第四話 屈指の天才
「ご助力願えませんでしょうか。ヴォイズ元首殿下」
「ふむ。いいだろう。既にエ・マギアとイポティスが加わっている以上、我らが参戦せぬ理由もない」
「……ありがとうございます!」
「良い選択だな。百万単位の軍の胃袋を満たすには我等ワイズン共和国の兵站が必要不可欠となっエ来るだろうからな」
エ・マギア国を出立して十日。俺はワイズン共和国の首都・ワイバーンに居た。
風の都と名高いワイズンの首都・ワイバーンには農業国らしく、数え切れないほどの粉ひき所の風車がこれ見よがしと並んでいる。
俺が今謁見しているのはワイズン共和国国家元首であるヴォイズ・ウィングバード殿下だ。
この十五年間の間に農業関連の政策を見直し、石高を一気に倍増させたその手腕とリーダーシップは褒めて然るべきだ。
「では、兵十万と兵站・兵糧支援でよいか? フォルティス特使殿」
「はい。何ら差支えは御座いません。では、失礼致します」
もう時が無い。
昨日入った報告では、帝都の陥落の日は近いと言っていた。
理由の詳しい部分は記されていなかったが、兵数的にも、士気的にも、兵糧的にも厳しいのだろう。
相手が前代未聞の相手であるが故に、対策を立て辛く、戦い方も導線が入り乱れ、指揮系統にばらつきが生じてしまう事は遠く離れた地に居る俺でも分かる。
既に北部の山脈の覇者であるティーア連合には宰相様から話があったようで、俺が行く必要はないそうだ。
今頃、イポティス軍は帝都圏最外周に入る頃で、エ・マギア軍は国境を越える頃だろう。
上手くいけば間に合うかもしれない。
だが、間に合わないかもしれない。
いや、指揮官の一人が弱気になってどうする。
間に合うかじゃない。
間に合わせるんだ。
俺は違う世界で言う所の『ギネスに認定される程』の速度でワイズン共和国からレビロ帝国へ駆け戻った。
この時既に俺が一月と半分が経ち、いつ何時、帝都が落ちてもおかしくはない。
いや、まだ保っていることを褒める程かもしれない。
「天使軍は凡そ二十万! 包囲戦を続けています!」
「イポティス軍との合流急げ。デュオリヴィック王子に伝令を」
帝都圏西側。世界樹平原の亀裂を渡っている時だった。
「この辺りの魔力素が濃いのも俺の仮説が当たっている証拠か……」
「魔力素が見えるんですか?」
「魔法だよ。第十九階級魔法魔力視覚と魔力素感知を組み合わせて使ってるだけだよ」
ま、弊害として視界全体が真っ青になって、魔力素の濃い部分が赤に見えて色盲気味になるけどな。
今なんて視界全部真っ赤。
あとは目が真っ赤になる。傍から見れば怖い。
「この亀裂、下の方がやっぱり魔力素濃度が濃い」
「下方に樹兵数千!」
樹兵。それは世界樹の幹から現れるのっぺら兵。分かりやすく言ってしまうならデザイン人形だ。黄金の鎧兜、銀のベースに宝石が嵌め込まれた武器。
数さえいれど、所詮は雑魚兵だ。しかも鹵獲した武器は高値で売れる。効率はいい。
「この数万で奴らを殺す。帝都圏に着く前に殺す。帝都に到着されると面倒だ」
「分かりました。エ・マギア軍の魔導弓兵や魔法・魔術兵に狙撃を始めさせろ。ルシェラ手伝え」
「イポティス軍は俺について来い。急ぐぞ。帝都を開放しに行く」
エ・マギア軍五万が分離。イポティス軍一万と共にフォルティス軍は前進。
帝都陥落まで二日。フォルティス軍帝都到着まで三日。
「デュオリヴィック殿! 十九万の兵をここまで連れて来ていただき有難う御座います。遅れてしまい申し訳ありません」
「いや、帝都圏の内部に入るのも許可証が必要だったけど、許可待ちも長すぎたからね。フォルティスの顔パスのおかげで通れたしな」
帝都圏の門を他国の門が通過するには、帝都情報局や軍務官、軍部官の精査が必要になる。そこで発行された許可証が届くまで往復に二日。精査に一日。
そこは俺の軍師官の顔が利く。
軍師官は情報を扱い、軍務を補佐し、軍部に属す。だから許可証を発行する権限があるに等しい。
