失うのか捨てるのか
兄さんに彼女ができてしまいました。それはもう羨ましいほどに仲睦まじいです。
これはもう、私に立ち入る隙は無いです。
そして、私はもう必要ではなくなったということです。
私、柊薊は兄さんの精神的支柱であったために今までの様な関係を築くことができました。
しかし、現実の問題として私をもう必要とはしなくなっているという現状です。
あれです。兄さんのゲーム的に言えば『ルートから外れた』といったところでしょうか?
なぜ知っているかと?一度だけさせてもらいました。
キスシーンが濃厚なだけなのになぜR18なのでしょうか?
最近の映画は大体このぐらいではないでしょうか?
まあ、その話はさておき……兄さんへの気持ちを自覚した途端この仕打ち……
涙が出てきますよ、本当に。
透さんはとてもいい人です。性格も良くて、兄さんの事もしっかり考えてくれる人です。
感受性と深読みしすぎて心がパンクしそうになるというのも特徴の一つです。
だから、私たちの気持ちを言うわけにはいかないのです。
そうすればきっと、彼女は罪悪感で潰れてしまいます。それはもう簡単に……
私たちの悲願を成就させるだけならこれで済みます。
そんなこと……できるわけないじゃないですか。
言ってしまえば、兄さんの周りにいる人物は余すところなく恋愛に向かない人物であるのです。
他人の好意を知って罪悪感で押しつぶされるお嬢様
本人の意思だけを尊重する自己犠牲型の同人作家
封殺した自己を取り戻しかけている姉の元依り代
何よりも優先する一方で、邪魔者を排除できない小心者
あと、委員長さんは微妙なラインなので除外します。
お姉様は近いうちに自覚するでしょう……自分の内側を、お姉ちゃんではない
“自分”を。
綾さんは、私たちの中では一番の容姿なのですが、兄さんにとっては意味があまりありません。
綾さんは兄さんに気に入られてはいますが、そういう感情は一切ないでしょう。
最初の段階で自覚して、今は都合のいい女を目指しています。
きっと、兄さんを一番理解できているのではないでしょうか……
そう思う自分もいます。
私は、兄さんといる時間が長い一方で、一番気付くのに遅れていました。
気付いてからは、誰にもとられたくない……そう思っていました。
邪魔者を排除しようとしたことはあってもしたことはありません。
結局、実行にすら移せない。そんな小心者なのでした。
兄さんは、私の本質を“綺麗”だといいました。それは今もなのでしょうか?
本質は変わらないらしいのですが、私は今の自分がとても醜くて嫌いです。
自分がそういう感情を抱いていることを伝える勇気すらなかったのです。
欲しいと思う一方で、失くしたくないと思っていました。
兄さんは生まれながらの“傑作”でした。一方の私は“歴代最低の凡人”です。
小さい頃に言われたことを今でも覚えています。
「何で、あの天才の子なのにこんなに凡才なのか。」
「あの歴代最高の次だからじゃねえの。」
「ここで柊は潰えるのかねえ。」
「澪ちゃん次第じゃねえの。」
そんなことをわざと聞こえるように言われてきました。
天才の中の天才のお父さん。その完璧な子供のお姉ちゃん。
だからこそ、お姉ちゃんに付きっきりであり、幼い頃の兄さんにも憧れていました。
子供というものは大人の言葉を聞いているものなのです。
当の本人たちは『子供だからわかんねえだろ』と思っていますが……
本当に、子供のころに気付いていないのならそんなことを言う資格すらないのですが、
私は家柄的にも実力を求められていたのも事実です。
昔から何も変わっていません。
お姉ちゃんの【何もできないかわいい薊ちゃん】から一切変われていません。
今思えば本当に性格悪いですね、お姉ちゃん。
でも、尊敬すべき偉大な姉でした。
私は、ちっぽけな人間で、兄さんの側にいる価値がなくて、誰からも必要とされない、いらない子。
私は、自分で分かっていたのに言ってはいけないことを言ってしまいました。
