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城と二人の故郷とカフェラテ


「美男子ってだけでお得です」


「本当かい? 目線を逸らしながら言われても嬉しくないのだがね……」


「だって、美男子は美男子で大変そうですよねー」


「あぁ。故郷では、群がる女性をあしらうのに疲弊していたよ」


「でしょうねー。この取材が終わって、小説を書き終わったら、その話のメモ取らせてくださいね」


「さすがだね。喜んで協力しよう」


「はい。お願いします。後宮を舞台に……宮廷探偵的な……違いますね。この際、璃景りけいさん日記を……そのままもいいかもしれませんね」


千海ちかが楽しそうに笑うと、璃景も釣られるように、くっくっくと声を潜めて笑った。


彼女が歩きながら熱心に物語の構想を膨らませ、その小さな頭の中で自分の生きてきた軌跡を組み立てていく。


その様子を見るのは、なんとも形容しがたい充足感があった。


「後宮を舞台に、宮廷の謎を暴く探偵のような……。いや、確かに私の日常をそのまま書き写すだけでも、君の国の読者とやらを大いに驚かせる物語になるかもしれないね」


璃景はサングラスの奥の目を細め、彼女の顔を覗き込んだ。


「夜な夜な窓から忍び込んでくる刺客のあしらい方や、毒を盛られた茶を見破る作法など、いくらでも書き留めておくれ」


「物騒すぎませんか」


「日常だよ」


「璃景さんの日常、やっぱり一冊いけますね。もしかしたら数冊目指せるかもしれません。初の長編作への扉を開けてみましょう。璃景さんとなら乗り越えられるかもしれません」


「ただし、その物語の結末には、必ず『異界で小さな作家殿に命を救われ、胃袋まで掴まれた護衛』の章を付け足してもらうよ」


璃景は、悪戯っぽく笑った。


「その方がずっと、物語として美しくまとまるだろう?」


「それ、別構成の話をまた追加で小説にできますね」


そんな軽口を叩きながら歩いていると、前方の視界が急に開けた。


近代的なビルの隙間から、にわかには信じがたい光景が飛び込んでくる。


灰色のアスファルトの道の向こうに、堂々たる石垣がそびえ立っていた。


その上には、真っ白な壁と幾重にも重なる黒い瓦屋根を持った、見事な城が姿を現している。


「――おぉ……!」


璃景は思わず足を止め、サングラスの位置を少し直して、その姿を仰ぎ見た。


周囲の高い建物の違和感を一瞬で忘れさせるほど、その城は毅然とした威厳を放って、そこに佇んでいた。


「千海、あれが君の言っていた……小倉の城なのだね」


璃景は、感嘆の息を漏らした。


「周囲の未来のような景色の中に、これほど見事な、かつての武の誉れが残されているとは……。ふふ、異界の職人たちだけでなく、この城を守り抜いてきたこの国の人々にも、私は改めて敬意を表さなければならないようだ」


