これで良かった、はずなんだ
透さんと付き合い始めてから一か月程経過した。
彼女との日々はとても充実したものであったが、ボクは何か違和感を感じていた。
コレジャナイ、コレジャナイ。デモナニガコレジャナインダ。
透さんは良い人だし、ボクももちろん好きだ。
でも、彼女が笑うときに何かが決定的に欠けている気がした。
それが顕著なのはここ最近のこと、薊と何かを話したとき以来。
あの子が透さんを苦しめる発言を自分からするはずはない。
となれば、彼女の心の弱さに響く何かを言ってしまったのかもしれない。
薊も最近ボクと話していない。
今思い返せば、不自然なほど距離があった。
いや、空けていた。
ボクは、薊を遠ざけていた。そういうことなのか。
その無意識の意味を知ったときにボクは決断を下すことになる。
今日は透さんと特に何ということもなく家にいた。
もちろんボクの家に……だって、向こうの家居づらい。
あちらさん(父親)は何だかボクを微妙に恐れてるし、
母親の方の見透かしているような瞳は純粋に怖いです。
「晃司さん、今日はお昼寝でもどうですか?」
おっと、諸君これはそういう意味ではないよ。ただいちゃついてるだけ。
これを言うと綾ちゃんから『リア爆はよ』とか言われる。
言え言うたんはお前やろが!
「いいよでも」
「でも?」
「ボクの腕に抱き着いたら30ポイント、腕枕25ポイント。
後ろから抱きしめるのは少々高い50ポイント。
1ポイント=100円の換算となります。」
「どこの出会い系ですか!」
あれ?知ってるんだ。
「まさか……」
「いいえ、違います。少々お勝手ながら晃司さんのゲームと同じものをプレイさせていただきました
(ニコッ)」
あ……ちょ、待てや。それ、見られたらあかんやつ。
希と綾ちゃん以外見せちゃあかんやつ。はい、エロゲです。
前に薊がどうしてもと上目遣いで迫られて、Hシーンカット機能付きのをしたことならあります。
まあ、それは余りにも性能が高すぎて逆にカット機能が付いた伝説の一品だけど……
ついでに、エロゲでする奴はクズだと個人的には思います。
「私は別に引いたりしていません。正直、かなり良かったと思います。」
「へ?」
「そういうものかと思ってみれば、中を開けたらかなり完成度の高い作品でした。
そういうシーンは引き立てる役目としてみるととても良いものでした。
正直、偏見は良くないなと思いました。」
どうしよう、エロゲコンシューマーを増やしたかもしれません。
しかも彼女をです。
確かに、透さんの意見に賛成。
エロゲというものはHシーンのためにレッテルを張られがちだが、名作は多い。
ここ最近はよく言われて足を引っ張りたい奴らの武器となりつつあるが
FATEも元はエロゲである。
君たちも一度は感動したことがあるかもしれない作品もエロゲ原作が多いかもしれない。
例えば、Keyなんかはテレビ化されることも多く。最後は感動のシーンがよくある。この会社は、エロゲの会社。よく京アニが制作して割と本気を出していることから、かなり期待されていたことも分かる。そういうものもある。
まあ、そんな話は置いておこう。
「正直、漁ったことは謝ります。見てしまった瞬間にやってしまったと思いましたけど、
好奇心には勝てませんでした。」
ああ、そうか。そういうところか。
「いいよ、そんなことで気持ちが変わったりなんかしないし理解してくれる人数が増えるのも
有り難いかな。」
ボクはそのとき、自然と彼女の頭を撫でようとしていたがやめてしまった。
そう言えば、いつから薊の頭を撫でてなかったかな?
