第三話 構造を変える
「……レビロ帝国使節団特使フォルティス・ヴァルツァーです。開門を願います」
「話は分かっている。通す」
イポティス王国第一国門ラルタの門を通過。
上から兵士が睨みつけてくる。気にしたら負けだ。
「謁見を許されましたこと、恐悦至極。レビロ帝国より参りました。フォルティス・ヴァルツァーと申します。以後、お見知り置きを」
「イポティス王、ルードウィック・イポティシアンである。して、何様でここまでやって来た? フォルティスとやら」
「ハッ。では、先ず、イポティシアン王は大陸の魔力素が減少されていることをご存じであられますか?」
「報告には受けているな。それがどうした?」
「この百年で空気中の魔力素濃度は凡そ三割減少しました。それではあと五百年しないうちに、大陸の空気中の魔力素濃度は零になります。そうすれば、大陸中全ての生けるものが死に絶え、この大陸は死の大地となり果てます」
「ふん……。それを防ぐため、世界樹に戦いを挑んだが、負け、今は逆に国家存亡の危機か」
「その通りに御座います。故に……」
「喧しいなぁ!? 自分の尻もまともに拭えねぇようなやつらを助ける気にはなんねぇ! 俺はこの話、下りたぞ!」
俺の右側で男が声を荒げた。騎士道や礼節を重んじるイポティス王国では耳にしない様な罵声が並べ立てられる。
「無礼が過ぎる。衛兵よ、この男を外に出せ」
イポティス王が静かに指図すると男は文字通り、謁見の間の外へ摘まみ出された。
何か喚いていたようにも見えたが、俺への罵倒だろう。自分を外へ出すように命じた王に文句をつけてはいない。自国の王へは一定の忠義があるようだ。いや、常識があるだけか。
「許せ。奴は盗賊上がりでな。軍事最強と謳われるが、人事は常にギリギリだ。盗賊を雇用するしかないのだ」
「いえ、私は構いません。寧ろ、変則的な戦いが出来そうな男ですね」
「そうか。そう言ってくれると助かる。ふむ……。断る」
「なっ……」
「と、仮に儂が言ったら其方はどうしていた?」
俺の頭に安堵の二文字が浮かんだ。他国の王を脅してまで援軍を引き出す程、俺は外交が強くない。
「大陸条約規定第六条に基づき、反対した場合は終戦後に各国の連合軍を率いて殲滅に来ていました」
「怖いな。だが、外交の手段としては何ら、間違った行動ではない。良いだろう。軍事部門と話してくる故、少しの間、そうだな……、我が子と戦略を練ってくれ」
「御子ですか?」
「そうだ。イポティス王国第二王子だ」
「承知いたしました」
「よし。デュオリヴィック、客人と話しておけ」
「父上、畏まりました。フォルティス様、こちらへ」
俺はデュオリヴィックと呼ばれた御子に続いて、謁見の広間の隣の部屋へと案内された。
「第十六階級魔法・投影・戦略図」
人間の使える二十から十五の内の十六階級魔法。戦略図を投影する魔法だ。
「紹介が遅れました。イポティス王国第二王子にして嫡男。皇太子のデュオリヴィック・イポティシアンです」
「私はレビロ帝国使節団特使にして軍師。王宮軍師官のフォルティス・ヴァルツァーと申します」
「よろしくお願いします。早速ですが、現在の戦況は如何に?」
俺は投影された戦略図を動かし、オクシデンスと世界樹、帝都を映し出した。
「現在、帝都西側のオクシデンスを攻め落とした三万の天使軍は、世界樹より合流した二万と共に、総勢五万で帝都を包囲中。それに対し、帝都は宰相兼英雄階級のガイウス・アークレイド様が周辺各城より兵を招集し、拮抗の形になったのが十日前。現在の戦況は掴み辛く、なんとも……」
「いや、それが分かるだけで何よりだ。我々の物見によると、新たに世界樹より四万の天使軍が平原の亀裂を通り、レビロ帝国方面へ向かったところを把握している。それが十日前だ」
