第六話 あれから
「さっきからペラペラ喋っているが、俺はレビロ帝……いや、レビロ公国の代表であるフォルティス・ヴァルツァーだ。臨時宰相がこの世を去られて以降は、俺が総務卿としてレビロ公国の舵を執っている。うん、この際、一度全員自己紹介してしまおうか」
「分かった。俺の名はデュオリヴィック・イポティシアンだ。レビロ公国の軍務卿とレビロ公国軍の副将、イポティス王国軍の代表を兼任している。以上だ」
「私の名前はマギシェ・レア・ルーン。レビロ公国の内務卿、エ・マギア国軍代表、レビロ国国軍参謀を兼任します。よろしくー」
「僕か。僕の名前はアグリルトゥーラ・ワイズニア。ワイズン共和国軍後方代表でこの大戦での兵站管理、食糧管理、物資管理の責任者を務めます。主に裏方作業の人間ですが、この大戦に関われて光栄です。よろしくお願いします」
歳は見た所、俺よりちょっと下。
この若さで裏方業務を一手に引き受ける……一抹の不安は残れど、そんな若さで用心深いワイズンの元首が任せるという事は、その若さや不安を払拭するほどの実績や実力があるという事か。
「俺はパウベール・ワイズニア。そこの馬鹿の兄だ。ワイズン共和国軍の軍の代表で、ワイズン軍を率いる。たらたらと弟のように話すことは嫌いだ。以上」
アグリルトゥーラが「馬鹿ってなんだよ!」と、言い返している姿を見ると、軽口を叩きあうような仲の様だ。軍議の最中に兄弟喧嘩なんか、たまったもんじゃない。
見た感じ年齢は俺の二、三年上のクールな人だ。
この背格好と見た目でなら、話すことが嫌いなのも十分頷ける。
「……ルーダス・ミケランです。ティーア連合軍……の代表です……。馬騎兵を基本に……特殊騎兵などの……統率・指揮を行います。よろしく、お願いします」
ゴーグルとマスクで顔はほとんど見えないが、俺と同じか、少し上ということは分かった。
我が強いティーア軍を率いる……難儀だろうな。
「あー、俺は東部小国家群の一つのサラマンドラの人間で、東部小国家群連合の代表のアグニクス・サラマンダーっス。よろなー」
「貴様、もう少し誠意や敬意を持て。我が名はファイアンド・サラマンダー。サラマンドラの代表で小国家群連合の連合総長の任についている」
サラマンドラの二人が言い合っている横を、俺とデュオリヴィック、マギシェ、アグリルトゥーラが抜ける。
「まあ、何はともあれ、揃ったことに間違いはないな」
「癖は強いけどね」
「そんなことを気にしている暇はない。早急に神々との戦争についての軍議を開始すべきと考える」
「そのために、戦場の地形を頭に入れることは必須だろうね。見に行こうか」
「承知した」
「でも、あの辺り、極端に魔力濃度が濃くて骸兵や樹兵の出現量が半端じゃないんだよねー」
「分かっている。だが、所詮は雑魚兵だ。一万も連れて行けば問題はないだろう」
「そ、そうだね。分かった」
「お前の配下を連れて行くのか? お前の直下兵を」
「そのつもり。他にも測量兵や測定兵とかの専門兵を連れて行くつもりだけど、魔法系でそこらへんは何とかならない?」
「測量なら、第十五階位魔法の流用で使えると思うし、魔力濃度の測定だったお手の物かな」
「他には、何か必要そうなことある?」
俺はレッドカーペットの廊下を歩く歩調を少し早めながら聞いた。
「戦時での物資の搬入路や兵站の繋ぎ方の道を書いておきたい。それだけ」
「了解」
重い戸を開け、中に置かれている鎧に目を通した。
「それじゃあ、城門前で落ち合おう」
「一日で測量が済んだが、これは、相当広いぞ」
「予想以上だな。戦場予想域となる世界樹平原が中規模国家と同規模とは予想だにしなかった」
「恐らく、世界樹の根が地面を引き裂き、森を枯らし、平原を広げているんだろう。十年前の地図なんて当てにならないな」
「展開可能な軍はざっと……」
指を折り曲げて考えているうちに、アグリルトゥーラが計算を終えていた。
「人間軍が一千万程度。神々の軍はそれ以上の兵数ですね。空中も含めると途方もない数に……」
「この広さなら包囲よりも戦局を絞った方が良いだろうな。完全に周辺を包囲するよりも、敵を見つけ次第、迎撃隊で反撃したりな」
「でも、それじゃ、いつになっても終わりが見えないよ。前進する部隊も必要だと思うなー」
「ま、それはそうとして……。アレ、何だと思う?」
俺の指差した先は黄金色の騎兵。
歩兵である樹兵とはまた違う存在だな。
「あるとしたら……新手の世界樹兵だろうな。だが……一般騎兵としての形は見たことがない」
「数はざっと二万。威力偵察だけなら出来るかもしれないが……それはつまり……」
「神との不戦条約みたいな感じのものを破ることになっちゃうねー」
半年の不戦の誓いからまだ四か月程度しか経っていない。
ならば後の二か月を有用に使うべきだ。
だが仮に、それが自ら此方に向かって来ているとしたら?