こんな時はたぶん彼女を妹よりも優先するべきだろうけど、少し罪悪感を感じて躊躇う。
それに、ボクの発言の元ネタには頭を撫でるというコースもあった。
けど、それを無意識に阻害していた。どうしてだろうか。
これはただ、シスコンであること以外の理由があるのかもしれない。
そして、結局お昼寝コースになりました。
普通に熟睡してしまい気が付けば午後6時。
門限のある鳥海家はそれなりに時間に厳しい。という訳で急がねば……
「透さん、とお……」
気付いてしまった。彼女が泣いていることに。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
ただ謝っていた。なぜなのか。何かに対してずっと謝っていた。
それは寝言であり、うなされているだけかもしれない。
だけど、それだけでは言い表せない。そんな悲痛な叫びが感じ取れた。
「本当に、何してたんだかなぁ。」
結局、自分は自分だけ楽しんで何もしてこなかった。
透さんの事を何も考えれてなかった。考えなかった。
笑ったときの違和感。ボクがいない時にする表情。
ヒントはたくさんあった。でも、無視していた。
本当に……ボクは何も変わっちゃぁいない。
クソみたいな人間性を持った壊れたクズ人間。
生まれた瞬間から澪姉さんを不幸にし、薊をより一層孤立させた原因。
凛久だって、助けることはできたはずなんだ。
そうすれば、ボクはこんなにも道を踏み外すこともなかった。
無責任に過去を思い出し、なかったことにするべき事を掘り起こした。
ボクがしたことは誠に恨まれたって文句は言えない。
生まれたこと自体が罪なのだから。
そして、こうやって自嘲するしかできもしない。何のために生まれてきたのかねぇ。
最高の人類を作ったはずだろ。全く。
「透さん、起きて。」
ボクは取り繕うようにできる限り優しくささやいた。不気味なくらいに優しく。
ボクはここまでしても撫でたりしなかった。
ボクはちっとも優しくない。
透さんも起きない。きっと、心労なのだろう。
ボク達はあんまり熟睡はしないから。
そういうことならと、ボクは透さんを抱えて家まで運ぶことにした。
区が違うけど【狂気】なら関係ない。
でも、使うたびに思う。『ボクはもう一人なんだ』と。
【オレ】はもう存在しない。【ボク】しか残っていない。
【オレ】と【ボク】は【俺】から分裂したものにしか過ぎない。
もう【俺】がなくなってしまった以上、【ボク】しか残っていない。
最初は疎ましく思っていたのに、結局、誰かに依存しないと人は生きてはいけない。
【オレ】もボクにとっての依存相手であり、柱だった。
今までの自分ではしたくない【汚れ仕事】を押し付けた。
記憶にないことも多いが、殺してしまった人もいたはずだ。
それを【オレ】がやったから【ボク】には関係ないと……
【オレ】をどうにかしなければ……お前の意思だろ!ふざけんな!
誰かに押し付ければ自分は無実になれる。そうやっていつまでも現実から目を背け続けていた。
姉さんの遺言……普通になる……自己暗示……ざけんな!逃げたいだけだろ!
その気なら父さんの記憶操作も無効にできたし、覚悟ができればいつでも
記憶を取り戻すこともできた。
目の前のいやな現実からいつまでも目をそらし続けていた。
ボクがどうして透さんからの告白を受け入れたのか?
そんなこと、『自分で言っていたじゃないか』……
ボクは決断を迫られている。
そして、透さんの罪悪感も同種のモノであったこともそれなりに察しがついていた。
だから、明日……話し合わなければいけない。
今の……無視を続ければ続く幸せを……どうするのか。
昨晩、鳥海家から電話があった。
「娘を送ってもらってありがとう。」
当然のことです。と、ありきたりな言葉を返す……しかできない。
「本題は別にあるんだが、最近どうにも娘の様子がおかしい。
今日も目を覚ましてから少し動揺していたようだった。
君が送ったことを言うと少しだけ安心したようだった。」
正確には、『門限が近づいたから』という枕詞があるのだろう。
「何かあるのかね?」
流石は親ばかで有名な人ではある。
「透さんが隠していたいことのようでしたのであまり干渉しないようにしていたのですが、
今日あったことから……手を付けようと思いました。」
それと、
「明日には全てのことに決着をつけます。」
ボクは『全て』を強調する。これは自分に対してでもある。
自分への決意表明も兼ねていた。でも、相手にはどう聞こえただろう。
結果次第では、もう【会うことのない人物】になってしまうから、どうでもいいと思ってしまった。
この日、食卓に薊がいないことを気にしている余裕などなかった。
結局、世界というものは甘いことと、苦いことでできているのだろう。
アメとムチとでもいうべきだろうか。
自分の人生もそうであったことをこの17年間の人生の中で実感する。
幸せが現れ、壊れる……というより、壊した。
ボクのして来たことなんてそんなこと。
生き様とすらいえない。今回もまた、そういうことをしている。
これを最後にしたい。ボクも先に進まなければいけない。
【壊し方】を考えなければいけない。それが、自分の中の試練。
成長の仕方の確認。採点も内容も簡単すぎる。だから見逃してきた。
誰しもが「人を傷つけないように生きましょう」を実践できていれば