平原の亀裂。それは世界樹の根により、避けた大地の事であり、世界樹の周辺に半径は歩いて二十日の大平原、中央平原があることは周知。中央平原には幅が十キロ以上の無数の亀裂が走っており、それを総称して平原の亀裂と呼ぶ。その周辺は魔力素濃度が特に濃く、魔兵団が展開し易く、戦士兵団の回復にも使えると伝わる。しかし、それは魔力素のみで生きる神々や天使、魔物も同じであり、下手をすればその能力を一気に倍化出来る、薬にも毒にもなるヒ素の様な役割をしている。世界樹が魔力素を吸っているおり、その吸い取った魔力素を根に蓄積させている故に、根の周辺の魔力素濃度が濃いと俺は考えている。
「と、なれば、多少なりとも強化された天使が新たに四万も投入されたことになる……か」
「ああ」
デュオリヴィックが短く答えた直後、その近習が彼に耳打ちした。
「フォルティス……殿、父上がお呼びです」
「フォルティスで大丈夫だ。イポティシアン王がお呼びか」
小さく呟いて俺は謁見の間へ戻った。
「フォルティス・ヴァルツァーよ。儂は其方を気に入った。故に、儂は其方に名誉騎士の称号を与え、其方の軍として精鋭騎士十万を、レビロ帝国への援軍として二十万の騎士を授け、指揮官としてデュオリヴィックを据える。両軍共に、城外に待機させておる故、後から合流せよ」
「ハハァ! 名誉騎士の名に恥じぬよう、必ずや御子息と共に勝利を掴み取ってまいります!」
「期待しておるぞ。それと、次向かう国は何所だ? その国には儂の方から話しておこう。そっちの方が話が早いだろう」
「では、エ・マギアの女王様へとこの話を通しておいて頂けますと、非常に助かります」
「エ・マギアか。容易いことだ。あまり時が無い。本当ならば貴様と酒を酌み交わしたいが、そのような状況でもないな。行くがよい」
「承知!」
「父上、行って参ります!」
立ち上がった俺とデュオリヴィックはそれぞれ、自らの軍の下へ向かった。
「デュオリヴィック殿。我らは一万騎を率いエ・マギア国に行きます。俺に預けられた残りの九万を託しますので、その二十四万と共に帝都を救ってください」
「分かりました。ご武運を」
「こちらこそ」
軽く相手に「武運を」と言い合い、俺達はほぼ反対の方向へと出た。
俺が向かうのは大陸における魔法・魔導・魔術の先進国エ・マギア国。
そもそも、魔法・魔導・魔術とは何かをエ・マギアに着く前に説明しておこうか。
魔法。これは空気中にある魔力素を体内に取り込み、魔力へと変換し、単純に魔力をエネルギー体として打ち込むものだ。安定して使うにはそこそこの熟練が必要だが、その威力は魔術の比ではない。
対して魔術とは、魔力素を体内で魔力に変換した後、魔力を何か別の自然現象に変えて扱う。つまり、魔力を火に換えて、その火を火炎球に換えて打てばそれは魔術だ。
魔術は魔法に比べ安定性や初心者での扱い易さは勝る。しかし、その威力は魔法とは大きくかけ離れている。
高エネルギーの密集体である魔法と、それを変換し、他の物として扱う魔術はエネルギーの密度が違うのだ。
これは、魔力と魔力素の話でも同じだ。魔力や魔力素は変換する回数が少なければ少ない程、純物質に近くなり、そのエネルギーとしての密度も詰っているものになる。
魔力素をそのまま魔力に変換せずに扱うことが出来れば、それに越したことは無い。しかし、人類の扱える第十五階級までではそれは不可能だ。それが出来るのは第九階級以上の魔法、魔術、魔導が必要になる。
最後に魔導。魔導は魔力素を魔力に、魔力を魔術に変換した上で、それを武器に付与するというものだ。つまり、氷の魔術を両手斧に付ければ氷両手斧となる。これは武器の強化、一種の強化付与と同じ意味である。
