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異世界美男子、方言と名匠の仕事を知る


二人は部屋を出て、外を歩きながら駅の二階へと向かった。


すると、巨大な駅の建物から一本の鉄の梁が突き出ており、そこへ滑り込んできた乗り物を見て、璃景りけいは驚愕で足を止めた。


千海ちか……空を……。あれは、何かな?」


「モノレールですね。東京にもありますよ」


「落ちないのかい?」


「落ちないですよ」


「お、落ちない……だと……!? 千海、冗談を言っている場合ではないぞ……っ!」


璃景は通路の真ん中で完全に足を止め、サングラスの奥の目をこれでもかと見開いて、その光景を凝視した。


頭上高くに渡された、一本の細く頼りない鉄の梁。


その上を、何両も繋がった巨大な鉄の箱が、まるで生き物のように滑らかな動きで悠然と走り抜けていく。


しかも、その箱は駅の巨大な建物の壁を、文字通り突き破って外へと飛び出してきたのだ。


下を見れば、人間や車たちが何食わぬ顔で行き交っている。


もしあの頭上の巨躯がバランスを崩して落ちてきたら、ひとたまりもない。


「東京にもある……? いや、この国の人々は、地を走るだけでは飽き足らず、空の次は頭上の空間まで鉄の獣を走らせるのか」


「確かに生き物みたいですが、モノレールです」


璃景は、信じられないものを見るように、頭上を見上げた。


「……落ちないと言われても、私の目には、あんな細い一本の帯の上に、あんな恐ろしい重量の塊が乗っていること自体が、天の理を無視した大博打にしか見えん!」


璃景は無意識のうちに、約束通り千海の真横に並んだ状態で、今にも落ちてきそうなその鉄の箱を警戒するように、ぐっと身構えてしまった。


周囲の歩行者が、サングラス姿で上を見上げて固まっている大男を不思議そうに見ていくが、今の彼にはそれどころではなかった。


「千海……君の故郷は、海の上に空港があるだけでなく、街の空までこんな奇怪なものが飛び交っているのか。君が『少しずつ変わっている』と言ったのは、まさか、昔はあんな怪物が空を駆けていなかった、ということかい……?」


璃景は喉を小さく鳴らしながら、隣に立つ、この光景を当たり前のように見上げている千海を振り返った。


彼女の平然とした、むしろ自分の驚きっぷりを楽しんでいるような笑顔だけが、この世界における唯一の心の拠り所だった。


「昔からありましたよ。モノレールは」


「昔から……落ちていない、と?」


「そうですね。落ちたって話は聞いたことないですね」


「本当に落ちないのか?」


「はい」


「なぜだ?」


「知りません。作ってくれた方々が凄いのです」


「なぜ落ちないか、知りたくないのかい?」


「残念ながら、調べて小説を書けるなら調べますが、ただただ感謝して乗れたら幸せなので」


「そんなものか?」


「多分」


「作ってくれた方々が凄い、か……。そして、ただただ感謝して乗れたら幸せ、と……」


璃景は頭上をしゅーっと静かな音で通り過ぎていくモノレールの残響を耳にしながら、千海の言葉をもう一度、今度は噛み締めるように呟いた。


彼のいた世界でも、職人が作った精巧な城門や、川に架けられた見事な石橋を前にして、その構造の緻密さに首をひねる者は多かった。


だが、市井の人々は誰もその理屈など知らず、ただ「名匠の仕事だ」と信じてそこを渡っていた。


千海が言うことも、まさにそれと同じなのだろう。


この世界の人間たちは、目に見えぬ職人たちの驚異的な技を、絶対的な信頼をもって受け入れているのだ。


「なるほどね……。知恵を絞り、命を懸けて、あの動く鉄を空に架けた者たちがいる」


璃景は、頭上の軌道を見上げた。


「そして君たちは、その者たちの仕事を全面的に信じている。理由を知らずとも、ただ感謝してその恩恵に与る。それもまた、この世界のひとつの美しい理なのだね」


璃景はようやく少しだけ肩の力を抜き、身構えていた姿勢を解いた。


サングラスの奥で、隣に立つ彼女を見つめる。


相変わらず、理由を知らないと言いつつも、その表情には一片の不安も迷いもない。


「調べて小説が書けるなら調べる、というのも、いかにも作家殿らしい徹底した合理主義で気に入ったよ」


璃景は、少しだけ楽しげに笑った。


「……ふふ。では私も、この地の職人たちの凄まじい技に、ただただ敬意を払うことにしよう。君が信じるものを、私も信じるさ」


璃景は、歩みを再開した千海の隣に、今度こそしっかりと並んで歩き出した。


「さあ、この落ちないモノレールの下をくぐり抜けて、次なる取材の地へ進もう。次は何が飛び出してくるか分からないが、君が平然としている限り、私は大船に乗ったつもりで君の横顔を守り続けるよ」