小倉城へと向かいながら、千海が尋ねる。


「璃景さんの国と違いますか?」


「あぁ、違うね。白と黒が美しい。私の国では赤が多いし、場所によっては鮮やかな色を使うから。造りも違うね……でも、千海の国の城は白くて、しっかりしている」


「色彩が違うんですね。璃景さんの国の建物も見てみたいですね」


千海の何気ない発言に、璃景は少し驚いた。


そして、嬉しくなった。


「本当かい? 案内してみたいものだね」


「では、そちらに行く機会がありましたら、全額負担お願いします」


「あぁ。全力で支援しよう」


「では、今は私が璃景さんを支援しておきますね。蒼嶺国そうれいこくへ行った時に贅沢できるように」


千海は屈託なく笑った。


「……そうか。あちらの世界、蒼嶺国の名を、君の口からそうして自然に聞くことになるとはね」


璃景は歩みを止め、隣で笑う千海の顔を、ただじっと見つめてしまった。


異界に迷い込み、孤独と不安の淵にいた自分を拾ってくれた彼女。


その彼女が、冗談めかしてとはいえ、いつか自分の故郷へ行く日のことを当たり前のように口にし、その名――蒼嶺国を優しく紡いでくれた。


胸の奥の一番深いところが、じわりと熱いもので満たされていく。


ただの迷子としてではなく、いつか自分の世界へ彼女を招く未来を想像することが、これほどまでに愛おしく、誇らしいものだとは知らなかった。


「全額負担、か……。あはは、お安い御用だよ、我が作家殿。宮廷の筆頭護衛官の財力を侮ってもらっては困るな」


璃景は、サングラスの奥の瞳を最大限に和らげる。


「君を私の国で一番の宿に泊め、王族しか口にできぬような極上の山海の珍味を、それこそ飽きるまでご馳走してみせよう。……だからその約束、決して忘れないでおくれよ?」


璃景は千海の横に並び直し、その優しい気遣いに心から感謝した。


「今は、君のその優しい支援を、ありがたく、そして誇りを持って受けさせてもらうさ」


そして、堂々とそびえ立つ小倉城へ視線を向ける。


「この美しい白黒の壁を見学した後は、君の小説がより豊かになるよう、私の国の色彩や、宮廷のきらびやかな宮殿の姿を、これでもかと詳しく語って聞かせようじゃないか」


二人は再び並んで、城の門へと向かって歩き出した。


今、自分の隣を歩く小さな作家の存在が、この異界のどんな素晴らしい景色よりも、心を強く支えてくれている。


璃景は、そう感じていた。


しかし、城内に入ろうとしたところで、千海が目を見開いた。


「璃景さん……お城がカフェに……なんてことでしょう……」


「かふぇ?」


「えーと、お茶を飲むところです」


「おぉ。主気分になれるのかい?」


「多分? 知らなかったので……」


「さあ、千海。行ってみよう」


「璃景さん……ノリノリ」


千海は思わず噴き出した。


「ふふふ、当たり前じゃないか! このような威風堂々たる城の中で、合法的に主の気分になってお茶を啜れる機会など、そうそうあるものではないからね」


璃景は千海の困惑をよそに、サングラスの奥の目をきらきらと輝かせ、楽しげに歩みを進めた。


天を衝く石垣と、戦のために築かれたはずの頑強な天守閣。


その厳かな佇まいの内部が、まさか現代の人々が憩うカフェになっているとは。


この世界の人間たちの発想の柔軟さに、璃景は感嘆する。


「あの堅牢な城壁に守られながら飲むお茶は、きっと格別の味がするに違いない。千海、君が『知らなかった』ということは、これこそ君の言う『新しい街の姿』、まさに取材の醍醐味というやつだろう?」


