というのは中々に大した技術として描写されていた記憶があるんだが……。そういえば入試の実力試験のときに、フラメ先生が無詠唱云々でこいつのことを評価していた気がする。やっぱりかなりの高等技術じゃ……?


「にしても……。」


 と、彼女は本棚に突っ込んだまま気絶している少年……モーントに目線を向ける。ヘレンとヘラーからも、ちゃんと彼がモーントであるということの確認は取れた。


「こやつ、一体どうしてくれようか……!」


 怒りに満ちた声色で、彼女は呟いた。心なしか黒いオーラを纏っているように見える。


「まあまあまあ、一旦事情聞いてからな? な、落ち着け……?」


「そ、そうだよお姉ちゃん。モーントにも何か事情があるだろうし……。」


「場合によっては私たちも見逃すから、ね?」


「……お主らがそういうのであれば。」


 三人総出で説得し、なんとか彼女の怒りを鎮めることに成功する。ひとまず、モーントが目を覚ますまで四人で監視しておくことにした。ちなみに財布は無事取り戻せたが、中身は半分くらい使われていた。くそが。




 両手両足を彼の布と上着で縛り、そう易々とは逃げられないようにしておいてから、十数分後。「うぅ……」という小さな呻き声とともに、モーントが目を覚ました。


「よう、お目覚めか。」


「っ!」


 試しに声をかけてみた瞬間、彼は逃げようとしたのか、出口の方を見ながら立ち上がろうとした。しかし両手両足を縛られている以上それは出来ないことだった。仮にできたとしても、すぐに転倒するのが目に見えている。


「お、おま、おまえ、お前も僕を、」


 パニックに陥っている様子で、初めて明確な言葉を発する。同世代の男子にしてはちょっと高いような、中性的な声だ。何度も吃りながら、あまりにも怯えたような、敵意を剥き出しにした声色と顔で何かを言おうとしている。


「モーント!」


 ヘレンがそんな彼に声をかける。即座にモーントが、その血走った目を彼女の方に向けた。そしてすぐに、彼の表情が驚愕で上塗りされる。


「へ、ヘレン……?!」


 声色から敵意が一瞬で消え、代わりに困惑と若干の安堵が混じったものになっていた。


「モーント、何があったのかはわからないけど、ここにいる人たちはあなたの敵じゃないから! 一回落ち着いて!」


「っ……。」


 ヘレンの言葉に対して、迷うような様子を見せながら彼は周囲を見渡す。最後にヘレンとヘラーを交互に見たのちに、小さくため息をついた。


「……わ、かった。ヘレンがそういうなら、信じる。ヘラーも、いるみたいだし……。」


 そう言って、ようやく彼は落ち着いた。血走っていた目は白に戻っていて、その表情も幾分か楽なものになっている。


「それで、一体何があったの? ずっと学校来てなかったじゃん、心配だったんだけど!」


「本当にだよ。何があったのか教えてくれる?」


  そしてすぐに、ヘレンとヘラーが二人して質問を投げかける。


「あ……えっと……。」


 言おうか、言わまいか……そんな様子で、モーントは逡巡を見せる。しかしヘレンとヘラーの真剣な顔を見て、言わないという選択を棄却せざるを得なかったのだろう。彼はゆっくりと語り出した。


 まず、モーントはリッター家という、王都郊外にある小さな町を治めている子爵家の一人息子であるらしい。つまり本名はモーント・フォン・リッターというわけだ。ヘレンもヘラーもそのことは知っているらしい。しかし、問題はここからだ……数ヶ月前の夜、リッター家の屋敷が何者かに襲撃された。モーントは自身の部屋が外に面していたのもあって、外に飛び出してそのまま植え込みに隠れてやり過ごしたらしいが……彼の両親や屋敷にいた使用人たちは、叫び声や悲鳴だけを残して忽然と姿を消した。家財も根こそぎ持っていかれ、あえなく無一文に。そんな状態で学校になんか通えるはずもなく……。


