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第九話 無階級

 全身を包帯ぐるぐる巻きにされ、半ばミイラのような状態で俺は兵たちを迎えた。

「帰ってきたのは八百か……」

 直下兵と魔導兵合計で八百。

「フォルティス様……それよりも体は……」

「ああ、止血は済んだが、傷は癒えていない。だが、羽扇を振って指揮を執る事位くらいなら出来る」

「分かりました……。マギシェ将軍には感謝を申しておかなければ……」

 俺に掛かっていた出血毒は、並の止血剤や魔法ではどうにもならなかったらしく、マギシェとその衛生兵が上級(アドバンス)止血(ヘモスタシス)でやっと血が止まった。

 だが治癒までは不可だったようで、俺の頭には依然として包帯が巻かれていたりする。

「とにかく……兵たちの休養を第一優先にしてくれ。レビロの持ち場は特に異常なしか?」

「はい。レビロ軍は宣戦を維持、最右翼の第三兵団が少し前進したと」

「そうか……。イポティスも東部連合もだな?」

「ハ。両軍共に以上無く、空中戦力も特に異常はないと報告が」

 何か妙だ。

 神々の軍勢が、こんなモノで済む筈がない。

 帝都を陥落せしめた時のような勢いも、第一官軍大隊との戦いの時の様な電光石火の攻めもない。

「とにかく……一日耐えたんだ。それだけでもすごい事だ。そう、兵に伝えておけ」

 俺はそう命じて、天幕に入ったのだった。



「今日も、エ・マギアは本国から八万の増援か……」

「そだね。まったく、君はうちの女王に何と言ったのかねー?」

「特に何も」

「ほんとー?」

「本当だよ。ただあの時は必死だっただけだ」

「それよりも、フォルティスはレビロ軍の持ち場に戻らなくてもいいの?」

「必要ない。今はここが最重要だからね」

 レビロ公国軍は昨日も今日も依然として停滞。

 停滞している戦局を動かすより、動いている戦局を後押しする方が百倍楽だし、百倍必要な事だ。

 停滞している戦局がレビロの所なら、動いている戦局はエ・マギアの場所になる。

「昨日の巨樹兵はフォルティス達が葬ったけど、無尽蔵に広がる敵軍をどう抑えるつもりなの?」

「どうする……か。難しい質問だね。今は何も変えずに敵の出方を見る以外に方法はな――――」

 俺が言い切ろうとした矢先、地面が大きく揺れた。

「地震か!?」

「いや、世界樹は光ってない! これはきっと別の――――」

 本陣下の地面が割れた。

 そして轟音と共に、俺達を震撼させた。

 飛び上がり、宙に浮いている状況で敵兵数を数えた。


 巨樹兵が四、樹兵が三百、骸兵は四百。そして未確認の兵が六百。

 つまり敵は凡そ千三百だが、巨樹兵は数字以上の能力を持つ。脅威としては合計して千五百の兵に匹敵するだろう。

「飛翔(フライ)!」

 マギシェがかけた魔法で浮遊したが、俺はおそらくここから一歩でも動けば巨樹兵の魔の手にはまる。

 つまり、数十メートルの高さから地面に落下してぐちゃぐちゃになる。