「距離は一キロ前後。撤退の決断をするならここが潮時だ!」
「分かった。歩兵を先に行かせろ。デュオリヴィックが歩兵の先導を。マギシェは弓兵と魔法魔術兵、アグリルトゥーラは騎兵を頼む。俺は俺の直下兵団で最後尾を担う」
アグリルトゥーラが何か言おうとしたのを制止し、俺は続けた。
「あの数だけを地上に降ろしている事は考えにくい。ならば周辺に他に骸兵や黄金騎士が居る可能性も捨てきれない。だから、俺がここで止める。合理的だろ?」
「どこが」
デュオリヴィックが小さく呟いた。
「どこが合理的だよ。お前の命はそんなに軽いか!? 今やレビロ公国を率いている実質的な統治者だぞ! そいつの命がそんなに軽いか!?」
「正直言うが軽い。もう一度滅んだ亡国とも言えようレビロ……そして他国の傀儡国家であるレビロ公国の国家元首の頸は正直言ってとても軽い。あと、まあ、それに……俺はこんなところで死ぬような人間じゃないしな。いくら強敵の黄金騎士だろうと、最強の歩兵の骸兵だろうと、俺の敵じゃない。何せ俺は、『最強』と皇帝から称された軍師官なんだから」
と、適当に言い訳を付けたものの、魔力探知ですでに敵の位置は補足している。
二万規模の黄金騎士が左側に陣取っている。
「あんな感じで威勢を切ったはいいものの……どうしたものか」
黄金騎士の強さは様々な神話や書物を呼んでも明らかだ。
黄金色の手甲の指先まで煌びやかな全身鎧。
地上には居ない巨躯の馬・神馬に跨り、斧槍や大剣を手にし、開いているもう一つの手には、自らの体を完全に覆い隠す程の大楯を構える。
それは正に畏怖と恐怖を体現したような生物である。
しかも装備だけでは事足らず、その個々の武術も並大抵の兵士では鎧に引っかき傷をつけることもできず、訓練された精兵一小隊で一騎を倒せれば及第点。
骸兵は魔力探知による索敵範囲におらず、奥に居る騎兵がかなり迫ってきている事も考慮すれば、ここが引き時だろう。
撤退しながらの戦闘となると、追う方が圧倒的に有利だが、黄金騎士も新手の騎兵も速度が如何せん遅い。
神馬の種族としての速度もそうだが、やはり、その重厚な黄金の鎧が速度を大きく下げているようだ。
「ビジュはいいのに、残念だな」
撤退しながら俺は小さく悪態を吐いた。
かなり世界樹平原内を疾走したはずだが、振り切れない。
これならいっそ、コーラムの城門に叩きつけたほうが良かったかもな。
そう思って振り返るが、敵は相変わらず追って来ている。
だが、これはこれで埒が明かない。
「ルシェラ。騎乗魔術・魔法兵に爆発魔法などを使わせ、一掃するに伝えろ」
ルシェラの了解の言葉を聞いた三十秒後には、魔法陣を展開する独特の効果音が聞こえ、爆発音と断末魔が聞こえた。
だが、それでは死なず、上手く死んだ黄金騎士も死んでも死にきれず不死者となり、この辺りを彷徨い歩く首なし騎士に成り下がる呪いをかけられている。
冥界の神アヌビスに。
そう昔の文献には記されているが、実際のところどうか分からない。
「成程な……伝承は本当だったのか……」
俺は首なし騎士の姿を見て小さく呟いた。
強化された爆発魔法・魔術を喰らった黄金騎士は、倒れ、絶命した後、空気に首を切り落とされ、アンデットとなり復活している。
