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サービスエリアの包囲とアイスとの出会い


楽しく話しながら車を走らせているうちに、最初の目的地であるサービスエリアに到着した。


璃景りけいは車を降りる際、いつものようにサングラスを装着して外へと出た。


「お手洗いを済ませたら、ここで待っていてもらえますか?」


「分かったよ」


千海ちかがお手洗いから戻ってくると、璃景の周囲にはすでに知らない女性たちのグループが近くに集まり、彼をちらちらと見ている。


「声かける?」


「連れがいるでしょ」


「でもさ、二度と会えないじゃん」


「そうだけど」


「芸能人かな?」


「見たことないからモデルさんかな?」


「外国の人だよね?」


「かっこよすぎない!?」


ひそひそと囁き合う女性たちの中心で、璃景はかなり居心地の悪そうな様子で佇んでいた。


千海がその様子をどう観察しようか少し悩んでいると、それに気づいた璃景がすっとこちらへ近づいてきた。


「千海、今、観察しようか悩んだね?」


「なんで分かったんですか!?」


「ふ、ふふふ。伊達に近衛の長として、数多の気配や視線を読んできたわけではないからね」


璃景は女性たちの間を、まるで流れるような足さばきですり抜け、千海の元へとたどり着いた。


そしてサングラスの位置を少し直しながら、彼女に向けてこれ以上ないほどのジト目を向ける。


「千海。君は、自分の護衛対象が異界の女性たちに包囲され、絶体絶命の危機――主に居心地の悪さ的な意味で――に瀕しているというのに、それを『観察』にしようと一瞬、足を止めて。……ひどいな」


図星を突かれて目を丸くする千海を見て、璃景はため息を漏らしつつも、ようやく包囲網から脱出できた安堵感から、ふっと口元を綻ばせた。


千海は悪気もなく真剣に顎に手を添えて璃景を見つめる。


「いやー、実際に見たことなくて。このリアルな声掛けるか問題を彼女たちはどうするんだろうってネタ関係なく気になりまして」


「まったく、君という人は! 私のこの異形なまでの見栄えが、この世界ではモデルだの芸能人だのという、遠巻きに眺められる存在になるのだということは、この世界に来てから薄々気づいてはいたが……」


璃景はやれやれと首を振る。


「この休憩所は、余計に目立つらしい。彼女たちの視線は、刃よりも鋭く私を突き刺してくるようだった」


そう言って、璃景は今や彼にとって最も安全な陣地である千海の隣へと一歩寄り添った。


「私が困惑している姿すらも、その万能の板に収めて『異世界美男子、サービスエリアで包囲されるの巻』とでも書き留めるつもりだったのだろう?」


璃景は、わざとらしく肩をすくめる。


「悪いが、我が作家殿の不敵な気配だけは、どれほど離れていても敏感に察知できてしまうのだよ。……さあ、ご機嫌ななめな護衛官の機嫌を直すためにも、この地の君のおすすめの美味いものでも探しに行こうじゃないか!」


