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着物姿を残したい璃景と、作家脳の千海


二人は華やかな着物姿で古い町並みを歩き、互いに写真を撮り合った。


「素晴らしい資料です。似合いすぎます。やはり美男子は何を着ても似合う問題……ご都合主義ですね。メモメモ」


千海ちかが楽しそうにスマートフォンを構える中、璃景りけいは苦笑いを浮かべながら写真を撮られ続けていた。


しかし、ふと思いついたように千海を見つめる。


「千海、一緒に撮っておくれよ」


「私もですか?」


「そうだよ。可愛く着飾ったのに、残さないと駄目だろう?」


「そうですね……多分」


千海が少し照れくさそうに頷き、二人は並んで画面に収まった。


撮影を終えた後、璃景が手元のスマートフォンを興味深げに見つめる。


「これは私でも撮れるかな?」


「はい、ここをタッチ……触ってください」


千海に教えられた通り、璃景が画面の指定された場所をそっと触ると、ぱしゃりと軽快なシャッター音が響いた。


「おぉぉ。撮れたよ、千海」


「はい、撮れましたね」


「よし、可愛い千海を撮ろう」


璃景はまるで最新の兵器を初めて手にした少年のような、好奇心と緊張の入り混じった瞳で、千海から手渡されたスマートフォンを構え直した。


「え、私ですか!? 私は撮る専門でいいんですよ」


「だめだよ。こんなに美しく装った君の姿を、スマホに収めないなど、それこそ護衛官としての職務怠慢というものだ」


璃景は、真面目な顔で続ける。


「さあ、そこへ立っておくれよ」


千海は照れくささから「もう、璃景さんまでご都合主義に染まって……」とぶつぶつ言いながらも、歴史ある町並みの格子戸を背にして、ちょこんと佇んだ。


「いくよ、千海。ここを……触る、だったね」


璃景は大きな指先を画面に慎重に近づけ、教わった通りに画面を優しく叩いた。


ぱしゃり、と再び音が響く。


「おぉ……! 撮れた。撮れたよ、千海! 画面の中の君も、実に見事に、そして可愛らしく収まっている」


璃景はまるで大きな戦果を挙げたかのような歓声を上げ、嬉しそうに画面を千海に見せた。


そこには、慣れない着物姿で少しはにかみながらも、ひときわ嬉しそうに微笑む千海の姿が鮮明に写し出されていた。


「本当だ、ばっちりですね。璃景さん、初めてなのに筋がいいです」


「ふふ、ふふ。そうかい? 君のその笑顔という最高の標的が良かったからだろうね」


璃景はサングラスのない瞳を細め、心底楽しそうに喉を鳴らした。


千海は璃景のかなりの褒め言葉に照れつつも、スマートフォンに喜ぶ姿に嬉しくなる。


「東京に帰ったらスマホを璃景さんの分用意しますね」


「本当かい!? 沢山私も千海をこんな感じでおさめられるんだね?」


「そこですか?」


「せっかく覚えたんだ。これからは私も千海の手伝いができるというものだよ」


璃景は、手の中のスマートフォンを慎重に千海へ返した。


「これからは君が私を記録するだけでなく、私もスマホを使って、君との旅の軌跡をいくらでも記録してあげるからね、我が麗しき作家殿」


お揃いの美しい着物に身を包んだ二人は、互いにレンズを向け合いながら、楽しい取材旅行だけでない、宮島に新たな笑顔の記憶を幾重にも刻み込んでいくのだった。