「……あいつら、ずっと僕の部屋にいたんだ。『ガキはどこいった』とか、そんなこと何度も言ってて。植え込みを覗かれた時、本当に、終わったと思って……。」


 頭を抱えながら、モーントは言う。幸いなことに、襲撃者達は植え込みの中にいた彼には気が付かなかったらしい。


「それから、ずっと、ずっと、追われてる気がして、だから、その……。」


 ちらり、と俺の方を見てそのまま俯いた。……どうやら、一種のパラノイア的な状態になっていたらしい。急にその日暮らしの生活を強いられた挙げ句、ずっと誰かに追われているような感覚に囚われ……よく完全に精神が崩れなかったなと思う。先ほどまで彼に地味に感じていた怒りなんて、どこかへと飛んでいってしまった。


「その、ごめん、なさい……。お金を取って使ったことも、あんなことしたのも、含めて……。」


「……まあ、今はお前の話を信じることにする。」


 ひとまず、今は彼の謝罪を受け入れることにした。この話が100%本物かはわからないが、しかしある程度信じざるを得ないほどには、彼は精神的に相当追い込まれているように見えた。


「……。」


 話を聞くまでは若干不満気な顔をしていたヘルスティアも、今ではかなり複雑そうな表情を浮かべている。


「……ねぇ、私たちでどうにかできないかな……?」


「……どうにかするって、なにを?」


 モーントの両手両足の拘束を解きながら放たれたヘレンの言葉に、ヘラーが疑念のこもった声で質問する。


「モーントを、助けてあげたいなって。」


「……確かに、助けたいけどさ。僕たちにできることなんて……。」


 ちらり、と二人が俺とヘルスティアの方を見た。


「……あのな、二人……いや、三人のためにはっきり言うが。」


 と、苦々しそうな顔をしてヘルスティアが口を開いた。


「我々にできることなどないのだ。襲撃者をどうにかするなど言語道断、確かにお主らの気持ちはわかるが……聞いている限り、個人ではどうこうすることもできないレベルの問題だ。なおさら無理であろう?」


「……それに、貴族という存在が襲撃に遭っている以上、遅かれ早かれ国が動くはずだ。それであれば我々が何かをする必要なんてあるまい。」


 厳しくあるものの、彼女の真面目な言葉に対して、弟妹は何かを言うわけでもなく、俯いた。


「……まあ、暫くはそやつを家に泊めてみてはどうだ。お主らからの頼みとあっては、あの両親も許すであろう。」


 頭を掻きながらも、ヘルスティアはそう付け加える。こくり、と二人は頷いた。


「……別に、泊めるとかしなくても……迷惑になるし……。」


「「迷惑じゃない!」」


 二人のあまりにも綺麗なハモリに、モーントはたじろいでいた。


「……。」


 彼の話が全て真実であるという前提ではあるが……確かに、内心どうにかしてやりたいとは思う。が、どうしようもないのは明白だった。






 三人と別れてから数時間後、寮にて。


「……どうした、モーントとやらのことをまだ気にしているのか?」


 俺の顔から判断したのだろう。ヘルスティアが横に腰掛けながら聞いてきた。


「ああ、顔に出てたか……。いや、何かできるとは思ってねぇんだけどな。」


 少し前の俺であれば、見つけることさえできればその襲撃者をボコボコにすることはできたかもしれない。しかし、いかんせん今日のアレでいかに自分が弱ってしまったのか思い知らされた。


「あの話が本当かどうかは分からぬが……貴族を襲撃だとは、よほどの阿保か、あるいはよほど手馴れた連中なのであろうな。」


「だなぁ……。前者でも後者でも、俺たちがどうにかできる問題じゃねぇよ。」


 なんとなくモヤモヤとした感情が渦巻く。無理だとはわかっているが、どうにかしたいと思った気持ち。転生以来初めて抱いた感覚だ。


「……まあ、今日はもう寝るとしよう。明日も休みなのだし。」


「……だな。」


 きっと寝れば、この感情もどこかに行っているだろう。今はそう信じて、眠るしかなかった。……本当に、何もできないのだろうか。

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