 もし運よく生き残れたとしても下に居る兵に殺される。

「まさか、土竜攻め!?」

「土竜攻め!? 人間同士の戦いでも机上の空論のこの戦術を、こんな世界樹軍の一端が出来るとでも本気で思ってるの!?」

 マギシェが珍しく声を荒げた。

「本気だ。あの地面の割れ方からして、明確に地中を割って進んで来たとしか思えない」

 奴らはいつも俺達の予想の斜め上を行く。

 今回の土竜攻めもその一端と考えるべきだろう。

「フォルティス! あれ!」

 マギシェが不意に叫んで、地面を指さした。

 その指の延長線上には、一人の明らかに他と風格が違う姿をした何かがいた。

「人?」

「いや……だとしたらあの下半身は何だ……」

 その何かは、上半身は確かに人型で女性のようだが、下半身が地に埋まっている。

 そしてその下半身が地に埋まっているにも拘らず、平然と地上を動いている。

 そして、俺と視線がぶつかった。

「やあやあ、人間の皆さん」

 喋った。

 明らかに人ならざるものが人語を喋った。

「私は世界樹軍、西側の指揮官を務めさせて頂いております。ラディエル・ルーツです。御機嫌よう」

 俺は何度見ても目を疑った。

 それは人語を喋り、名を名乗った。

 自我を持たぬ他の兵達とは明らかに違う。

「そんな怖い顔しなくてもいいじゃないですか。人間さん」

 彼女の口振りを見るに、彼女はやはり人間ではない。

 人語を喋る獣だ。

「私は名乗ったんですよ。そちらも名乗られたらどうですか?」

「……マギシェ・レア・ルーン。この軍を率いる将の一人……」

「フォルティス・ヴァルツァー……。この地に居る軍を率いる将の一人だ……」

 俺とマギシェが交互に名乗り、彼女は笑みを浮かべた。

 それは決して不敵なものじゃない。むしろ友好的な顔だった。

 だがどこか、狂気を孕んでいた。

「ふむふむ。君が昨日、巨樹兵(私の傀儡)たちを散々目にしてくれた方ですか……。それで君が魔法の弾幕を張る女の子……。確かに報告と合致しますね……」

「貴女は……何者?」

「だから言ったじゃないですか。私は西側の指揮官ラディエル・ルーツですって」

 マギシェの問いに淡々と答える彼女は、一瞬黙り、言葉を考えたかのような仕草を見せた後、再びこっちを向いた。

「そうですね……。もっと貴方達の問いに相応しい答えが在るかも知れませんね……。私はハスター様の忠実なる僕(しもべ)で、あの御方に生み出された傀儡です」

 ”黄衣の王”ハスター……!

 世界樹に巣くう十の神の一人であり、その黄色の外套を纏い、不吉な面を付けた神……。

 それが生み出した傀儡――――。


 マギシェが魔法陣音展開と詠唱を始めた。

 殺すつもりだ。

 第二十階級魔術火炎(ファイア)。

 力量を測るつもりか。

「炎よ、従え、舞え。紅き息吹よ、我が元に集え。風を呑み、血を震わせろ。燃え尽きることを恐れるな。古き火種よ、今こそ其の牙を剥く刻(とき)だ。幾千もの炎よ、猛火となれ! 火炎(ファイア)!」

