第七話 ここが戦場だから
「樹兵五万が新たに出現! イポティス軍の方に進んでいきます!」
「東面のデュオリヴィックは気づいているか!?」
「気づいてはいますが、既に自軍を大きく上回る二十五万と相対しており、この軍が投入されるとなると、およそ倍の兵と戦うことになります」
東面なら攻撃の薄い北面からの援軍を期待できる。
そんな策、大陸より集められた各軍の精鋭が分からない筈がない。
「エ・マギア軍、十万が到着! どこに投入いたしますか!?」
「待て。まだ動かすな。様子を見る」
こうして戦っている間にも生き残るため人類は大陸を出て、兵士は逐次投入されている。
時間を稼ぎ、いずれは敵の本陣を叩く!
世界樹を焼く方法は伝承などからわかっている。
大地を裂く程の強烈な力を有する世界樹の根。その根の底にある冥府の火山・『炎々の火山』の溶岩とその周囲にある世界樹の根の根毛である『炎の根』を組み合わせ、これまた冥府にある燭台に灯すと、同時に世界樹は燃え上がる。
これが、俺たちができる世界樹を燃やす唯一の手段と言ってもいい。
第一階級魔術にある炎魔術を使えば多少強引ではあるが火をつけることはできるかもしれないが、それは俺たちにとって現実的なプランとは言い難い。
この話を、マギシェにした時の話だった。
「――――ということなんだが」
「第一階級魔術か……。禁忌とされていて、他に知らすことは許されないと思うけど、こんな非常事態下なんだ。特別に教えてあげるよ」
目を細め、考えるように俯いた。
一見無鉄砲に見える彼女がここまでちゃんと話そうとするということは、相当重い話なんだろう、
「第一に第十五階級以上は人類が扱うことができない域に達している魔法魔術。でも、それは人間が行使できないもので、触媒である杖などを使えば不可能かもしれないけど、スクロールに封印されていれば人間が生み出す必要もなく第十五階級以上を行使できる」
使えないというのは、生み出せないから使えないとされていただけで、実際は使えるが使える術者がいなかった。と、いうことか。
「でも、四百年前、私たちエ・マギア国は冥界の神アヌビスととある契約をしたんだ。それは、術者の寿命を減らす代わりに、第十五階級以上の魔法魔術を封印したスクロールをもらえるということ」
「術者の寿命を減らす?」
「そう、そこが一番禁忌とされる部分なんだ。第十五階級以上の魔法魔術を行使するということは、それなりに体に負担がかかる行為で、人間には超越した力なんだ。だから、上手く扱うこともできない。だから、冥界の神アヌビスに補助を依頼するんだけど、そこで対価として差し出すのが術者の寿命。第十四階級なら失う寿命も短くて済むけど、最上位・第一階級ともなれば話は別格。差し出すのは術者の命へと移り変わるんだよ。だから、封印されたスクロールは今も国の大図書館で保管されている。必要とあれば国から持ち出すけど、出来るだけ使いたくない。アヌビスが敵にいる以上、このスクロールを使うことでどんな妨害があるかは計り知れない。そんな博打を、国民たちを犠牲にしてまでしたくはない」
「……正しい判断だね。指導者にピッタリ。……うん、分かった。できるだけ今の情報から得たスクロールを使わないような戦術を組み立てるよ」
「……ありがとう」
俺の所属するレビロは魔法魔術兵と戦士・騎士兵の混合兵種であり、魔法魔術兵に殆どを注ぎ込んでいるエ・マギアとも、戦士・騎士兵のイポティスとも違う。
だから現体制のレビロ公国では魔法部門は俺がマギシェに一任しているし、戦士・騎士の軍はデュオリヴィックに任せている。
特に、魔法に関しては俺に才能とかが無いから彼女に任すしかない。
「マギシェ将軍が、新手の未確認の兵士を確認したと!」
噂をすれば何とやら、ってね。
未確認の兵士……見てみたい。
俺の指揮官としての本能と、知識欲が叫んでいる。
「ここを任せる。俺はマギシェの方に行ってくる」
「了解」
「マギシェ、遅くなった」
「あ、いいよいいよ、全然。レビロの方が大変そうなのに、突然呼び出してゴメンね」
「いや、問題ない。それよりも、見せてくれないか? 敵の新手を」
俺が言うと、マギシェが奥の方を指さした。
俺はそこに望遠鏡を向ける。
そこには、羽の生えた樹兵がいた。
飛んでいる。羽を羽ばたかせ、飛翔している。
「あれが……?」
「そう。これまで誰も見た事無いし、文献にも載っていない。正真正銘の初見だね。そして、もう一つ」
「何?」
「その羽の生えた兵士の下、何か膨らんだ奴がいるでしょ?」
言われてみれば、他の兵死よりも一回り太った兵士が沢山いる。
見ればそれは果実みたいだ。
「あれは、私は果実兵と呼んでいるけど、自爆するだよね」
「自爆?」
「うん。急に走り込んできて敵味方問わず吹き飛ばして、周囲の魔力素濃度を濃くする」
