異世界美男子、現代の戦場でうさぎを取る
千海はスマホにメモをしていたが、璃景が動かないので、そっと手を引いてエレベーター前からフロア側へ移動させた。
「す、すまない……。しかし、千海。これは一体どういうことだ……」
璃景はサングラス越しに目を見開き、目の前に広がる光景を呆然と見つめていた。
蒼嶺国では考えられないほど高い天井。
どこまでも続く、白く輝く床。
壁一面に、まるで宝飾品のように美しく整然と並べられた無数の衣服や道具たち。
そして何より、その中を信じられないほど多くの人々が、当たり前のように行き交っている。
「これが……ただの、買い物をする場所なのかい?まるで王宮の宝物庫が、そのまま街になったようだ……」
璃景が呆気にとられて呟いている横を、人々が通り過ぎていく。
特に若い女性たちは、璃景を見るなり足を緩め、振り返り、小さく悲鳴のような声を上げていた。
サングラスをしていても、やはり目立ってしまっている。
璃景はハッとして、口元を真面目な形に引き締めた。
だが、あまり意味はなかった。
「……危うく微笑むところだった」
「連れ去られますよ」
「それは困る」
「それに、死人が出ますよ」
「これで死人が出たら、君の取材どころではなくなるからね」
「でも、その話で一話書けますね」
「千海……できれば、私が誰かを殺す話はやめてくれるかな?」
「実話になったら誇張して書くので、璃景さんだとは分かりません」
「そういう問題ではないと思うんだ」
「それ以外、何がありますか?」
「うん。なんでもない。さて、今から私は、君から一歩も離れないようにするよ」
「そうしてください」
「次は、どこへ向かえばいいのかな? 荷物ならいくらでも持つからね」
璃景は、先ほど引かれた手の温もりをまだ名残惜しく感じていた。
それを悟られないようにしながら、千海の斜め後ろにぴったりと寄り添う。
大きな体で、周囲の視線から千海を護るように。
「ちょっと、護衛の位置取りやめてください。この国では横でいいですから」
千海は小声で笑いながら言った。
「そうなのかい?」
「はい」
「わかった」
ようやく二人は並んで歩き出した。
とはいえ、目立つ。
とにかく、目立つ。
ショッピングモールの一角に入り、千海は璃景に服を合わせていく。
「困ったわ。イケメン、何でも似合う問題。この際、一着スーツでも買ってみるか……」
そしてすぐに首を振る。
「いやいや。また今度」
璃景は苦笑しながら、千海の言う通りに動いた。
「千海は、すーつが好きなのか?」
「え?スーツですか?そうですね。かっこいいと創作のイメージが湧きますよね」
「なるほど」
その後、旅行バッグも買い、日用品も買った。
買い物袋は、かなりの量になった。
けれど、さすがの璃景である。難なく持ってしまった。
「凄いですね」
「私の国では、甲冑をまとって丸一日馬を駆ることもあったからね」
璃景は両手にいくつもの買い物袋をぶら下げながら、涼しい顔で千海の隣を歩いていた。
「布と、この……この袋の軽さなら、いくらでも持てるよ」
「頼もしいですね」
「荷物持ちとしては合格かな?」
「かなり合格です」
サングラスの奥で、周囲の視線が突き刺さるのを璃景は感じていた。
けれど、千海の言いつけ通り、絶対に微笑まないよう表情を引き締める。
いや、正確には、引き締めざるを得ない理由がもう一つあった。
「千海、先ほど言っていた……スーツというものについてだが」
璃景は歩調を合わせながら、千海の横顔を覗き込んだ。
「それを着ると、制作イメージとやらが湧くのだね? 私の姿を見て、君の物語の着想が得られるのなら……さっき『また今度』と言わずに、一着試してみても良かったのだよ。君が格好いいと思う姿になれるのなら、私は喜んでその、スーツとやらに身を包もう」
すれ違った若い女性たちが、またしても足を止めた。
「今の声、聞いた?」
「やばい……」
そんな小さな声が聞こえる。
璃景は千海を見る。
しかし、カートを押す千海の足取りは軽やかだった。
大きな旅行バッグや日用品を、次々と璃景へ渡していく。
そして満面の笑みで、拳を握りふんすと言う。
「スーツは取材旅行が終わってからじっくり似合うのを買います」
「わかったよ」
「はい」
「さあ、これで旅の支度は万端かい?」
璃景は両手いっぱいに荷物を持ったまま、少し誇らしげに言った。
千海はカートを押しながら、ふと足を止める。
「璃景さん、何か欲しいもの、あります?」
「欲しいもの?」
「いつも使っていたものとか、必要なものとかですかね」
「今は無いから、欲しいものが出来たら相談してもいいかな?」
「了解ですー。そうだ。璃景さん、文字って読めるんですか?」
璃景は少し困ったように、近くの案内表示へ視線を向けた。