「あはは。璃景さん、私を分かってらっしゃる」


「はぁ。本当に逞しいよ」


「はい。作家なので」


「本当に便利な言葉だね」


千海がにこにこしながら歩き出すと、璃景もその隣に並んで建物の中へと入っていった。


「ご機嫌斜めな璃景さんは何がいいですか?」


「そうだね。まだ食べたことのないものを願いたいね、作家殿」


「食べてないものですか……」


「車の中の方が、落ち着くね……」


璃景の本気のつぶやきに、千海はくすくすと笑いながら中へ進む。


「璃景さんの苦労は、『異世界に慣れることよりも、美形すぎて周りの女性に狙われる方が堪える』と、メモメモ」


「作家殿の役に立ったようでなによりだよ」


璃景は苦笑し、本気でスマホにメモしだす千海を優しく見つめる。


こうして千海の隣を歩き、彼女の楽しげな気配に包まれているだけで、先ほどまでの女性たちの視線の痛みは、みるみるうちに和らいでいく。


璃景はメモを真剣に取ってる千海の邪魔にならないように、傍にいつつも周囲を見渡すと、建物の中は先ほどの市場とはまた違う、洗練された賑わいを見せていた。


壁や棚には、色とりどりの小さな箱や包みが整然と並べられている。


千海がスマホから顔を上げたので、璃景は尋ねた。


「ここも買い物ができるようだけど……何を買うんだい?」


「各地域の特産品のお菓子や漬物などを買って帰れるようになってます」


「なるほど。食べるところもあって、地域の特産品も買えるとは……便利な場所だね」


「そうですね。高速を降りなくても、食べたり買えたりするのは助かりますよね」


二人が話しながら見て回っている間も、周囲からはちらちらと女性たちの視線が向けられていた。


「それにしても、千海。あの車の空間は、外の世界から遮断された我が陣地のようで、不思議と心が落ち着くね」


璃景は、実感を込めて言葉を紡いだ。


「異界の速さに晒されながらも、君の紡ぐ音楽を聴き、言葉を交わしている時間が……恋しくなるよ」


璃景がそう言うと、千海はひときわ優しく目を細めて微笑んだ。


「まだ、車から降りて十分も経っていませんよ」


その温かい眼差しに見つめられ、彼は少し気恥ずかしくなって、わざとらしく苦笑いで答える。


「さあ、私の独白はそれくらいにして、何か千海のおすすめを選ぼうじゃないか」


璃景は、並ぶ商品へ興味深そうに視線を向けた。


「この大きな休憩所には、きっとまだ見ぬ未知の潤いが隠されているのだろう?」


「璃景さんの知らないものなら、まだまだたくさんありますからねー」


「君が選ぶものなら、奇妙なものであっても、私は果敢に挑戦してみせるよ、我が作家殿!」


「それは嬉しいです。璃景さん、私は市場のご飯でまだお腹が空かないんですけど、璃景さんはお腹、大丈夫ですか?」


「さすがに私もお腹がいっぱいだね」


「ですよね」


「さすがにね」


「じゃあ、アイスを食べましょう」


「あいす? 千海が見ている、あの白いものかい?」


「はい。行きましょう」


千海はカウンターでソフトクリームをカップで二つ注文し、それを受け取って璃景に手渡した。


「はい、お待たせしました」


「ありが……冷たい! 千海、冷たいよ」


「はい。溶けてしまいますので、その匙ですくって食べてください」


「わ、わかったよ千海」


匙で白い山をすくって口に運んだ瞬間、璃景は頭の芯まで突き抜けるような冷たさに驚愕し、その場で目を見開いて固まってしまった。


「冷たっ……!? ――む、むう……ッ!?」


「ふふふ。おいしかったみたいで良かったです」


千海は彼の大袈裟なまでの驚きの表情に嬉しそうに目を細め、楽しそうに笑った。


「千海、これは……! 氷をそのまま食べているかのような冷たさだというのに、口に入れた瞬間、まるで初雪のように儚く、滑らかにとろけていく……!」


璃景は匙を握ったまま、器の中の白い山をまじまじと見つめる。


「しかも、この濃厚で優しい甘みとこの香りは一体何なのだい……!?」


彼の故郷でも、冬の山から切り出した氷を宮廷へ運び、果実の蜜をかけて食す贅沢はあった。


だが、これほどまでに滑らかで濃厚な氷菓子は存在しなかった。


「牛乳……牛の乳を加工したものです。ふふふ」


「ふふ、また君のその『獲物を仕留めた作家の笑み』だね。……だが、認めざるを得ない。この『あいす』という未知の氷菓子、市場の馳走で満ち足りていたはずの私の胃袋へ、滑り込むように収まっていくよ」