透さんに『お兄ちゃんのこと好き?』と聞かれました。
馬鹿な私……分かっていたのに……言ってしまったらどうなるかなんて……
でも、自分を抑えることもできませんでした。ただの、廃棄物ですね。
たった一年でも、兄さんの役に立てたことを光栄に思います。
でも最後に、もう一仕事。
私と同じで、いつまでも逃げている人を探しに行きましょう。
まあ、向こうも別の事をしているので私よりはいいですがね……
私はアノ人を探してとある町まで来ています。
そこは、かつて【雨宮総司】が保護した竜種の一家が住んでいる町です。
雨宮総司は言ってしまえば、幻想種狩りの名家の雨宮家本家から勘当されています。
本人は、本家の次男でありながら兄と弟と違い【先祖返り】と呼ばれる
吸血鬼の力を一切使えなかったところから家でも扱いが悪かったそうです。
しかし、その他の技能は群を抜いていました。
でも、雨宮家は技能よりも【先祖返り】を優先する傾向にあったため埋没するのでした。
そんなある日、彼は雨宮家の精鋭を大量投入するはずの依頼を単身でこなしてしまいました。
彼は、リザードマンと呼ばれるトカゲ人間の巣窟から“2人”の竜種の子を助け出しました。
もちろん巣の中は一掃されたリザードマンであふれています。
しかし、それをもろともせずに……むしろ一掃していました。
これが雨宮総司の“輝かしい”過去。
その一方で、さらに居心地が悪くなり、“暗い”過去で家と対立して勘当されてしまいます。
それは、『もともと、竜の子たちは処分する予定だった』というものです。
雨宮家は自分たち以外の幻想種を一切認めない家だったのです。
そして、竜の子の片割れを“処分”されてしまいます。
辛うじて連れ出した竜の子がここに住んでいます。
今は、兄さんよりも年上の子がいるそうです。
そして、今その場所へと着いてしまいました。
「すみません。そこに雨宮総司、もしくは村上輝樹を名乗る人物はいらっしゃいますか?」
数秒の間が開いて
「ああ、いるぜ。入りな。お前があいつの妹か……いいさ。」
あいつ……妹ということはお姉ちゃんか兄さんの知り合い?でしょうか。
先程の人物は竜ケ崎藍染、かつて上条学園に通っていた兄さんの先輩にあたる方……
同時に凛久さんの話で登場した“先輩”と同一人物でした。
それだから「親父さんによろしくな」なのですか。
どうやらこの家にアノ人はいるようです。
ほとんどお父さんの言ったことですけどね。
『本当に困ったときにあいつは竜の一家の家に行くんだ』
そう言っていました。
「思ったよりも早かったな。」
「そうですね。私も残った仕事をしに来ただけです。」
「そうか。」
私自身に価値はもうない。そういうことを悟られれば本当にあの家に戻れなくなる……
本当にそれでいいのか?でも、そう決めましたから。
「兄さんに彼女ができました。」
「……そうか。」
「ほ~う、相手はあの猫さんか?」
「いいえ、その人はもう……」
「そういやそうだったな……」
アイゼンさんはあの二人を知っています。だから、やるせない気持ちなのでしょう。
それと、私の考えていることは正解だったようです。
「私はもう必要がないから、せめてあなたを連れて帰るぐらいはしないといけません。最後に。」
結局、私があの家にいられたのはそういう理由だったからです。
この人が、兄さんのために……それが私の居ていい訳。
「ああ、私もそろそろ準備ができたから帰るとしよう。瑠璃、そろそろ出る。」
瑠璃さんは、この人が助けた竜種。それ故、このように融通が利きます。
「いいの?もう出て?もう少し時間がいるんでしょ。」
「予定が変わった。思ったよりも早く展開していた。」
予定?展開?分からないことだらけでした。
でも、それはもう関係のないことです。
私はもう一度家に帰るように告げて外へと飛び出しました。
もう、あの幸せなところへは戻れない。
そんなときに目の前に転機が訪れるのでした。