「先ほどから、何か字らしきものは認識しているんだが……まったく読めないね」
「まぁ、会話できてるだけ感謝ですよね」
「本当にそうだね」
「でも、読めるようにはなりたいですよね? いつ帰れるか分からないし……」
「まぁ、確かに……」
「じゃあ、あとでひらがなの教材も買いましょう。本屋さんにも寄ります」
「本屋か……」
その響きに、璃景の表情が少し和らいだ。
知らない世界でも、本を扱う場所には心惹かれるものがあるのかもしれない。
「それは、少し楽しみだね」
璃景は両手いっぱいに荷物を持ったまま、千海の隣に並んだ。
「両手は塞がっているが、高いところの物を取るのも、君の身に危険が迫ったときに前に出るのも、何の問題もないよ。……あぁ、横に並んで歩くのだったね」
璃景は一歩下がりそうになった足を止め、千海と肩を並べ直した。
サングラスの奥の目が、柔らかく細められる。
「できれば、横にお願いします」
千海がクスクスと笑う。
璃景も、つられるように小さく笑った。
「では、横に並ぶ護衛として務めよう」
「護衛なんですね」
「荷物持ち兼、護衛兼、ネタだからね」
「役職が増えてますね」
「この国は、覚える言葉も、私の役目も忙しいね」
二人は小さく笑い合いながら、買い物袋を抱えて歩き出した。
その途中で、璃景がまた足を止めた。
先ほどまでの衣料品売り場とは違う。
明るい音楽。
電子音。
何かが落ちる音。
子どもたちの笑い声。
眩しいほどの光。
璃景は、サングラスの奥で目を見開いた。
「千海……音が……凄すぎるのだが、ここでは戦でもしているのかい?」
「そう見えますか?」
「どんどん、がやがや……。それに、眩しい……」
「ここは遊ぶところです」
「遊ぶところ」
「はい。ゲームセンターです」
「げーむ、せんたー……」
「また増えましたね」
璃景は、目の前に並んだ不思議な箱を見つめた。
中には、ぬいぐるみや小さな景品が詰め込まれている。
その上で、銀色の腕のようなものがゆっくりと動いていた。
「試しに、UFOキャッチャーしてみます?」
「ゆーふぉー……?」
千海は笑い、璃景の腕を軽く引いた。
「この中の景品を取る遊びです」
「中の物を、取る?」
「はい。あのアームを動かして、掴んで、落とすんです」
「なるほど。……なかなか戦略性がありそうだね」
「急に真剣ですね」
千海は可愛いうさぎのぬいぐるみを狙い、試しに動かしてみる。
けれど、アームはぬいぐるみを少し持ち上げただけで、するりと落としてしまった。
「あー、やっぱり難しいですね」
璃景はそれをじっと見ていた。
「ここを押せばいいのかい?」
「はい。お金入れますね」
「なるほど」
千海は少し笑いながら、もう一度お金を入れた。
「ふふふ。どうぞ」
「千海、もう一度」
「はいはい」
璃景は真剣な顔でボタンを押した。
アームが下りる。
うさぎのぬいぐるみを掴む。
持ち上げる。
そして、落ちた。
「千海、なぜだ? 掴んだぞ」
「落ちちゃいましたね」
璃景は、少しだけ悔しそうに眉を寄せた。
「もう一度……」
「はいはい」
三度目。
璃景は今度こそ慎重に位置を見定め、ボタンを押した。
アームが下りる。
うさぎを掴む。
ゆっくりと持ち上がる。
千海も、思わず見守った。
ころん、と小さなうさぎのぬいぐるみが取り出し口へ落ちる。
「千海、取れたよ」
「……イケメン、ずるい……」
「ここから取ればいいのかい?」
璃景は取り出し口に手を伸ばし、手乗りサイズの可愛いうさぎを取り出した。
そして、それを千海へ差し出す。
「ありがとう、千海。これは、君に」
「え、私にですか?」
「君が選んだものだろう?」
千海は一瞬目を丸くしたあと、そっと受け取った。
「……ありがとうございます」
その様子を見ていた周りの女性たちが、小さくざわめく。
「あの子いいなぁ……」
「イケメン彼氏、うらやましい……」
「何してもかっこいい……」
千海はうさぎのぬいぐるみを片手に、楽しそうにスマホを取り出した。
(そうですね。イケメン効果問題。メモメモ)
璃景はその横顔を見て、少しだけ目を細めた。
自分が渡した小さなうさぎよりも、千海がそれを小説のネタとして嬉しそうに抱えていることの方が、なぜか胸に残った。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
すべてが小説のネタになる千海。
今回は、うさぎのぬいぐるみで少しどきっとしてもいいはずでしたが……千海は千海でした。
二人がどんな掛け合いをしていくのか、楽しんでいただけましたら嬉しいです。
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