 ――――長文詠唱。

 短文詠唱よりも威力が膨れ上がるその長文詠唱。そして「幾千もの」を詠唱に含んだということは複数詠唱。

 威力を高めた複数詠唱ともなれば、いくら低級魔術でも致命傷になり得る。

 赤の魔法陣から業火が吹かれた。

「怖いですね。不滅の長壁(イモータル・ウォール)」

 第十四階級魔法……! 人類が行使できない上位魔法……。

 マギシェの魔法が四散した。

「私は貴女方と話そうとここまで遥々やって来たのに、残念です」

「紅蓮の猛火よ――――」

「――――待て、マギシェ!」

 奴らと対話が出来るのら、それに超したことは無い。

 上手く言葉を回して奴らの内部情報を知りえることも出来るかもしれない。

「じゃあさ、同じ高さで対等に話させてくれないか? 兵を下げることは出来る?」

 俺が言った後、少し考えた仕草を見せて、彼女が指を鳴らして兵を下がらせた。

 魔法を解いて、俺が降り立ったらそれに続いたマギシェも地に足を付けた。


 近くで見た彼女の姿は至って人間だった。

 茶髪を束ね、整った顔立ち。そして鎧には傀儡であることを誇示するかのように黄色の腕章が巻かれている。

 地面と融合していること以外は至って普通の人間だ。

「それで、用は?」

「いきなり本題ですか?」

「この瞬間にも人が死んでいる」

「はあ、まったく……。いいでしょう。私が望むのは――――いえ、私たちが望むのは、停戦です」

 予想通りの言葉だった。

 そして予想通りだから、返す言葉も決まっている。

「じゃあ、停戦したら何の利がこちらにある?」

「利ですか……。人が無駄に死にませんよ。そしたらこんなに早とちって、前置きを置き去りにするようなことはありませんよ」

「前置きを置き去りにした非礼は詫びるが、他には? 俺達が望むのは世界樹の焼却だが、それが叶うのか?」

「叶いませんよ。これだけははっきり言えます。我が主公も、オーディン様もそれは同じ考えです」

「なら、交渉は決裂、ということでいいな?」

 鋭い視線がぶつかり合った。

 何か情報が得られるか、と思っていた俺が馬鹿だった。

 彼女は主に絶対的な忠誠を誓っている。ということは、恐らく主の不利益になり得る事には口を滑らせても言わないだろう。

 誤算だった。

「ええ、そちらの我々と徹底抗戦する覚悟と、狂気が垣間見えました。問題ありません」

 そして彼女が指を鳴らし立ち去って行った。

 指を鳴らしたという事は――――!

「マギシェ!」

 無意識の内にアンカーを投げて、巨樹兵に張り付いたが、マギシェは遅れていた。

 俺の声でやっと我に返り、アンカーを伸ばしたが、遅かった。

 巨樹兵の腕がマギシェに触れた。

 このままだとマギシェは両足をもがれる。

「チッ」

 小さく舌を打ち、もう一つのアンカーを伸ばす。

 マギシェにそのアンカーの縄が巻きつけられる。アンカーの先の針がマギシェの服に突き刺さる。

 間に合え!

 アンカーを引き、マギシェを手繰り寄せる。

 俺が張り付いている巨樹兵が腕を伸ばし、俺の伸ばしたマギシェに絡みつくアンカーのロープを裂いた。

 このままだと縄に俺の力とマギシェの体重で負荷がかかり、縄がほぼ確実に切れる。

 そしたらマギシェは巨樹兵四体に殺される。

 それは何としてでも避けなければならない。

 彼女が死ねば、この軍も、この連合軍も持たない。


 駄目だ。

 ロープが切れる。

 このままだと、彼女は死ぬ。

 死なせない。死なせてはならな――――!

 気付いたときには遅かった。背後から槍が刺されていた。

 それにマギシェとつなぐロープも切られていた。


 これで、この連合軍も崩壊……。俺が起こしたのに、俺が何の責任も取れずに死ぬ。

 俺のせいで、マギシェも死ぬ。

 そしてきっとデュオリヴィックも……。

「そんなこと……させない!」

 剣を抜き放ち、アンカーを頼りにマギシェを捕まえた巨樹兵の元まで失踪する。

 マギシェの断末魔が耳を劈く。そして巨樹兵が人を握りつぶそうと、拳に力を籠める姿が見えた。

「フォルティス……」

「マギシェ!」

 彼女が力を振り絞り、俺の方に腕を伸ばした。

「離れて!」

「え!?」

 マギシェが「離れて」と叫んだ直後、俺は後方に吹き飛ばされていた。

 第二十階級魔法拒絶(レジェクション)。

 でも……一体何のために……。

「火よ、棚引け、啼け! 紅蓮の猛火よ、紅き神気に我を誘え。我が願いを諾え。塵に混ざる地獄の業火よ、収斂せよ! 幾千万の炎共よ、顕現せよ! 無(・)階(・)級(・)魔術焼き尽くす(バーン・クリスプ・)炎術(フレイム・テクニーク)・業火(ヘルファイア)!」

 無階級……魔術……焼き尽くす(バーン・クリスプ・)炎術(フレイム・テクニーク)・業火(ヘルファイア)?

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