璃景が胸を張り、一国の主のような堂々たる足取りで城の入り口へと向かう。



その姿がツボに入ったのか、千海はお腹を抱えて笑っている。


さっきのうどん屋でのしょんぼり顔から一転、今度は驚きと笑いで顔を綻ばせている。


そんな彼女を見て、璃景はそれだけで、この城の白黒の壁がさらに輝いて見えるような気がした。


「さあ、私の小さくて聡明な作家殿! 驚いている暇はないよ。現代の技術で蘇った城の主として、私たちが一番にあの天守閣の茶座――カフェを制圧しに行くんだ」


璃景は、悪戯っぽく微笑む。


「君のノートに、また新しい面白い一ページを書き加える準備はいいかい?」


「準備はいいですが、制圧はしちゃだめです。堪能してください」


璃景は千海の隣で、城の門をくぐるように優しく背中を促した。


二人は城内を見学しながら、展示されている鎧や刀、城下町の模型を順に眺めていった。


璃景はサングラスの奥で、ひとつひとつを真剣に見つめる。


「昔は、私の国に近い部分もあったのだね」


「えぇ。そうすると、『異世界美男子、未来を見る』でもネタが出ますね」


「千海、メモるかい?」


「はい。これは逃せません」


「これは我慢しないのだね」


「これは一冊書けるネタになりかねないので」


「ふふふ。逞しいね」


「えぇ。作家ですから」


「ははは! 『作家ですから』、か。その一言、最高に痺れるね、千海」


城内を巡りながら、璃景はかつてこの国の武士たちが纏っていた鎧や、戦のための緻密な構造を、サングラスの奥でじっと見つめていた。


けれど彼の心はいつの間にか、隣で熱心にメモを取る彼女の横顔に、すっかり奪われている。


かつてこの地を治めた者たちの歴史。


自分の世界との共通点。


そこから生まれる感慨。


そのすべてが、彼女の手にかかれば、瞬く間に魅力的な物語の種へと変貌を遂げていく。


『異世界美男子、未来を見る』――ふむ。


実に不敵で、自分にふさわしい題名じゃないかと、璃景は思った。


「まさか私の呟きひとつが『一冊書けるネタ』にまで大化けするとは。その貪欲さ、まさに戦場で一瞬の勝機を逃さぬ名将のようだ。頼もしい限りだよ」


璃景は、書き留める手が止まらない彼女の邪魔をしないよう、少しだけ声を落として、くっくっくと喉を鳴らした。


現代のきらびやかな技術には目を白黒させるばかりの彼だが、こうして古き良き城の空気の中で、彼女の創作の泉がこんこんと湧き出る瞬間に立ち会えている。


それが、なんだか無性に誇らしかった。


「さあ、メモはしっかり取れたかい、我が作家殿。目当てのネタを仕留めてさらにご機嫌になったところで……次はいよいよ、先ほど君が驚いていたあの天守閣のカフェへ昇るとしよう」


璃景は楽しげに続ける。


「一冊分の傑作を生み出しつつある偉大な作家殿に、城の主にふさわしい極上の一杯を共にさせておくれ」


メニューを見ながら、千海が提案する。


「りんごジュースもありますよ?」


「千海と同じものを」


「じゃあ、ラテのホットにしましょう」


注文を済ませ、淹れたてのラテを持って、二人は窓際の席へと向かった。


「らて……ふむ、また新しい名前だね。珈琲の仲間なのだろうが、君が選んでくれたのだ。きっと私の口にも合うはずさ」


璃景は千海が手渡してくれた温かいカップを受け取り、彼女の後に続いて窓際の席へと腰掛けた。


ほのかに湯気の立つカップからは、今朝の苛烈な苦味とは違う、どこか甘く、まろやかなミルクの香りが優しく漂っている。


表面の白い泡が、まるで冬の蒼嶺国の山頂に積もる新雪のように綺麗に広がっていた。


「では……いざ、天守閣での一服と洒落込もう」


器を口元へと運び、ゆっくりと喉を鳴らす。


「――っ! おぉ、これは……!」


口の中に広がったのは、確かに珈琲の持つ深いコクと香ばしさ。


けれど、それを包み込むようにして、驚くほど濃厚で優しい甘みが全体をまろやかに仕立て上げている。


苦味は奥に隠れ、ただ心地よい余韻だけを喉の奥に残していった。


「美味い……! 苦くない、どころか、これほど私を優しく迎えてくれる味だとは。千海、このラテというのは、あの黒い珈琲に何か魔法でもかけたのかい?」


璃景が目を見開いて感動していると、千海は「ふふ、口に合って良かったです」と、窓の外の景色に目を細めながら本当に嬉しそうに笑った。


ガラスの向こうには、近代的なビル群。


そして、今いる古き良き城の石垣が、夕暮れ前の光を浴びてきらきらと輝いている。


「……あはは、まいったな。海の上の空港に驚かされ、うどんの美味さに骨抜きにされ、空を走るモノレールに肝を冷やし……」


璃景はラテをもう一口含み、その温かさに息を吐き出した。


「そして今は、城の上でこんなに甘美なお茶の時間を過ごしている。異界の旅というのは、一瞬たりとも退屈させてくれないね」


璃景は、隣に座る彼女の横顔を見つめた。


「君の故郷は、本当に素敵な場所だ。千海、この素晴らしい景色と、この格別の味を私に教えてくれて、本当にありがとう」


「こちらこそ、璃景さんにはいいネタを感謝です。変わっている景色を見て、変わったなぁと感じるだけだったかもしれませんが、璃景さんと一緒だと、驚きを改めて感じることができて、私も初めて来た場所みたいに楽しいです」


千海の言葉を聞き、璃景は楽しげに目を細める。


「さあ、このラテを飲み終えたら、次は駅の周りのどこへ私を連れて行ってくれるんだい? 君の物語の取材、まだまだ付き合うよ」


ここまでお読みいただきありがとうございます。


今回は、小倉城を訪れたことで、千海の故郷と璃景の故郷が少しだけ重なるお話になりました。


何気ない会話の中で、いつか蒼嶺国へ行く未来を千海が口にしたこと。

そして、璃景にとっても、自分の存在が千海の物語の種になっていくこと。


そんな二人の距離の変化が、少しでも伝わっていたら嬉しいです。


城の中で飲むカフェラテに驚く璃景も、楽しんでいただけましたら幸いです。


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