璃景は、驚いたように目を瞬かせた。


「まさに別腹、というやつだね」


「別腹文化は異世界でもあるんですね」


彼は冷たさに驚いた頬を少し赤くしながらも、もう一度、今度は恐る恐るその白い山を匙ですくい、口へと運んだ。


ひんやりとした心地よさが、長旅の疲れを優しく癒していく。


「お腹がいっぱいだからといって、この美味を素通りしなくて本当によかった」


璃景は、どこか真剣な顔で頷く。


「千海、君の『お腹は空かないけれど、アイスは食べる』という高度な選択には、感謝だね。さあ、溶けてしまう前にこの至高の雪山を平らげて、冷たい幸せを堪能するとしよう!」


「気に入ってもらえて、なによりです」


アイスを堪能した二人は車に戻り、再び目的地へと向けて走り出した。


「そういえば千海、次の広島はどんなところなんだい?」


璃景はサングラスを外しながら、助手席から問いかけた。


「はい、地域のお好み焼きという食べものが美味しくて、キャベツが甘くなって食べ応えがあって。あと、もみじ饅頭も美味しいんですよ。小倉で食べたおはぎとはまた違っていて。それから、尾道ラーメンと広島ラーメンも美味しいんですよね~」


「千海、場所の説明は?」


「え?」


「食べものの説明しかしてないよ」


「そうでした?」


「さすが、食いしん坊作家殿だね」


「あはは。素敵な称号ですね」


「うん。君にぴったりだ」


千海はハンドルを握りながら、本当に楽しそうに声を上げて笑った。


「あはは。自覚はなかったんですけど、言われてみれば確かに食べもののことしか話してませんでしたね」


「まったく、君という人は。私の故郷の話を聞いたときは、都の華やかさや緑豊かな地方の文化に目を輝かせていたというのに、いざ自分の国の紹介となると、地名や、その地域の観光よりも先に『おこのみやき』や『まんじゅう』、果てはまたしてもラーメンの名が飛び出してくるとはね」


璃景は呆れ半分、愛おしさ半分といったふうにため息をつきながら、外したサングラスを胸元に引っ掛けた。


窓の外の景色は、少しずつ山口県の山あいの風景から、また新しい土地の気配へと移り変わろうとしている。


「しかし、きゃべつが甘いおこのみやきに、あの小倉の甘味――おはぎとはまた違う、もみじ饅頭。さらには、尾道、広島という二つも新しいラーメンの流派があるのか……」


璃景は、感心したように息を吐いた。


「ふむ。地名や地理の防御陣形を聞くよりも、君がそうやって嬉々として語る馳走の並びを聞く方が、よほどその土地の豊かさが伝わってくるようだね」


彼はシートに深く体を預け、車内に流れる音楽に身を任せながら、次の目的地への期待に胸を膨らませた。


水族館が休館だった敗戦の痛手など、この食いしん坊作家の魅力的なお品書きの前には一瞬で吹き飛んでしまう。


「いいだろう。その広島という美味の要塞、受けて立とうじゃないか」


璃景は、楽しげに笑った。


「なんだろう。璃景さんが言うと凄まじいものに聞こえますね」


「君が『食べ応えがある』と太鼓判を押すおこのみやきも、二つのラーメンの派閥争いも、私の胃袋ですべて調停してみせるよ」


「あ、やっぱり凄まじいものですね。あはは」


そして、運転をする千海の横顔を見る。


「……もちろん、私の驚く顔をスマホに収める権利は、今回もその素敵な称号を持つ君に、特権として与えてあげるからね、我が食いしん坊作家殿!」


「ありがたいですね。取材に深みがでますね」


二人の楽しげな笑い声は、車の加速とともに、新緑の山口から広島へと向かう一本の道へと心地よく溶けていった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


今回は、広島へ向かう途中のサービスエリアでのお話でした。


サングラスをしていても目立ってしまう璃景と、それをつい観察しようとしてしまう千海。

そして、初めてのアイスにも無事に驚いてくれました。


車内での時間が、璃景にとって少しずつ安心できる場所になっていることも、伝わっていたら嬉しいです。


二人の掛け合いと旅の雰囲気を、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。


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