第八話 巨樹兵
「レビロ魔導兵三千、到着しました!」
「よし、出るぞ! 俺に続け!」
マギシェに張らせている弾幕の下を駆け抜け、奥に見える巨樹兵を殺すのが今回の目的だ。
「マギシェ、頼むぞ!」
「分かってるよ。心配性だな、フォルティスはさ~」
崖の上のマギシェが答える。
彼女は本陣で留守番当番で全戦局を操ってもらう。
「しかし、最悪ですね。地獄みたいなお散歩をしなきゃならないなんて……」
「そう言うな、ルシェラ。この作戦を成功させること自体が、全軍の士気を一段と上げるいいキッカケになる」
「……本当ですか~?」
「フッ、本当だ。とにかく行くぞ!」
歓声が沸き上がり、俺を先頭とした三千人は乱戦・混戦で入り乱れる戦場へ、一歩、また一歩、足を踏み出した。
「余計な戦闘は極力回避だ! 魔導兵は炎の剣の強化付与を忘れるな! 巨樹兵に近づくと強化付与も出来なくなるから注意しておけ!」
走りながら俺は全軍に今一度指示を飛ばし、俺自身も斬撃強化の剣を鞘に戻すことにし、馬と鞍の間から一振りの太刀を取り出した。
高純度魔導鉱石剣の太刀で、ドワーフの長、テルムが自ら鍛え上げた至高の一振りだ。
取り出した太刀に魔力素を塗りたくり、そこに炎の呪文を掛ける。
すると太刀が燃え盛る深紅の炎に包まれた。
「正面! 巨樹兵を五体確認!」
「全兵、臨戦態勢に入れ! 先ずはその五体を葬り去る! 各隊、持ち場に付け! 陣形を組む!」
俺と直下兵五百を先頭に、錐形の陣を組む。
「かかれ!」
巨樹兵の弱点は両目と左胸。
この三点に火が付くとたちまち、魔力素を放出しながら倒れ伏す。
だが、三十メートル近くある巨樹兵を相手に刃を突き刺すことは至難の業であり、巨樹兵の持つ飛び道具耐性のせいでジャベリンや矢もあまり意味がない。
足は謎の鎧に阻まれ攻撃できず、足を攻撃することで体勢を崩すこともできない。
そして周囲の魔力素濃度が薄くなっているせいで飛翔などの浮遊系魔法も使えない。
そこで使われるのがイポティス軍の小さめの携帯攻城兵器の一種で城壁登攀に使われるアンカー付きロープだ。
アンカー付きロープを巨樹兵に引っ掛け、勢いと共にジャンプして空高く飛翔する。
そしてタイミングよく斬り裂けば、巨樹兵の討伐が可能という事だ。
これは既に各方面の軍や先人たちがやっている戦法だ。
「フォルティス様! お止めを!」
俺は側近の忠告も無視して、アンカーを投げた。
「安心しろ。俺だ」
「だからです! 死に急ぐ必要はありません!」
アンカーが巨樹兵の方に引っかかったのを確認して、俺は馬を走らせる。
騎乗の勢いそのままに飛び、勢いよく巨樹兵に迫る。
巨樹兵の拳が迫る。
これが一番厄介だ。
空中での切り返しが出来ない中で、このような攻撃が来るのは実に厄介だ。
「フォルティス様!」
部下の叫び声。
俺は迫る拳を蹴り、空中で一回転。
同時にアンカーを巻き取り、拳を突き放った腕の上を疾走する。
「殺った……」
目の所で横一文字に一閃。
額にアンカーを引っ掛け、左胸に剣を突き通す。
「グオオオォォォォオ!」
巨樹兵の断末魔が鼓膜を大いに震わす。
爆散。
巨樹兵が爆散すると同時に俺も地上に飛び降りた。
「五体は一掃できましたが、この奥に居る七十体は聊か厳しいものが……」
「いや、出来る限り削ろう。ついて来い!」
馬に拍車をかけ、俺達は再び進みだす。