「とにかく走るぞ。神に喧嘩を売った以上、俺らは冒涜者なんだからな」
あの後、なんやかんやあって、撒きに撒いてコーラムの城門を潜ったのは翌日の事だった。
「急げ。リミットは後、十日だ」
と、デュオリヴィックが言っていた。
どうやら、俺が逃げまどっている間に戦争の女神アテナから死刑宣告があったそうだ。
地上への襲撃が始まるまで、後十日と期日を告げて消えて行ったそうだ。
「ドワーフからの武器生産は追いついており、必要最低数は既に超えていると!」
「エルフ軍がエ・マギアの森を出てこちらに向かっています!」
「各軍、各持ち場への配備を開始。総数、七百万強!」
そう。七百万強。
俺が認知している大陸全土の軍の実に八割に上り、かつて、これまで人類が経験してきたのとは比にならないほどの超大軍だ。
それこそ、別の大陸で第五人間暦にあったという伝説の合従軍でしか……。
「手筈通りに進めればいい。各自少しずつ前進して世界樹の根もとに辿り着き、燃やせればいい」
「伝承通りならば亀裂の底に在る《炎の根》と、《炎々の火山》の溶岩を組み合わせることで燃やせるそうだが……。亀裂の中はかなり魔力素濃度が濃いんだ。そんな中だと……まともに天使とかと戦えるかどうか定かでは……」
「そこで、魔力素濃度が濃い場所で強くなれる魔獣騎兵の中でも、精兵の魔術魔法部門を送り込むのが定石だろうが……。そんな特殊な兵士が多くは居ないのがキモだな」
「なら、じわじわと攻めて行けば……」
「まあ、それが一番だろうな。……だが、始めてみないと何とも言えないのも事実だ」
デュオリヴィックが上手く仕切ってる姿を見ると羨ましくなってくる。
これだけの統率力があれば、あれほど広大なイポティス王国を仕切ることも容易だろう。
だが、もし、もし俺がイポティス王国の皇太子であったとしても、これほど人は付いて来ないだろう。
きっとこれは、遺伝だな。
父であるイポティス王の威厳や統率力は常人とはかけ離れていた。
それが遺伝したんだろう。
その統率力を少し分けて欲しい。
「見えました! 黄金樹兵その数、二十万!」
「こちらも十五万で展開が完了。デュオリヴィック様より、東面、配備完了と!」
「エ・マギア軍・ワイズン共和国連合軍、西面、展開が終了!」
「北面の東部小国家群及び、ティーア騎士団軍、準備完了の報告有り!」
「上空ティーア軍、エ・マギア軍一帯への展開完了!」
「全軍、準備完了!」
遂に来たか。
この時が。
胸の高鳴りと、一抹の不安。
そして勝利への光が差す道筋。
天と地と、これまでに見たことがない程の兵数。
協力する各国の軍。
そして、高揚する自分。
戦略家として、これ程素晴らしい盤面を整えてくれたことに感謝する。
だが、殺し合いが始まれば敵同士だ。
「開戦だ!」
法螺貝の音が鳴り響いた。
――――第八人間暦三百五十八年十二月。
人類は初めて、神に背く戦いを始めた。
第五人間暦四百八十八年に合従軍が起こってから、千三百七十年の月日が流れていた。
あれから千四百年近くの月日が流れたことを、弱小国家の総司令は知る由もない。
天で彼が微笑んだ気がした。
『自分もそのような戦いに挑んだ』と。
『世界全てに挑んだことがあった』と。
『そして、その先に待っていたのは破滅だけ』と。