この三つを総称し、『魔』と呼ぶ者もいるが、この大陸にはまだその呼称は広まっていない。
俺が普段扱う剣にも魔導が付いている。
第十五階級魔導・斬撃強化属性付与が付いている。
この魔導は一般空間斬撃魔術・第十八階級魔術・斬撃を強化する第十七階級魔法・斬撃強化。この二つの魔術と魔法を組み合わせた第十六階級魔術・強化斬撃を魔導化した第十五階級魔導である。
このように足し算の様に魔術と魔法を組み合わせ、作り出しているのが応用の魔導である。
確か、イポティスの騎士団の中にも魔導騎士と呼ばれる騎士が居た気がするな。
今度機会があればデュオリヴィックに聞いてみよう。
「ほう。君がフォルティス・ヴァルツァーか。イポティス公より話は聞いている。ふむ……。一つ、聞かせてくれ。それにより、助力するかは変わる」
エ・マギア国国都。国を支配する女王セラフィナ・ミレイユ・マギリアは五大国の一つエ・マギア国の女王を務める魔女。
「君は勝って、どうしたい?」
「あ、は……」
「確かに、十万規模の天使軍に抗えるのは君やイポティス公の言う通り、五か国連合軍だろう。しかし、妾に君の国を救うような義理はない。それよりも、各国が兵を出し、疲弊し、レビロを救援しに行った軍が全滅したそのときに乗じて各国を滅ぼし、悲願の大陸統一をすべきだろう」
確かに、エ・マギアとは近年国交を回復したばかりで、それまでは度重なる国境紛争の解決を押し付けてきたが為に、あまり良い関係ではなかった。
「しかし、それでは……」
「卑怯で、国の名に泥を塗る事になるとでも? 上等だ。だがな、私は無意味にそのような事をするような人間ではない。故に、先程の質問に私が納得のいく答えを出してみよ。この問答で君の国の命運が決まると言っても過言ではない。気を付けて答えるのだな」
頬を冷汗が伝う。鼓動が早まる「国の命運が決まる」。マギリア女王言葉が脳内で反響する。
答えはある。だが、その答えで果たして彼女が納得するだろうか。
「答えは? 出ぬと申すなら、エ・マギア軍は助力をせぬ」
「答えは出ます……。少々長くなりますが、聞いて頂けますか?」
「よい。申せ」
「それでは————」
————この百年間に下がった空気中の魔力素濃度は三割。過去の文献によればそれは世界樹に吸収されています。その吸収された魔力素の行きつく先は神々。そして、計算通りであれば五百年しないうちに、地上より魔力素は消え失せ、人類どころか、すべての生物が死に絶えます。結果、生き残るのは神々のみ。それでよろしいのですか?
そして、近年、世界樹の根が大地を割き、地震を起こし、各国では数百万人規模の被害を受けています。
神々は自らが生きるために、我々を切り捨てることに躊躇はありません。これは、神々に搾取され続けてきた地上の民が、神々に反逆————いや、神々に存在を示し、考え直させるための戦いでもあります。そして、この世界の構造を変える。天界に一矢報いる————
「————願うならば、この策に助力を。そして我らに救済を」
「君、年はいくつだ?」
「十七です」
「フッ、たかが十七でこのような演説を妾に臆すること無く出来るとは。よし。エ・マギア軍二十万に号令を! レビロ帝国救援へ向け、出陣!」
俺を取り囲むように配置されていた大臣らが、声を上げ、慌ただしく動き始めた。
玉座を下りたマギリア女王は俺の下へ歩み寄り、耳打ちした。
「此度は特別に妾が軍を率いてやる。必要ならば、全軍の三百万を動かすことも厭わん」
「な、何故、そこまで我らに協力して下さるのですか……?」
「簡単な話。妾の気が乗ったから。それ以上それ以下理由はない」
ニヤリと妖艶にほほ笑んだマギリア女王は俺の肩に手を置き、その場を離れて行った。