戦争もいじめも潰し合いもなく、誰もが協力して生きていける。
それは理想的な反面、非理想的でもある。
自分の意思がそこにはない。そこにあるのは【相手がどうしたい】だけ。
でも、ボク自身がどうしたいのか一番わかっていない。
ボクの中にあるのは【正しいことをする】というコンピューターじみた思想しかない。
人を助けるのもその一環なのだろう。綺麗事を語っても中身が釣り合わない。
透さんもロクでもないのに勘違いしてしまったのかもしれない。
「晃司さん、おはようございます。昨日はすみませんでした。」
彼女は恥ずかしそうに肩にかけた髪を撫でる。
彼女の髪形は肩の付近で軽く髪をまとめて肩に掛けるというもの。
割と……いや、かなりフェチズムを刺激される。
普段とは違う髪型をしてきている。それも、かなりボク好みに……
そういうことなのだろう。彼女はそういうつもりなのだと確信した。
「晃司さんの前であんなはしたない……」
次の言葉を言わせない。少々ずるいが
「昨日寝言を聞いた。君が何に対して罪悪感を抱いているか、それも分かっている。」
「……」
そのまま黙り込んでしまう。自分の意思は少し封じた。
もう自分を庇う様なことはしないといった直後なのに……これは仕方ない。
「薊や希達だろ。」
少しの沈黙の後、
「はい。」
その中に込められた気持ちはわからない。
すべてを自覚した今は、機械的にしか人の気持ちはわからない。
いや、誰も人の気持ちなんてくみ取れない。
分かったふりをしているだけだ。人類は分かり合えてなんていない。
「薊ちゃんと話していて自分の身勝手さに気が付きました。晃司さんを必要としている人は
たくさんいます。それを自分だけで独占しようというのです。
自分がどれだけ欲深いのかと思いました。」
そうである。ボクは同時に複数人を苦しめていた。
薊は“独り”だった。それを知ってしまい自己嫌悪に陥る。
「それは別に悪いことではないよ。結局、誰かが誰かを独占して誰かがこぼれる。
そういうものだよ。君は、優しすぎたんだ。」
言葉が途切れる。ボクは決して口がうまい方ではない。口下手な方である。
「ボクも透さんに謝らなければいけない事があったんだ。」
「分かってますよ。」
すぐに言われる。ボクはそのことに既に自覚していたのだろうか?
「薊ちゃんと私を重ねていたんですよね。これ以上、深みにはまらないように。」
正解だった。ボクはそのことを無意識にしていた。だから違和感を感じた。
薊とは違う。なぜこんなことをさせているんだと。
「そうだ……」
その先を続ける勇気なんてなかった。感情を押し殺すことはもうしない。
自分の感情と向き合わなければいけない。
「そうですね。私は……今でも晃司さんが好きです。だから……」
一拍置いて
「一度別れましょう。」
彼女ははきはきとその言葉を言っていたが、表情はぐちゃぐちゃだった。
続けて言うには、
「今度は正々堂々と勝負して、今度こそ私を選ばせてみます。」
男の意地としてはここで何か言わなければいけないが……
そんなこと、彼女を冒涜するに他ならない。世間の常識は人を苦しめる。
「私は自分では何もできないですし、しようともしなかったです。
辛い現実からは目を背けて、ただただ逃げて、縋りついていました。
晃司さんは今こうして先に進むことを選んでいます。私も、負けません。」
自分はそんな御大層なものじゃない。
「ボクはそんなにすごくはない。そもそも惚れてもらったことすら間違いかもしれない。
だから、外にも目を向けて、この期間のうちに何かを得よう。
それでも、ボクを選ぶのなら。ボクもその時の気持ちを正直にぶつける。それでいい?」
「はい。」
彼女は笑顔でそういった。それは強がりなのは誰が見ても明らかである。
自分のダメさ加減を思い知ることになった。
こうして、人生初の彼女とは2か月弱の交際の果てに別れた。
その帰り道の事
ボクは少し前に見知った顔に会う。それも大分変わり果てた姿で。
「はぁ…村上晃司……ここにいたのかぁ……」
それは井ノ森、その姿は異形であるが。
不自然にまで細くなったシルエット、その割に脆さを感じさせない肉体。
それ以上に……
「うぅ……あぁがっ」
苦しい、気持ち悪い、体の中のものを全てぶちまけたい。
あいつを殺したい。これは自分の為なんだ。あの成り損ないを壊せ。
「ああ、苦しいだろう。俺はあの人に、誠さんに変えてもらった。」
誠……ここでその名前が出るとは……
コイツはヤバいかな?
「今の俺は吸血鬼、今のお前は共鳴反応でまともに動けねえんだよ。」
共鳴反応?
恐らく、ボクの体の構成に使われていたもの。父さんの家系のかな?
「ここでいい話を教えてやろう。お前の妹は誠さんが回収した。」
いま、何と言った?薊が誠のもとに。誠が自ら……
「俺はお前がしっかり死ねるようにしてやるよぉ!」
ものすごい速さで飛んでくる。本当に人ではないようだ。
「殺す!」
ここから先は全て本能だった。
知らぬ間に相手の突き出していた拳を掴んでひねる。
相手の体が回転して方向がずれる。
そのまま、膝と肘で頭蓋骨をサンドウィッチしてマッシュした。
「あ……」
気付かず、瞳を紅に染めて服に大量の血液を染みつかせていた。
これでもう、後戻りはできなくなった。
今のボクは……薊を取り返すことしか考える余裕はなかった。