この一連の戦闘を繰り返し、少しずつではあるが巨樹兵を殺す。
「しかし……驚きでした。フォルティス様があのような武芸に秀でた方とは思いもしもせんでした……」
「いや、そんなことはない。勿論対人戦で剣を抜き放つのは得意ではない」
人を殺すことに一定の躊躇いがある。
と、いっても軍略家として何十万の敵を屠って来た俺が言っても説得力はないか……。
だがこの手で人を殺めるのと、策に敵を嵌めて殺めるのは違う。
策に嵌める方が、まだ自分の平常心を保つことが出来る。
だがこの手で人を殺めると、敵の苦悶の表情、敵の家族、永劫の呪い。そんなものがいくつも脳裏を過り、吐き気がして嗚咽が走る。
だから、こんな無機質なもの相手でしか剣を振るうことが出来ない。
昔、士官学校に居た頃に言われた。
「地は強いのに、妙な正義感気取りと人を殺せない慈悲、恐怖。この三つがお前を阻害して強くなれない」
と。
つまり「戦う才能はあるのに、戦うのが怖くて戦えない。宝の持ち腐れ」
と、言われたんだ。
言われて結構。
俺は俺の戦い方をする。
「偵察が帰還、間もなく会敵します!」
「前列接触! 戦闘開始です!」
マギシェの本陣の方に向いていた巨樹兵共が、一気に右側――――こっちを見た。
「出来る限り殺せ! 無駄死には許さない!」
「御意!」
「後方! 魔法弾の弾幕、来ます!」
俺が振り返ると空一面を埋め尽くす程の、青紫の魔法弾が飛んでいた。
「マギシェ将軍より伝令! 『後方の憂いはない。存分に戦果を挙げられよ!』とのことです!」
……マギシェ……忝い。
「聞いたか!? 後ろに憂いはない! 前だけを見よ! そして、神に見せつけよ! 人類の恐ろしさを! 強さを!」
激を飛ばす。
アンカーが巨樹兵の一つに引っ掛かる。
そして運よく、俺がアンカーを掛けた巨樹兵に魔法弾が炸裂した。
頭に当たり、体勢が崩れた。
「好機」
目を斬り裂き、背後から左胸に風穴を開ける。
「フォルティス様に続け! 我らの力を今こそ見せる時ぞ!」
次の獲物をロックオンした俺は、早速アンカーを投げる。
まっすぐに伸びたロープが、途中で振り払われた。
他の所でも、一斉にこの行動が起きている。
アンカーを何度投げても、その長い手が何度となく阻みに来る。
「……腕を狙え! 腕を切り落として、抵抗できないようにしろ!」
こんなに一斉にアンチの行動を取り出すとは……。
指揮系統がどこかにある。
「アリシア! 敵の指揮系統が何所かにある筈だ! 探せ!」
「御意!」
叫びながら俺は再びアンカーを投げる。
巨樹兵の右手に刺さり、俺が宙を舞う。
巨樹兵が降りぬいた腕からアンカーを放し、俺は再びアンカーを投げて巨樹兵のうなじにアンカーを刺しなおす。
勢いで剣を胸に突き刺し、引き抜く。
そして誰かが目を奪い、巨樹兵は倒れた。
「この倒し方でギリギリか……」
かなり疲弊しながらやっと一体。
しかも周りの巨樹兵は俺達に気を止めること無く、前進を続けている。
「追うぞ! 本陣に近づけるな!」
そこには、彼女がいる。
彼女こそ、この戦いにおいて欠かすことの出来ない存在だ。
俺の命なんかよりも、もっと重い存在だ。
馬に拍車をかけ、巨樹兵の背を追う。
「クソッ……この図体して、どこからそんな速度が出せる!」
「確かに……巨体に見合わぬ速度です……」
馬が最も速く走って、ギリギリ背に追いつけるかどうか。
何でだ……何でなんだ……!?
