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異世界美男子、思い出のうどんとおはぎに触れる


「……子供の頃、ここに住んでいた……?」


璃景りけいは助手席から、ハンドルを握る千海ちかの横顔をそっと見つめた。


彼女が楽しそうに、けれどどこか懐かしむように小さく笑うのを見て、彼の胸の奥がじんわりと温かくなる。


異界の住人である彼女が、かつてこの地で小さな子供として息づき、走り回っていた。


そう思うと、遠い存在のはずの彼女が、急にとても身近で、かけがえのない存在に思えてくるのだった。


「なるほど、故郷ふるさとへの凱旋というわけだね。取材というのは、君がここへ戻ってくるための、素敵な口実だったというわけか。……あはは、やはり君の行動には、いつも一本の美しい筋が通っている」


そんな話をしながら連絡橋を渡っていると、千海が前を見据えたまま、少し気恥ずかしそうに口を開いた。


「車の中ではサングラス要らないですよ」


「おや、そうかい? では、お言葉に甘えて……」


璃景は耳の後ろからツルを外し、サングラスをダッシュボードの上にそっと置いた。


途端に、フロントガラス越しに広がる海の鮮やかな青と、きらきらと光る太陽の光が、ありのままの色彩で彼の瞳に飛び込んでくる。


車は今、海の上に架かる、信じられないほど巨大な鉄の橋を渡っていた。


「……絶景だな、千海。遮るもののない空と海、そしてその間を走るこの感覚。確かに、この車の中なら、目隠しなどしていてはもったいない」


窓の外に広がるきらめく海を見つめ、それから再び、千海を振り返る。


「今日は『こくら』という場所に泊まって、駅の周りで取材なのだね。よし、今日からは私が君の目となり、足となり、この地での護衛を完璧に務めてみせよう」


璃景は、柔らかく目を細めた。


「君が子供の頃に見ていた景色を、私も一緒に、この目でたくさん見せておくれ」


「やっぱり、ここに来たら、まずは、ごぼ天うどんです」


「ごぼてん、うどん」


「すみません。“うどん”という麺があって、ここのお店のが好きなんですよ」


千海はそう言って、お目当ての店へと車を滑らせた。


しかし、意気揚々と店内に足を踏み入れた瞬間、千海が突然、彫像のようにその場にピタリと固まってしまった。


「……ハイテク化しとる」


「違うのかい?」


「はぃ……味変わってますかね?」


千海は、店内にずらりと並んだ見慣れない機械――注文用のタッチパネルを呆然と見つめていた。


その肩はあからさまに丸くなり、楽しそうだった先ほどまでの笑顔はどこへやら、今にも泣き出しそうなほどしょんぼりと俯いてしまっている。


(……おや、これは困ったな)


璃景はそれを見て胸を痛めた。


彼の世界でも、久しぶりに訪れた故郷の景色が変わってしまっていて、寂しさを覚える文人やつわものは多くいた。


だが、目の前でこれほど目に見えて気落ちしている千海を見るのは、彼にとって耐えがたいことだった。


彼女が子供の頃に愛し、自分に「一番に食べさせたい」と誇らしげに語ってくれた思い出の場所。


それが、この世界の「ハイテク」とやらによって、彼女の記憶とは違う姿に変貌してしまったのだ。


「とりあえず食べましょう」


元気をなくした声でそう言う千海に、璃景はどう言葉を掛けたらいいか、激しく頭を巡らせた。


そして、彼女の前に腰掛け、少し身を屈めて顔を覗き込む。


あえて不敵に、けれど優しく微笑みかけた。


「千海。私のいた世界には、こんな言葉があるんだ。『器が変われど、職人のわざは変わらず』とな」


璃景は、やがて料理が置かれるであろう場所を見つめながら、彼女の手の上にそっと自分の大きな手を重ねた。


「千海の言うハイテク化は、きっとこの国の人々がたくさん集まるからこそ、店主が『待たせずに、出来立てを食べさせたい』と願った結果なのだろう?」


そこで、璃景は少しだけ微笑む。


「……だが、君が愛したその『汁』と『麺』の味まで、機械が勝手に変えられるはずがないさ。私は、君の思い出の味を信じているよ」


重ねた手に少しだけ力を込め、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめる。


「さあ、私の小さくて偉大な作家殿。まずは一口、食べてみようじゃないか」


璃景は、少しだけ悪戯っぽく続けた。


「もし万が一、味が変わっていたとしたら……その時は、この私が店主に『昔の味に戻さぬか』と、一国の護衛らしく凄んでみせるからね。だから、そんなに悲しそうな顔をしないでおくれ」