着物を返しに店へ戻る途中、璃景がスマートフォンで千海を何枚も撮っているのを見かねた店員さんが、二人の写真を数枚撮ってくれた。


「千海、二人の写真が撮れてよかったね」


「そうですね、美男子は何を着ても、何をしていても“お得”とメモできました」


着物を返却し、二人はすっかり日が落ちた宮島の町並みを抜けて、宿へと戻ってきた。


一日中歩き回り、伝統の正装に身を包んだ緊張感からも解放され、千海は心地よい疲労感に息を吐きながら璃景へと声をかけた。


「私は先に中で髪を洗いたいので、璃景さんは露天風呂をゆっくりどうぞ」


「あぁ、すまないね」


璃景はその言葉に甘え、先に客室露天風呂へと入ることにした。


テラスへと続くガラス戸を開けると、夜の瀬戸内海から吹き付ける、少しひんやりとした潮風が心地よく肌を撫でる。


璃景は湯を湛えた露天風呂へと、ゆっくり身体を沈めた。


「……っ、ふぅ……」


じんわりと身体の芯まで染み渡る温泉の熱に、璃景は思わず深くため息をついた。


朝の山登りの疲労や、ロープウェイでの小さな緊張、そしてお好み焼きや焼きガキの美味に圧倒された記憶が、温かい湯の中に優しく溶け出していく。


夜の闇に包まれた穏やかな海を見つめながら、彼はどこか夢見心地な気分に浸っていた。


(それにしても、今日も実に濃密な一日だった……)


空を渡る鉄の箱。


鉄板の上で旨味を増していくお好み焼き。


それに、着物に身を包んだ千海の、あの凛とした美しい姿。


自分が彼女を撮影した瞬間の、画面越しに見つめた弾けるような笑顔が、今も脳裏に鮮明に残っていた。


そんな感傷に浸っていると、内風呂の方から、千海が身支度を整えているらしい微かな音がする。


璃景は一瞬だけ息を止めたが、すぐに深く息を吐く。


(落ち着け……私は完璧な盾、近衛の長だ。邪念を払え……)


彼は手で湯をすくい、端正な顔を軽く濡らして頭を振った。


そして、自分の理性を繋ぎ止めるように、昨夜から必死に頭に叩き込んできたひらがなとカタカナの文字、そして今日千海が何度も口にしていた「ご都合主義」という不思議な言葉を頭の中で何度も反芻した。


異界の夜は静かに更けていく。


璃景は、遠くに聞こえる音と、夜の瀬戸内の気配を感じながら、宮島の豊かな湯を心ゆくまで堪能するのだった。


湯から上がり、軽く水気を拭ってから部屋へと戻った璃景は、ベッドの上に力尽きたように横たわっている千海の姿を見つけ、慌てて歩み寄った。


「千海、大丈夫かい?」


心配そうに覗き込む璃景を見上げ、千海は枕に顔を埋めたまま、かすれた声で恨めしそうに訴えた。


「璃景さん、日頃引きこもりの私には山登りは過酷でした……。もう一歩も動けません……」


日頃から部屋に籠もって物語を紡いでいる千海にとって、あのロープウェイへ至るまでの山道や、着物姿での散策は、想像以上に体力を削る強行軍だったのだろう。


その哀れっぽくもどこか微笑ましい彼女の姿に、璃景は優しく微笑む。


「千海……。まず帯を締め直してあげるから、少しだけ起きられるかい? そのままの格好で寝てしまっては、身体に障るからね」


「頑張ります……」


千海はうめき声を上げながら、のっそりと身体を起こした。


湯上がりで力の抜けた千海の姿に、璃景は一瞬だけ息を呑む。


けれど、すぐに視線を落とした。


今は、疲れ切った彼女を休ませることが先だ。


(落ち着くんだ。私は彼女の盾であり、今はただ、疲れた主君の手助けをしているだけだ)