馬を走らせ続けても、馬にもいつか限界は来る。
「馬を走らせながら、攻撃を仕掛けますか!?」
「そうだな……今はそれしかやる事がない! 全隊、攻撃開始だ!」
巨樹の上に飛び乗った俺は炎の刃を目に突き刺す。
たちまち耳を劈く咆哮が俺を襲い、巨樹兵が暴れ出した。
だがそれでも、進撃は止まらない。
ここで止めなければならない。
左胸を貫き通す。
が、止まらない。しばらく発狂状態の巨樹兵に振り回され、吹き飛ばされた後に巨樹兵は消滅した。
これも指揮系統の仕業か……!
厄介だ。
吹き飛ばされた先からアンカーを伸ばし、巨樹兵の一つに引っ掛けた。
直ぐには殺さず、後ろを振り返った。
確かに、敵が集まっているようなところは所々あるが、指揮系統が集中して居たりするような場所は見当たらない。
一体、何所にあるんだ?
いや……下手な事は考えるな。
「今ここで、この巨樹兵共を殲滅する! こいつらを本陣に近づけるな!」
「アリシア様より報告です! 敵深部まで潜り、敵陣を探ったところ特に何も発見できなかったとの事です!」
「分かった。一度引き戻して外側から本陣守備に就かせろ!」
「了解!」
途端に地面――――巨樹兵が揺れた。
いや、正確に言うならば俺を振り落とそうとした。
「フォルティス様ッ!」
「いや、安心しろ! お前らも続け!」
地面に落ちる直前でアンカーを伸ばし、勢いを付けて振り子の如く動く。
すれ違いざまに足首を斬り裂き、切断する。
倒れる。
心の臓を十文字に裂き、目を潰す。
地面に降り立ち、次の獲物を見つけようとした瞬間だった。
遠くから断末魔が聞こえたのは。
「ギャァァァア! ァ……ッ……アア!」
握りつぶされた。
手塩にかけて育て、対巨樹兵の為に練兵もした兵が……。
巨樹兵の手の内で血を吹きだした。
あの持ち場はアデリナの筈だ……。
「アデリナ! 無事か!?」
叫んだ。
だが帰って来たのは断末魔。
「エッカルト! アデリナ隊を援けろ!」
「りょうか……」
巨樹兵の横薙ぎがエッカルトを攫った。
「何だ……。こっちに注目が移った……!?」
「全兵、騎乗しろ! 離脱する!」
パッと見、今の一瞬で百近くの兵を失った。
「右に抜ける! 俺に続け!」
騎乗して本陣側を向いたその時だった。
「フォルティス様! 後ろです……ッ!」
部下の叫び声が聞こえたのが最後だった。
振り返りかけた。
突然、爆音と共に俺は宙に舞った。
俺は勢いよく地面に突撃した。
そして吹き飛んだ俺が着地しても、後方の爆音は鳴り止まなかった。
そして俺はやっと理解した。
「果実兵か……」
背や顔に桃色の液が付いている。
拭っ右手に乗せてみた、その時だった。
「フォルティス!」
「マギシェか……。どうした?」
「果実兵が前に出て来たから被害を見に来た。ところで……直下兵は?」
「あっちだ……」
俺は飛んできた方向――――果実兵の方を指さした。
「そんな……。とっ、とにかく止血を……」
「止血? 何を言っているんだ? 俺は受け身もとったし、傷もついていない。止血なんて必要ないだろ?」
「え……気づいていないの? 顔も、腕も、背中も、手だって……。どこもかしこも血塗れだよ……」
「そんな馬鹿な……」
そう言いながら俺は自分の右手を見た。
いや、凝視する羽目になった。
確かに、赤黒く染まっている。
袖で顔を拭ってみても真っ赤だ。
「出血毒……ということか?」
「出来るなら現実から目を逸らして認めたくない、と言いたいけど……そうみたいだね」
右腕から滴る血が、俺の立つ地面を赤く染めていた。