「そうですねー」


千海は璃景を見上げて言った。


「城でも行きましょうか」


「しろ?」


「昔の偉い人の家……宮廷と言ったら分かりますかね?」


「なるほど」


「残ってるんですよ」


「なんと……! このような、天を衝く建物や、空を駆けるモノレール、車がひしめく異界の街に、かつての城が今も姿を留めているというのかい?」


璃景は思わず声を弾ませ、千海の顔を覗き込んだ。


これまでに見てきたこの世界の光景は、どれも彼の常識を木端微塵に打ち砕くものばかりだった。


そんな未来のような街の中に、過去の遺物――それも、彼が最も馴染み深く、その理を熟知している「城」が存在する。


その事実は、異界に迷い込んで以来、初めて彼の心に馴染みのある高揚感をもたらした。


「宮廷、と言われれば嫌というほど想像がつくさ。王が座し、兵が守り、百官が知恵を競わせる、国の中心だ。なるほど……この小倉という地を治めていた昔の偉い人の居城が、今も壊されずに遺されているのだね」


璃景はサングラスの奥の目を輝かせながら、千海が歩む先を見つめた。


「未来の魔道具――ハイテクや、空を駆ける飛行機やモノレールには驚かされてばかりだったが、城の品格、門の構え、石垣の堅牢さなら、この私の目でしかと見極められる。なにせ、本物の宮廷を警護していた身だからね」


駅の二階から広い通路を歩きながら、彼は少しだけ胸を張り、不敵な笑みを浮かべた。


「よし、行こう、千海。君が生まれ育ったこの街の過去が、一体どのような姿で今に息づいているのか……。私にとっての故郷の面影を、少しだけ探させてもらうとしよう。案内を頼むよ!」


「璃景さん、知ってましたが目立ってます」


千海が苦笑交じりに囁く。


すれ違う女子高生たちが、璃景を見上げて色めき立っていた。


「マジ、芸能人やない?」


「イケメンっちゃけど……」


「身長、バリ高くない?」


璃景は千海に小声で尋ねる。


「千海……話し方が違うね」


「方言……地域によって話し方が少し違いますね」


「千海も話せるのかい?」


「はい。東京ではこの話し方ですけど、ついつい出ることもありますね」


「どんな?」


「そうですねー。めっちゃ久々ちゃっけど、なんも変わっとらんちゃねー、的な?」


「おぉ。さっきの女の子たちに似ているね」


「まぁ、何年も前なので方言も怪しいですけどね」


「『めっちゃ久々ちゃっけど、なんも変わっとらんちゃねー』……ふふ、なんだいそれは。ひどく愛らしい響きじゃないか、千海」


璃景は彼女の口から飛び出した、聞き慣れない、けれどどこか温かみのある言葉の響きを耳にして、思わず目元を綻ばせた。


彼のいた世界でも、帝都から遠く離れた異郷の地には、独特の訛りを持つ者たちがいたものだ。


宮廷では皆、格式高い標準の言葉を気取って使っていたが、こうして彼女が生まれ育った土地の言葉を彼女自身の口から聞かせてもらえるのは、なんだか彼女の素の部分に触れられたようで、妙に胸がくすぐったくなる。


「君がこの街の景色を懐かしむように、その言葉もまた、君の中に深く刻まれているのだね」


璃景は、心からの賛辞を贈るように言った。


「東京でのいつもの話し方も知性的で好きだが、その方言とやらで話す君は、いつもより少しだけ幼く、柔らかく見える。……とても、素敵だと思うよ」


千海は少し照れくさそうに視線を泳がせた。


そんな二人の横を、さっきの若い女子たちが「きゃー!」と小さな悲鳴を上げて通り過ぎていく。


サングラス越しでも、彼女たちが顔を真っ赤にしてこちらを振り返っているのがよく分かった。


「……しかし、千海。彼女たちが言っていた『芸能人』や『イケメン』というのは……やはり、私のこの隠しきれない高貴な美貌を称えている、ということで間違いないのだね?」


璃景は約束通り彼女の真横を歩きながら、わざとらしく前髪を指先で軽く払ってみせた。


「まぁー、はい。そこは認めます。そして、わざわざ今、目立たないでください」


「目立ってしまうのは、私の生まれ持った天命だから仕方がないが……。よし、それならこのまま、君の隣に並ぶ一際見栄えのいい最高の連れとして、堂々とその城へのお供を続けさせてもらうとしよう」


璃景は、楽しげに笑った。


「さあ、その『変わっとらん』という城下町を、私に案内しておくれ」


ここまでお読みいただきありがとうございます。


今回は、モノレールに驚く璃景と、千海の故郷の言葉に触れるお話でした。


千海にとっては当たり前の景色でも、璃景には驚きの連続。

けれど、その驚きの中で、この世界の職人たちの仕事や、千海が育った土地の空気を少しずつ知っていきます。


方言を通して、千海の昔に少し触れられたことで、二人の距離もまた少し近づいていたら嬉しいです。


二人がこれからどんな掛け合いをしていくのか、楽しんでいただけましたら幸いです。


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