「はい……ありがとうございます。でも凄んじゃダメです」


「分かったよ、千海」


千海は小さく頷き、注文画面を操作し始めた。


画面に並ぶ見慣れた料理の画像を見ているうちに、彼女の表情はだんだんと上向いていく。


うどんを頼み、さらにおはぎを追加した千海が言った。


「メニュー内容は変わってない気がします」


璃景も少しほっとした顔で、表情を緩める。


「それはよかった」


「さっきの『器が変われど』、メモしてもいいですか?」


「いいよ。役に立つかな?」


「はい!」


千海は嬉しそうにスマートフォンへ言葉を書き留めた。


やがて運ばれてきたうどんから立ち上る出汁の匂いに、千海はほっとした。


すぐに一口食べて一気に破顔する。


「んっ! 美味しい。変わらない味です。多分」


「そこは、たぶんじゃなくてもいいんじゃないかい?」


「あはは。そうですね」


「嬉しそうで良かった」


「はい! 嬉しいです! ごぼ天食べてみてください! 食べ応えあって美味しいので」


「ふふ、そこまで言うのなら、どれほど美味いものか、いざ……」


璃景は千海に倣って箸を手に取り、その「ごぼ天」とやらを一切れ、口へと運んだ。


汁を吸って少し衣が柔らかくなりかけたそれを、思い切り噛み締める。


「――っ! おぉ……! これは、なんだ!? シャキシャキとしていて、大地の力強い旨味が口いっぱいに広がるぞ!」


彼の世界にも根を食べる菜はあったが、これほどまでに歯応えが良く、香ばしい衣と出汁の旨味を纏ったものは食べたことがなかった。


続けて、白く艶やかなうどんの麺をすすり、その琥珀色の汁を一口飲む。


「美味い……! 先ほどの珈琲の苛烈な苦味とは正反対だ。優しく、どこか懐かしく、五臓六腑にじんわりと染み渡るような味だね」


璃景は、汁の温かさに目を細める。


「千海、君がこの味を忘れられずにいた理由が、今なら本当によく分かるよ」


千海は「でしょう!」と言わんばかりに、今日一番の満面の笑みを咲かせた。


さっきまで機械を前にして、今にも泣きそうにしょんぼりしていたのが嘘のように、今は目の前の器に夢中になっている。


そのきらきらとした表情を見ているだけで、璃景の胸の奥までぽかぽかと温かいもので満たされていくようだった。


「器が変わろうとも、この汁の深みとごぼ天の歯応えは、確かに君の記憶のままであったというわけだね」


璃景は器から立ち上る湯気の向こうで、嬉しそうに麺をすする彼女を見つめ、そっと目を細めた。


「……あはは、私の言った拙い言葉が、君の創作ものがたりのノートに書き留めるほどの価値があって良かったよ」


「ありました。かなり」


「それは光栄だ」


璃景は、ふと千海の手元を見た。


「さあ、次はそっちの、甘い香りのする『おはぎ』というものも一口、味見させておくれ。君の故郷の思い出を、私は余すことなくすべて、この舌と記憶に刻み込みたいんだ」


「おはぎも。これも、ここに来たら食べるんです。クセになる甘さで」


「おはぎ、か。なるほど、この丸くて愛らしい形、それに纏っている小豆の深い紫色は、どこか宮廷の秋の御菓子を思い出させるね」


璃景は千海に倣って、そのおはぎを箸で少しだけ切り分け、口へと運んだ。


もっちりとした米の食感と、それを包み込む優しくも力強い、どこか独特のコクがある甘みが広がる。


「……! おぉ、これは……確かに、君が『クセになる』と言うのも頷ける。珈琲に入れたあの雪のような『さとう』の甘みとはまた違う、大地の恵みを感じるような、深く、後を引く甘さだね」


うどんの塩気のある出汁の後に、この甘みを挟むとは、この国の食文化は本当に奥が深い。


璃景は口の中に広がる至福の味わいに、思わず深くため息を漏らした。


「美味いな、千海。うどんといい、このおはぎといい……君の思い出の味は、どれも私を骨抜きにしてしまうようだ」


璃景は心底感心したように続ける。


「君が小さな頃、この味を噛み締めながらどんな風に過ごしていたのか、その情景が目に浮かぶようだよ」


千海は「そうでしょう!」と、自分のことのように誇らしげに胸を張った。


その姿がなんだかたまらなく微笑ましくて、璃景はまた小さく笑ってしまう。


「ハイテク化に一瞬は驚かされたが、こうして変わらない美味に出会えた。幸先の良い旅の始まりだね、我が作家殿」


璃景は箸を置き、満足げに息を吐いた。


「……よし、お腹も心もこれ以上ないほど満たされたところで、いよいよ君の故郷である『こくら』の街へと、本格的に繰り出そうじゃないか!」


ここまでお読みいただきありがとうございます。


今回は、千海の故郷のうどんとおはぎを堪能した二人。


一瞬『ハイテク化』に翻弄されましたが、璃景の優しさが少し伝わる回になっていたら嬉しいです。


二人がこれからどんな掛け合いをしていくのか、楽しんでいただけましたら嬉しいです。


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