しかも俺は一応顔の知れた軍師官だ。国門の門長レベルなら顔パスで通すことが出来る。
「俺の顔パスが利くのもここまでです……が、国家有事のような状態で国門第二門をわざわざ閉ざす程の兵力を残す筈がありません。いや、そんな場合はその決断をした軍官を殴り飛ばすので」
十九万の軍の足がこんなに速いなんてな。
レビロ軍が半日で移動する距離をたったの六時間で走破した。
「凄い。歩兵も混ざってるはずなのにこの距離を六時間で……。ワイズンから帰国するときもそうでしたけど、俺の急速行軍に平気でついて来ていた。練度の高さが窺える」
「報われた。イポティス軍が日々明け暮れてる演習が報われた様な気がするな。そうそう、敬語なんか使わなくていいよ。年だって同じの筈だろ? 対等でいいよ」
「いえ……。そんな恐れ多い」
「同盟国の皇太子の命令に一介の軍師官が背くのですか?」
悪い笑みだこと。
交渉が上手いのか下手なのかねー。
「あー、はいはい。分かったよ。デュオリヴィック」
「フォルティス様! お急ぎ下さい!」
指揮官の足が遅くなれば軍の行軍が遅くなるのは必定……か。
ミスったな。
「もうちょっとスピード上げても問題ないよ。イポティス軍ならもう少し」
「御遠慮なく……と、言いたいが、夜間行軍に耐えられる?」
「問題ない」
「天使軍の総数は二十二万。帝都に残る残存軍は三万。イポティス軍は二十万。エ・マギア軍は二十万。遅れてやって来るティーア軍が十万前後。レビロ軍を加えると合計で五十三万以上。数としては悪くない数字だ」
「でも、天使軍の兵力は違う。人間が百人寄って集っても一体殺せればいい方だと思ってる」
疾走しながら三人は激論を続けていた。
俺フォルティス・ヴァルツァー、イポティス王国第二王子デュオリヴィック・イポティシアン、エ・マギア国軍英雄マギシェ・レア・ルーン。全員が全員十代後半。
と、言うか俺以外の面々が強すぎる。
「天使を殺せる魔法。そんなもの第十階級以上になれば幾らでもあった筈なんだけどねー、人間が使えるのは第十五階級魔法までだよー」
「ならもう弾幕張り続けて、物理攻撃や魔法・魔術攻撃を当て続けることが唯一の勝ち筋……」
馬に跨り、各軍と合流し走り続けて三日。
目の前に見えるのは轟轟と燃え盛っている帝都。
「間に合わなかったか……」
「そんな……」
あの城は親がいない俺を育てた城だ。
火が上がっている姿は見たくない。
攻められて、落城し、炎上した。
いや、何故火が付いている?
ただ天使軍が侵入したのなら、火が付くのはおかしい。
「蹂躙されてる……? 天使以外の何かに……」
「だとしたら何だ!?」
「魔物、魔族、人間……」
「人間……ねー? この期に及んで尚……考えたくもないよ」
「そう。それも略奪目的の山賊とかのならず者。この期に乗じてやって来た……? いや、もっと大きい組織の可能性も……。……まさかっ!」
「どうやら考えることは同じの様だな。フォルティス。確かに奴はあの後、王都より姿を晦ましているし、奴の兵もそれに追従して消え、各地から山賊が消えた」
脳裏を過ったのは、イポティスの都で出会ったあの男。
「奴の名前はアングラー・レヴァイア。山賊上がりの将軍だ」
「神と戦う前に人間と仲間内で争いたくはないねー」
「とにかく城内に入ってみるしかない。兵や将などの救出は始めたいな」
俺が直下兵団を率いて走り出すと、後ろから二人が続いて来た。
ガラ空きの城門を越えて、城の中に入ると見えたのは住人の死体。
近くには正規兵ならざる兵の死骸。
装備は曲剣と毛皮と金属の継ぎ接ぎの鎧。山賊や盗賊がこの無装備だ。
「明らかに人の殺し方だな。それも、山賊や盗賊の類。天使の武器じゃないし、魔法攻撃で死んだようにも見えない」
「ならやはり人間が入ってきているか」
燃え盛る家の横を通り過ぎ、奥からまだ兵が戦っていると思われる歓声が聞こえてきた。
「急ぐぞ。加勢する」
走りながら正面に見えてきたのは王宮と街区を隔てる第五の門。
その入り口で山賊が叫び、城門を叩いている。