内心の動揺を表に出さぬよう、璃景はあえて一つ大きく深呼吸をしてから、千海の腰元へと視線を戻した。


「さあ、ゆっくりでいい。きゅっと締めて、楽にさせてあげるからね」


璃景は大きな手を震わせぬよう細心の注意を払いながら、千海の緩んだ帯の端へとそっと指先を伸ばした。


窓の外で静かに波打つ瀬戸内海の夜が、二人の沈黙を優しく包み込んでいく。


少しして部屋に食事が届けられると、その芳しい香りに誘われるようにして、千海の体力が劇的に復活した。


さっきまでベッドで行き倒れていたのが嘘のように、彼女は目を輝かせて箸を動かし、楽しそうに食べ始める。


今夜のメニューは、昨日とはまた趣向を変えた、贅沢で美しい料理の数々だった。


「璃景さん、このお肉美味しいです。あと、またカキです」


千海がにこにこと嬉しそうに肉とカキを頬張る姿を見て、璃景もようやく緊張の糸をほどき、穏やかな微笑みを浮かべて箸を伸ばした。


「今日の食事もおいしいね。野菜のうま味が出ていて、本当に美味しい」


璃景は、出汁の染みた野菜の深い味わいに感心しながら、丁寧にそれを口へと運んだ。


昨夜のカキの爆発的な美味にも驚かされたが、今夜の料理もまた、素材の持ち味を最大限に活かした見事な「美味の陣形」が敷かれている。


「山登りは過酷だったけれど、この馳走を食べるためだったと思えば、あの空中戦も無駄ではなかったね」


「そうですよ! 疲れた後のご飯は、美味しさが増殖するんです」


千海がいつもの調子で熱そうに言い放つと、璃景は「増殖、か。本当に君の言葉選びは面白いね」と喉を鳴らして笑った。


昼間の着物姿での賑やかな散策から、お互いに湯を堪能した静かな夜へ。


並んで美味しい食事を囲んでいるうちに、部屋の中には、数日前に出会ったばかりとは思えないほどの、温かく気置けない空気が満ちていく。


二人は笑い合いながら、宮島での二度目の特別な夜を、お腹も心も満たされながらゆっくりと紡いでいった。


食事が終わると、千海の体力は完全に限界を迎えたようだった。


少し前まで嬉しそうにカキや肉を頬張っていたはずの千海だったが、気づけばベッドの上に力尽きたように横たわり、そのまま静かな寝息を立て始めていた。


掛け布団も身体に半分ほどしか掛かっておらず、あまりにも無防備なその寝顔は、日頃の引きこもり生活から一転して山を登りきった彼女の、精一杯の奮闘の証でもあった。


璃景はそっとベッドの傍らに歩み寄り、優しい瞳でその姿を見つめた。


(本当によく頑張ってくれたね、我が小さな作家殿)


彼は大きな手で掛け布団の端をそっと掴むと、彼女が寝冷えをしてしまわぬよう、肩まで優しく、そして丁寧に掛けてやった。


先ほどまでの緊張は、いつの間にか静かに消えていた。


今はただ、自分を救ってくれた大切な千海への、深い感謝と慈しみだけが胸を満たしている。


千海の規則正しい小さな寝息が、静まり返った部屋の中に優しく響いている。


璃景は座卓の上に並んだひらがなとカタカナの本を静かに閉じると、ふっと安堵のため息をつきながら自身のベッドへと向かった。


未来のような魔道具。


言葉を話す車。


空を渡る鉄の箱。


そして、美しい着物に身を包んで笑い合った、あまりにも濃密で、極上の物語のような一日。


「……おやすみ、千海。明日も君の最高の盾として、どこまでも同行させてもらうよ」


暗闇の中にぽつりと呟き、璃景も今日は早めに横になることにした。


月の光が静かに注ぐ宮島の夜。


二人の旅路は穏やかな眠りとともに、心地よく更けていった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


今回は、着物姿の二人が宮島の町並みを歩き、互いに写真を撮り合うお話でした。


これまでは千海が璃景を記録することが多かったのですが、今回は璃景もスマートフォンで千海を撮る側に。


二人の旅の記憶が、少しずつ同じ場所に残っていくようになりました。

甘い関係になりそうなのに、千海の脳はさすが作家。

照れつつも、大事なメモへと変換していきます。


そして、たくさん歩いた千海はついに体力の限界に。

それでも美味しい食事の前では復活するあたり、さすが食いしん坊作家です。


宮島での二度目の夜と、璃景の優しさを楽しんでいただけましたら嬉しいです。


二人の掛け合いと旅の雰囲気を、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。


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