確かに、この辺りは魔力素が多い。
魔法魔術兵が弾幕張り続けているから、という理由も在るかも知れないけど、それでも流石に濃い。
覗いてる望遠鏡の奥で、果実兵が走り出した。
凄まじい速度で味方の方に近づき、内側から急に膨張して、轟音と爆風を伴って爆散した。
「あんな感じで吹き飛んだのか?」
「そそ、今のは早とちったのか、中らなかったけど、中れば一撃必殺級の威力を誇るんだよ」
「分かったのは、奴らがイマイチ頭が良く無さそう、ということか?」
「フフッ、この期に及んで尚、冗談を言えるなんてね」
「そう言ってないと不安なんだよ」
本心だ。
神殺しに挑む、世界樹を焼く。
それを考えるだけで恐ろしい。
冒涜、涜神、涜聖。そんな言葉が何度となく脳裏を過る。
俺がもし、この戦いに勝ったとしても、英雄として称えられる瞬間は瞬き程の瞬間。直ぐに冒涜者や神殺しの大罪人みたいな汚名が強くなるだろうな。
それだけが怖いんじゃない。世間に後ろ指差されるのはまだ良い。百歩譲って許せる。
だが、神々に呪われるんじゃないか、狂信者や信奉者に殺されないか、という不安がある。
怖い。怖すぎるんだ。
「……安心して。神殺しの業は私達も背負うから」
マギシェから予想だにしなかった言葉が発せられた。
「神を殺すのは前人未到だよ? これまで誰もしてこなかった冒涜、禁忌。でも、それを成すのが私達なんだから。どうせなら、初めてが欲しいじゃん? それに、それにさ? どうせ呪われるんならみんなで呪われてあの世で苦笑いしようよ。君だけに業を背負わせる気はない。きっと、この考えはデュオリヴィックとか、他の皆にもきっとある。だから……心配しないで」
「この期に及んで、あのマギシェから俺を感動させる言葉が出てくるなんてな。凄いよ」
「それ、絶対馬鹿にしてるじゃーん!」
「してない、してない」
そう笑って言って逃げ出した。
「でも、ありがとう」
振り返らずに言った。そしてつけ加えた。
「心の迷いが少し晴れた気がする」
と。
実際、彼女の言葉で俺の心の惑いが晴れたのは事実。
彼女の言葉一つでここまで動くなんて、俺は一体彼女にどれだけ感化されたんだろうか。
俺がその場を離れようとした時、彼女の絶句する声が聞こえた。
「『巨樹兵が七十体!?』」
「巨樹兵が……?」
巨樹兵は、三十メートル近くある樹の巨人で下手な攻城兵器よりも大きい。
その上、兵士としての質も高い厄介極まりない敵だ。
しかも明確な倒し方も確立されていないから猶更タチが悪い。
「マギシェ、手伝うよ」
俺は気付いたときにはマギシェの隣に立ち、駒を動かし始めていた。
マギシェの足を踏んだ……様な気がした。
「戦いが終わったら火炎魔術で燃やすからね」
嫌な予感がして振り返った。
鬼の形相。その言葉が一番似合う顔が、俺を睨みつけていた。
いや、それで怒るなよ……
「燃やすなら巨樹兵に……」
「「そうか!」」
二人の思考が完全に一致した。
樹なら燃やせばいいじゃないか!
「炎の兵を一帯に集めて爆炎魔術で燃やし尽くすように伝令を!」
第十八階級《伝令》を駆使して彼女が命令を飛ばす。
この魔法、使い勝手がいいが修練に時間がかかりすぎる。
そのせいで俺は三か月前に匙を投げた。
しかも、今、無詠唱・無動作だったよな? どこまで熟練して熟達した魔法使いなんだ……。
この年で君は一体どれ程の研鑽を積んだんだ……。
おおよそ、まだ十代の指揮官兼魔法使いとは思えない。
だが初歩魔法であれば、無詠唱ではないが無動作であれば俺でも使える魔法がある。
それが魔力視覚と魔力素感知だ。
お遊び半分で発動した魔法だったが、それが意外な事を教えてくれた。
「巨樹兵の回りが、極端に魔力素が薄い。それに巨樹兵は魔力素が高すぎる……。まさか、吸収して、動力にしてるのか!?」
赤眼の俺が言うと、マギシェもすかさず同じ魔法を使った。
数秒後にはマギシェも俺とあまり変わらないリアクションを残した。
「あ、あれだと魔術兵を動かせない……」
「魔晶石を持っている兵を動かすことは出来るか?」
魔晶石とは、魔力素を取り込み、充填できる魔道具の一種である。
「いや……エ・マギアには魔晶石坑道や鉱山は幾つかあるんだけど、その殆どが数か月前に地震で崩壊して、市場に出回らないのが現状で軍備でも全くなんだよね」
「そうか……。なら、俺の直下兵を使う」
そう言って俺は連れて来たアリシアに、
「俺の直下兵団をここに呼べ。その時に魔導兵も三千程度連れて来い」
と告げた。
魔導兵の剣に”炎の剣”を付与すればそれ相応の火力と、巨樹兵に対する特効が生まれる筈だ。
「君が率いる?」
「ああ、そうした方が良いだろ。幸い、俺がここで死んでも君が指揮を執ってくれるからな」
「なんで、そんなに死ぬ前提なのかなー」
「ここが戦場だからだ」