「後ろから刺すぞ。俺は後ろから指揮を執る」
俺の本職は軍師だ。
個の武なんて農民とほとんど変わらないと思う。
前衛なんて務まる筈もない。
他の世界の軍総司令じゃないんだから。
確かこの門の周辺の今の臨時壁長は
「アルベルト! 聞こえるか!?」
「ああ! 何だよ!?」
「言わなくても分かるだろうが!」
通じろよ。
この喧噪の中であんな大声出すと喉痛いんだよ。
「頼む。伝わってくれ……。お前もそこまで馬鹿じゃないだろ?」
だが、その念じは殆ど必要が無かった。
壁から油が流れた。山賊どもに油が降りかかった。
そこに火矢が放たれる。
これが王宮壁の最大の特徴と言ってもいいだろう。
非情ではあるが、この壁は兵と油が尽きない限りは抜かれることは無い。
「兵を出して当てろ。あらかた片付けられたら王宮内部に入る」
俺の直下兵団は凡そ三千。そこにデュオリヴィックやマギシェの兵を加えて五千程。
それに対して、城門を叩いていた山賊は同数程。
兵の練度の差を見て、火傷のデバフを考えれば正面から何も考えずに突撃させても問題はないだろう。
「天使軍や他の山賊が来る可能性もある。早めに決着をつけた方が良いだろう」
「分かってる。アルベルト! 開けろ!」
一つ隣の門へ移動しながら、アルベルトに叫んだ。
鎖が巻き上げられ、その下を走り抜ける。
王宮内に雪崩れ込んだ俺らは、人を探して回った。
人っ子一人いないような王宮内を走り回る。
いかに広大な王都の中の王宮で、人員はかなりの数がいると言えど、その中で人が集まる場所や、人が必ずいる場所は片手で数えられる程の数には絞られる。
だが、居ない。
俺が思った場所に全然いない。
衛兵の詰め所には一人や二人はいろよ! どうなってんだ!
まあ、探索の時に救われた点があるとするならば、火がついていない事か。
まだここまで山賊が来てないのか?
遠くからピー! という指笛の音が聞こえたが、気にしない。味方にあんな伝令方法はない。
いや、助けを求める大臣らの指笛かもしれない。
「三百騎とデュオリヴィックはついて来い! 様子を見に行く」
「どうした?」
「指笛が聞こえた。救援を求める国の高官の可能性がある」
「そんな罠かもしれない様な……」
「君は山賊の知能を高く見過ぎだ。所詮は山賊。山で人々を襲う事にしか脳がないような、ならず者が徒党を組んだ烏合の衆だ」
「いや、フォルティスの言い方を借りるならば、君は山賊の知能を下に見過ぎだ。それでは、何故、うちの国ではアングラーが将軍階級まで上り詰めている?」
「そ、それは……」
言い淀む。
反逆者の可能性がある男を認めるべきではない、と、体の中の外交本能が叫ぶ。
「奴が屈指の天才だからだ。用兵術は指折りの達人で、利己的で荒くれ者の山賊を纏めるリーダーシップやカリスマ、将又統率力を持ち合わす、その様な特殊な軍を率いる上での天才だからだ」
「反逆者に対す評価とは思えないねー」
王宮の扉を蹴破る。
本当絶対にやってはいけない事なんだけどな。国家有事の際には仕方がない。
「ククク……。愚王の子は何所までも愚者だなぁ? なぁ? デュオリヴィック皇太子殿下」
金色に輝く玉座。
その上には見覚えのある男がいた。
銀と金で作られた胴鎧に青の紐。
肩当は半分以上を毛皮が蔽い隠している。
紫の鉢金。口元を隠す布。
刀の鞘は尻鞘となっていて、毛が太刀の鞘を覆い隠し長さを測ることが出来ない。
全体を見れば和鎧の一つである大鎧の一種にも見える。
「じゃ、その愚王に使え続けていたアンタもバカだな。アングラー」
これはイポティスの人間じゃないから言えることだ。
イポティスの人間として言っていればこの反逆者と同じ憂き目にあうだろう。
「んだよ、お前。ん? あー、あの恥晒しの大使か。お前に話しかけた覚えはねぇぜ」
ガチャッと玉座から飛び降りた奴は、その血塗られた刀を引き抜いた。
「ま、今となっちゃー、あんまし意味ねぇか。そんな大そうな称号も」




